第7話 祭り

 雲一つ無い青空の下、祝砲の音が響き渡る。クレム王国では、国を上げての祭りが開かれていた。

 全ては勉太を始めとする勇者たちの活躍により、蜥蜴人リザードマンの驚異が取り除かれたおかげだ。この記念すべき日は、国王直々の命令によって勇者の日と制定された。


 そんな勇者の仲間入りを果たした安田と相澤は、早々に町中に繰り出していた。本来であれば王居にて国王との会談や、宝物の受け渡しなどがあるのだが、彼女らは面倒事は嫌いだと抜け出してきたのだ。最低限、代表格の勉太と運搬役の近藤だけで事足りるだろう。


「いい匂いだねぇ!今日は一日中食べ歩きかな?」

「あっはっは!太るよ?」

「いいんだよ、あんだけ動いてカロリー消費してんだから!」


 街中の至る所から肉を焼く音と、香ばしい風味が漂ってくる。オレンジジュースを手にはしゃぎ回る子供の姿は、今日という日がいかに平和なものかを物語っていた。

 ……いや、燥いでいるのは大人も同じか、と安田は思った。違うのは彼らが立ち止まっていることと、飲み物がオレンジビールに変わったことだけだ。


 ガツッ!


「うええええぇぇぇぇぇん!!」


 走っていた少年が道端で転び、泣き始めた。膝小僧を擦りむいたのか、血が赤く滲んでいる。


「相澤、何やってんの?」

「はぁぁぁ?あたしが転ばせたって言うのぉ?証拠はぁ?」

「あんた、うるさいの嫌いっぽいし」」

「あっはっは!それは動機でしょ!証拠だよ証拠ぉ!」


「【治癒錬成ヒーレンド】」


 一人の女性が発声した。いつのまにか彼女は少年に寄り添い、傷口に手をかざしている。

 何をやってるんだ?口を開きかけて、安田は気づいた。少年の傷が少しずつ塞がっていくのだ。


「大丈夫?もう痛くないわね?」

「うん」

「あまり走っちゃ駄目よ。今日はこれからもっと賑やかになるからね」

「うん、ありがとうお姉ちゃん!」


 再び元気に駆け出す子供を見送り、その女性──ガブリエラはニコリと微笑んだ。


「すっげー何だ今の!見た、相澤!?」

「見た見た!回復役ヒーラーって奴でしょ!」

「……勇者の仲間ね」

「超便利じゃん!腕が無くなっても目が潰れても治るんでしょ!?」

「うわぁ、相澤ってばグロすぎ」


 ガブリエラの頭に浮かんだのは“面倒”の二文字だった。

 実際には人体の自然治癒を促進するだけの魔法であり、勇者たちの期待する効果には程遠いのだが、それを説明するつもりは無かった。

 彼女は思った。馴れ合いなど無用だ、勇者は私にとって……、




「相澤、構えて」


 安田の目の色が変わった。

 相澤も即座にガブリエラと距離を取る。その右手は腰に巻いたナイフに、左手はガブリエラへ向ける。


「こいつ、敵意がある」

「……!私の心を……?」

「へっ!いくら隠そうとしたって、あたしの『敵地探知ホーネット・ホール』には見えるんだよ!」

「……ふぅん、便利なものね」


 蜥蜴人リザードマンを全滅させると豪語するほどだ。索敵の手段を持っていても不思議は無い。

 それにしても、私の心に潜むわずかな思いすらも敏感に感じ取るとは。ガブリエラは感心する。


「やれやれ……誤解しないで。あなたたちのリーダーと一悶着があっただけよ。あなたたちを手にかけようなんて思っていないわ」

「ははぁん、勉太とねぇ……」


 安田の表情が少しだけ和らぐ。彼女には、目の前の女性が嘘を言っていないと分かっていた。他人を騙そうという敵意もまた、彼女の『敵地探知ホーネット・ホール』にはお見通しなのだ。


「あ、そうか!こいつだよ、安田!勉太が昨日、切りつけた奴!」


 相澤が声を上げる。


「あぁ、駒島にかまけてる物好きな女。そっか、傷は治したんだ。で、駒島あいつはどこよ?」

特訓レベリング中よ」

「あっはっは!なにそれ!あんなカス、鍛えてどうなるっていうのよ!」

「それに、鍛えた所で誰と戦う気ぃ?もう蜥蜴人リザードマンはいないってのにさ」

「まさかあたしたち……なぁんて?あっはっは!返り討ちにしてやるよ!」

「えぇ、杯鬼くんでは勝てないわね」


 ガブリエラは素直に肯定する。

 勇者たちのスピードは、一日二日の訓練で見切れるようなものではない。さらには、奇襲や暗殺を防げる安田がいるのだ。勝てる道理は無い。

 ……にも関わらず、安田は顔をしかめた。


「なんか気に食わないよねぇ……」

「あら?どうかして?」

「今の瞬間、あんたから敵意が増えたんだよ」

「……私は嘘はついてないわよ?」

「知ってる。でも増えたんだ」


 安田は考える。ガブリエラが自分たちを嫌っている以上、敵意が込められているのは自然なことだ。

 だが、『敵地探知ホーネット・ホール』に見える敵意は一定ではない。ガブリエラの言葉に応じてしているのだ。


「あんた……!何かを隠しているな……!?」

「……くす」


 確かに嘘は言っていない。しかし、嘘を言わないことが即ち、真実を語っていることとは限らないのだ。

 もしも“余計なことを言っていない”ことが敵意の表れだとしたら?自分たちに関する何かを知っていて、それをあえて言わないことで、自分たちを危険に晒そうとしているのではないか?




「安田!相澤!」


 二人を呼ぶ声が聞こえた。


「近藤……!?」

「大変なの、早く来て!」

「どうしたっていうのさ?」


 近藤の顔は青ざめていた。


「神が現れたんだよ……!町中に神が……」

「神ぃ?何よそれ?」

「スティング神だよ!!」


 近藤が叫ぶ。


「スティング神が現れて人を襲い始めたの!!」

「……は!?」


 状況が飲み込めてない相澤に対し、安田は目を見開く。

 今までにない激しい敵意を検知した。その根源は……!


「さぁ、祭りの始まりよ」


 その根源は静かに、そう告げた。

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