第8話 サブマシンガン

 今日は雨で月も見えないし大丈夫かも。家の中に居れば安全かも。そんな考えをあざ笑うかのように家のどこかでバリバリ、ガシャンという音が響き渡る。僕は祈るような気持ちでノートパソコンを見た。そこには見慣れたいつもの小説投稿サイトが表示されている。


 OSやブラウザの起動はどうなっているのだろうか? そもそもインターネットにはどうやってつながっているのだろう? こんな昔のパソコンにLTEのアンテナが搭載されているとは思えない。チラリとそんなことを考えながら、空中に浮かび上がった2つの十面体ダイスに手を伸ばす。


 ホログラフのはずなのに手にしっかりとした感触が伝わった。ダイスを握りしめるとそれをテーブルに向かって投げる。くるくると回ったダイスを注視していると視界の端に見たくないものが映った。シャシャシャ。そいつは例の奇声を発している。

「ミツケタ。ミツケタ」


 ニタリと歯をむき出しにして笑うとぴょんぴょんと飛び跳ねる。ほとんど天井にぶつからんばかりにして跳ねるそいつを視界に収めながら、祈るような気持ちでダイスに目をやった。数字は86。86作も前となるとさすがに昔過ぎてどんな作品だったか見当もつかない。


 二つのダイスが溶けあい大きな光球が膨れ上がり消える。そして、テーブルの上には迷彩服を着てヘルメットを被り肩からサブマシンガンを下げた女性が立っていた。たぶん女性だと思う。ヘルメットで顔が隠れているが、体型から判断するに女性で間違いない。


 迷彩服の上にプロテクターを付けていてもそれでもなお女性だと分かるプロポーションに思わず見とれてしまう。女性は肩から下げていたマシンガンの筒先を上げると僕の方に向けて引き金を引いた。ダダダダダ。けたたましい音と共に閃光が銃口から上がる。


 僕の後方で何かが柔らかいものに何かがめり込む音がした。振り返ってみると怪物の顔が滅茶苦茶に潰れている。弾丸は首をすくめた僕の頭上を越えて説鬼を蜂の巣にしたらしい。説鬼の長い腕は振り上げられており、あと少し時間があったら僕の首の後ろ辺りを掻き切っていたかもしれなかかったことに気づく。


「戦場で立ち尽くすんじゃない!」

 女性が叫ぶ。また短い連射の音がして、部屋に入って来ようとしていた別の説鬼を血まみれの塊に変える。血しぶきがあがって壁を真っ赤に彩った。

「さっさとテーブルの下に入れっ!」


 僕は急いでテーブルの下に潜りこもうとして額を縁にぶつけた。ごん。目から火花が飛び散る。なんだまたかよ。この間は後頭部、今回は前側。毎回頭が何かにぶつかっている。頭が悪くなったらどうするんだよ。そんなことをブツクサ言っている間にも機関銃の発射音は続いていた。


 発射音が途切れるとガシャン、ガシャンという音が頭上からする。そして、またダダダと短い発射音が響いた。あまり広くない部屋の中でぶっ放しているので、音が反響して耳の中でわんわんと響いた。ばたりと音がしてまた説鬼が倒れる。血だらけの怪物はまだびくんびくんと跳ねていた。


 部屋の中が煙で一杯になり、火薬と血の匂いが混ざり合って充満する。そのむせかえりそうな匂いの中でその後何度か機関銃の発射音が響き、そして静寂が訪れる。トンっと身軽に飛び降りると、女性がテーブルの下をのぞき込む。

「怪我はないか?」


 手を差し伸べると僕の手を引いてテーブルの下から引っ張り出してくれた。硬いグローブに包まれた手は想像以上の握力で僕の手首はがっちりと握られている。僕は動転しながらも女性の名を呼ぶ。

「恵理さん?」


 僕の声に応じてヘルメットのバイザーを押し上げるとにっこりと笑う。

「ちゃんと名前を憶えていてくれたんだ」

「ええ。まあ」

「そうか」


 女性は僕の体を子細に眺めると力強い手で半回転させる。

「うん。どこにも傷はなさそうだ」

 そう言うとまたくるりと半回転させられる。そして、フフっと笑った。

「そのおでこは除いてね。後で良く冷やしておくといい」


 恵理は銃を持っていない方の手を揃えて眉に当てる。

「そろそろ時間だ。コージが待っているんでね」

 そしてちょっとためらった後に付け加えた。

「気が向いたら、私たちの物語の……」


 前回の巨漢の時と同様に目の前にいた恵理がしぼんで消える。声は聞こえなかったが続きの言葉は分かった。物語の続きを書いてくれ。きっとそうに違いない。気が付くと部屋の中の煙も消え、説鬼の死体も消えてなくなっていた。壁にべっとりとついていた怪物の血も消えている。


 僕は額に手を当てた。しっかりと腫れてたんこぶになっている。押すとちょっと痛い。思わず、うっと声が漏れる。テーブルに手をついて体を支えるとそのまま椅子にへたり込んだ。ノートパソコンからは光が消えている。僕はゾンビが跳梁跋扈する世界で人類の存亡をかけて奮闘する恵理に思いをはせながら、今日もまた生き延びた喜びを噛みしめていた。


 

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