第18話『永劫の時を生きる魔王』

 転移ゲートを潜り抜けた先は魔導法国の王の住まう城、

 王都では魔王城と呼ばれる城の玉座の前であった。


 玉座の上には頭部の左右に角を生やした幼女が座っていた。

 見た目の年齢的には10歳くらいだろうか。



「…………」



「どうみても小さな女の子ね」



 いや油断は禁物だ。


 こういう見た目が弱そうな奴に限って強いといのだ。

 本当に強いモンスターはその強さを隠す。


 何故か?


 本当に強いのが相手に悟られるということはみすみす

 餌を逃すことに繋がりかねないからである。


 確かにこの玉座に座っているのは幼女である。


 だが、だからこそ油断はできない目を離した途端に俺とアリスの

 首が跳ねられ、気づかぬ内に死んでいたなんてこともあり得るだろう。



「ふむ興味深い。ぬしら、どこからわいてでてきたか?」



「聖剣を使い、遺跡都市の転移ゲートから来ました」



「ふむ……転移ゲートを使ってこの玉座の間に直接転移できるのは過去に同盟国にあった者の血縁者のみのはずじゃが……そのような者が、この時代に生きているはずがない。国は滅び、民もすでにいないのじゃから。一体どのような手段を使ってあのアーティファクトを起動させたのじゃ?」



 アリスが魔王の玉座の前にひざまずき現在の状況を説明する。

 俺もそのアリスをまね、膝を着く。



「陛下、私がその同盟国、研究都市国家の王族の最後の血縁者、アリスです。特定の空間の時間を停止させる"揺りかご"と呼ばれるアーティファクトの中で眠りにつきこの時代にて目覚めました。王である私の父と、王女である私の母はすでに……」



「なるほど……状況は理解した。大儀であったな。それに……ぬしらは、我にうそはついていないようじゃ。我の持つこの魔杖は対話をしている相手が本当の事を話しているか、それとも嘘を話しているのかを見抜くことができる代物じゃ。もし、我に虚言を吐けばその時点で我の魔杖が主を賊と認識し、排除していただろうからの」



 物騒な杖だ。魔杖の効果は、はったりでもないのだろう。

 この魔王相手に嘘をつくことはできない。


 腹を探るための駆け引きをするにはリスクが高すぎる。

 必要以外の言葉は喋らないのが正解か。


 俺は黙って二人の話の成り行きを見届けることにする。



「アリスの父上と母上……ふふ、とても懐かしい記憶じゃな。どれくらい過去の事かも思い出せぬほどに、遠い遠い遥か昔のことじゃが、確かに覚えている。我はホムンクルスの体に記憶のみを引き継がせ長い年月を生き永らえている。いわゆる転生という奴じゃな。……徐々に記憶は消え去り、どれくらい前のことだったのかすら思い出せぬ。じゃが、確かにあたたかい思い出として今の我にも引き継がれている」



「陛下は私が当時お会いした魔王様なのですか?」



「それはな……とても……とても難しい質問じゃ。そうとも言えるが、そうとも言えない。我は別のホムンクルス体に転生する時に過去の記憶を継承していく。じゃから、記憶を引き継いでいるという一面では同一人物と言えるじゃろう。じゃが、我の体感としては、転生し別のホムンクルス体に転生するたびに、まるで別の人間になったような感覚になるのじゃ」



「…………」



「表現が難しいのじゃがな我は確かにおびただしい年月を生きた記憶を引き継ぐ魔王でありながら、一方でまだ10歳にも満たない一人の少女のようにも感じているのじゃ」



 転生によって異なるホムンクルス体に移り変わり、

 ゼロからやり直すということは想像以上に大変なことのようだ。


 記憶だけを引き継いだといっても自分事として受け入れるのが難しい、

 おそらくそのような感じなのではないだろうか。



「別の体に入れ替わるごとにその過去の記憶はまるで別人の記憶……つまり他人事のようにしか感じられなくなっていくのじゃ……。それも、代を重ねるほどにその傾向は強くなっていく。期待に応えられずに申し訳ないのじゃが、我はお主の知る魔王ではない。記憶を引き継いでいる別人と考えてもらった方が正しいじゃろうな」



「……そうだったのですね。陛下は大変なお役目を一人で全うされていたのですね」



「アリス、そなたは優しい子じゃの。さすがは、当時の我の信頼したあのお父上とお母上の一人娘じゃ。気遣ってくれてありがとう。でも、いいのじゃ。それがこの国の魔王としての役目なのじゃ。そして、これがこの国の秘匿された真実じゃ」



 俺は、魔王という存在は時代と共に代替わりしている物と思っていた。

 だが、この国の王はそれよりも遥かに過酷で孤高の道を歩んできたのだ。


 永劫に近い時間を一人で過ごし、なお堕落せず理性を保つ強靭な精神。

 俺はこの王であれば、信じても良いと信じ始めている。

 

 だからこそ二人の会話で魔王という存在を見極めねばならない。



「それにじゃな。確かに……もう何十代前かも思い出せぬほど過去の記憶ではあるのじゃが、お主の父と母と過ごした日々だけは、今も色あせずに残っている。もちろん、幼かった当時のアリスの姿もじゃな。だから、まさかふたたび会えることがあるとは思わなんだが、嬉しいぞ」



「恐れ多いお言葉です」



「……して、こたびは何用じゃ、アリスよ。そなたも我の顔が懐かしくなってあいにきた、というわけでもないのじゃろう? お主の顔を見れば早急に伝えなければいけない要件があるということは分かる」



「はい。至急お伝えしなければいけないことがあり参りました」

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