第12話 帰宿

 宿に戻った蔵道は、すぐに蘭の宿泊を受付に伝えた。ところが受付の返答は素っ気ないものだった。


「申し訳ありませんが満室となっております」


 正確に言うと蔵道の所持金額に見合う部屋が満室ということだ。ガブリエラの宿泊する貴族向けの高級な部屋ならともかく、蔵道のような一般人向けの部屋は利用者が多い。


「……では寝具と着替えの服を私の部屋まで持ってきてほしい。同室なら問題は無いだろう?私は床で寝る」

「そうですか、分かりました」


 わがままな依頼かと蔵道は心配したが、受付は以外にもすんなりと了承した。イーナの遺体を抱えてきた件もあってか、厄介な客に思われているのかもしれない。あまり迷惑をかけないように注意しないとな、蔵道はそう思った。


「ねぇ、ちょっと!」

「ん?」


 蘭が蔵道に声をかける。


「そこまでしてもらうのは悪いよ。床はあたしの方でいいって」

「何を言っているんだ。幼気いたいけな女性を、その辺に転がしておくような真似はできないだろう。なに、私の体は丈夫にできているんだ。何も問題無いさ」

「問題って……あるでしょ。男女が同じ部屋に泊まるのは問題と言わないの?」

「……失念していた」


 言われてみればそうだ、と蔵道は思った。


「昔からそうだ、女性の心情に対する理解が浅い。どうするべきかな……」

「……いや、もういいよ」


 軽い溜息をつき、蘭は言った。

 このまま同室を了承せずにいれば、目の前の男は部屋を出て徹夜するなどと言い出しかねない。これ以上、自分のせいで蔵道に迷惑がかかるくらいなら、相部屋でいいではないか。




 蔵道の泊まる部屋は、その利用頻度と反比例するかのように手入れの度合いは低めだった。戸棚や調度品には埃が積り、無造作に置かれた壺の中には蜘蛛の巣が張っている。アーチ型の大きな両開きの窓は、汚れと引っかき傷で彩られていた。


「……あまり変わらないな」


 地べたに敷いた布団の感触を確かめると、蔵道は言った。これではベッドで寝る蘭の方も大して変わらないか。違いがあるとすれば床板の隙間から一階を覗けることくらいだ。


「上の階に泊まれば、まともな寝床と温かなシャワーにありつけたのだがな。私に金銭の余裕があれば……」

「十分だよ、蔵道さんには感謝してる……」

「それなら良かった」

「それに、こんなベッドはもう慣れたよ。三週間も経ってるんだし」

「……なんだって?」


 蔵道の表情が変わる。三週間前といえば自分がこの世界に転生した時期ではないか。

 そのことを伝えると蘭は驚きの表情を浮かべた。


「もしかして、あなたもあの配信を見ていたの!?」

「あの配信……というのはララなにがしのことだろうか?」

「そう!藍藤らんどうララのCH.チャンネルララ・ランド!」

「う、うん……そんな感じだったな」


 目の色を変える蘭に圧倒される。そのララなる人物のファンは学生に留まらないようだ。


「でも意外だね。蔵道さん、そういうキャラクター系とか興味無さそうなイメージなのに。ゲーム実況動画で知ったとか?得意ジャンルはFPSとか人狼ゲームで……」

「あぁ、いや……そういうわけではないんだ。私は教師をやっていてね。生徒との話題になればいいと思って、その動画……いや生放送だったか、を見ていたんだ」

「へぇ、そんな需要もあるんだ。初耳だなぁ……!」

「君は?光沢さん、君は普段からその生放送を見ているのかい?」

「まぁ、あたしは……名前が似てるってのもあるし。だからこうして異世界に飛ばされたのも必然だったのかもね」


 ぼんやりと壁を見つめながら、蘭は続けた。


「あたしと同じような人がどれくらいいるんだろう。同時接続数どうせつは一万人を超えていたけど、さすがにその全員が来たとは思えないし……」

「どうしてそう思うんだ?」

「……あの配信内容は、言ってしまえば都市伝説の検証みたいなもの。その効果は本物だったわけだけど、それが現代まで都市伝説程度にしか浸透していなかったってことは、一部の人にしか効かないからじゃないかな。視聴者全員が巻き込まれるほど強力なものなら歴史に残るか、誰かが止めていたはずだよ」

「なるほど……随分と聡明な方だ」

「……えっと、たぶんララのことになると冴えるのかも。……それっておかしいかな?」

「おかしくないさ。その人を応援しているのだろう?誰かを応援している時、人はその誰かと同じくらいに輝いているんだ」

「そっか……」


 何となく分かっていた、と言わんばかりに蘭は頷いた。


「やっぱりララがあたしの原動力か。途方に暮れてた異世界生活だったけど、目標ができたよ」

「聞かせてもらってもいいかい?」

「ララを探す。きっとあたしと同じように、この世界にいるんだ。それで……一回は引っ叩くかもしれないけどまた応援し続けるよ。他のファンが許してくれるなら冒険を手伝うのもいいね」


 そんな蘭の様子を見て、蔵道は優しく微笑んだ。


「私もぜひ会ってみたいものだな。一度、聞いてみたいことがあってね」






「この馬鹿が!!」


 事情を説明するなり、レクシドは怒鳴り散らして砂時計をひったくった。


「まんまと騙されおって!こいつが神の石だと!?そんなわけがない、本物は蔵道そいつがもっている!」


 保哲の言葉、固有スキルによる砂時計、これらを信じたまでは良かった。ところがレクシドは砂時計に変わる前の物、それ事態を疑ったのだ。


「まぁまぁ、レクシド卿。偽物と決めつけて割ってみるわけにはいかないでしょう」

「むぐぐ……!」


 オリバーがたしなめたことでレクシドも少しだけ理性を取り戻したようだ。


「簡単な話ですよ、砂が落ちるまで見守ってみればいいんです。それで全てハッキリする」

「それで偽物ならどうするつもりだ!?」

「その男を改めて問い詰めればいい。逃げられないように事前に捕らえておかないといけませんがね。僕が行きましょう」


 そう言うとオリバーはゆっくりと立ち上がる。しかし保哲には納得できなかった。


「どうしてあんたが?俺なら顔を知ってるし、事情を説明して来てもらうよう頼めば……」

「いやいや、保哲くん。君には大切な役割があるじゃあないか」


 オリバーは砂時計を指差して言った。


「それを見守るんだよ」

「は……!?」

「もう君は信用できないということさ。また言いくるめられて戻ってきて、その間に逃げられたらどうする?神の石は二度と戻ってこないだろうね」

「そんなこと絶対に許さんぞ!!」

「レクシド卿もこう言っていることだし。なぁに、顔なんて兵士に聞けばすぐに割れるさ」

「……相手は転生者だぞ。あんたに何とかできるのかよ」

「何とかできるかって……?」


 オリバーは保哲に顔を近づけ、ニタリと笑う。


「……?がっ!?」


 突然、保哲の首が締め付けられた。オリバーが掴んだのではない。前後問わずあらゆる方向から首に力が加えられている。


「つまり君は僕のことをナメているわけだ。転生者を侮っている現地人だと。なるほどなるほど、クックック……」

「っ……か……!!」


 藻掻く保哲の手が首元で何かに触れる。

 これは紐か?細い紐上の何かが首を締め上げているのか?それ以上を考える余裕は無かった。


「ゲホッ!!」


 首を絞めていたものが離れた。息苦しさから解放され、保哲は床に倒れ落ちる。


「そうやって寝て待っているといいさ、果報をね」

「っ……ゲホ……!」

「転生者だからと警戒することは無い。条件は同じなんだよ、僕も日本の生まれだからね……!」

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