第32話



 目の奥がチカチカとして痛い。敵の襲撃か?はたまた、目に外傷をおったのだろうか。原因はわからぬまま痛みは増していく。たまらず使役している蜘蛛の視界共有の魔法を切ろうとするが、まだだ、とエレオスの声が近くではっきりと聞こえた。

 「転移の魔法陣を描く。お前は周囲を警戒しろ」

 自分たちの分身体を介しての探索とはいえ、それらが受けた刺激は術者である彼らにかえってくる。突然明るい空間に出た二人はその時、生まれてから今日まで一度も体感したことのなかった「眩しさ」というものを感じたのであった。

 それは目に鋭く突き刺さり、痛みをともなって視界を真っ白に染め上げてしまった。薄目にせねばまともに物も見えず、そうであってもなお色彩も形もなにもはっきりとした像を結ばない。これで探索する方が無理な話だ。

 「レオは、大丈夫?」

 「大丈夫に見えるか?」

 エレオスの声は震えていた。それに呼応するかのように彼が使役するカラスの実体が少し薄くなっている。動揺のためか力が揺らいでいるらしい。

 「今描いとかねぇと、ここまでの苦労が、水の泡になるだろうが」

 そう言い、まだ実体を保っているカラスの嘴がいびつな円を描き出す。時々盛大に舌打ちする音が聞こえてくると、カラスの動きがピタリと止まり実体が大きく揺らぐ。実体が再びカラスの形を取り戻していくと、嘴はゆっくり続きを描き出す。

 「……っくそ、目も頭もいてぇし、何も見えねぇしでイラつくな…。上手く描けてるかもわからねぇ」

 「歪むとどうなるのさ」

 「転移先と転移元の魔法陣が違うものだと判断されると、正常な転移ができねぇんだよ」

 転移に失敗すると、出口を見失った術式が暴走し現実空間に強引に出口をつくろうとする。その際、必要となる膨大な力が術者の肉体から吸い出され、心身に大きな負荷がかかると言われている。エレオス自身、転移に失敗したことはないというが、数回しか実践したことがない上に現状描く魔法陣が見えていない。正常に発動させるのは至難の技だろう。

 「一度戻って態勢整え……」

 「眩しいのはかわんねぇだろ。だったら今描いといて、転移できるか試す方がずっといい」

 すかさず切り返される。

 そっか、とジズは息をついた。こういう時のエレオスはかたくなで、何を言っても聞かないだろう。短く、じゃあ、頼んだと告げて、魔法陣を描く嘴の軌跡に視線を向ける。しかし、彼の言う通り彼の描いた魔法陣が眼前に鮮明に浮かび上がることはなかった。

 やがて、エレオスが大きく息を吐いてまぶたをゆっくりあげる。カラスの意識を切ったようだ。その気配を受けてジズも同様に目を開き、エレオスの方を振り返った。

 「どう?」

 「外接は上手く結べたはずだ。あとは、失敗したときに食われる魔力量を計算しねぇと……」

 相当神経を使ったのだろう、エレオスは疲れきったといった様子でうなだれている。ナビゲートは上手くいったが、魔法陣を描く時には見てることしかできなかった。口には出さず肩を落とすジズ、その頭をエレオスが乱暴にかき回す。余計なこと考えんな、という意味だと理解してジズは少しむくれた。

 「……さて、ヴェーツの野郎はどこにいやがんだ? 」

 「俺探してくる。ーーついでに薬調合してくるから、レオはここで待ってて」

 「はいはい。…ったく、うっせぇな。わかったからさっさといけ」

 エレオスは顔をあげないまましっしっと手を払う。ジズはそんな彼をじっとにらみつけてから踵を返した。

 



 「おー!これはよく燃えるね!これはなんていう素材でできてるの?」

 「《アーヒェル紙》、スケッチとかに使う薄い紙だ」

 「そういえば、さっきの紙も薄かったね、《クォルゾ紙》だっけ?なるほど、薄い方が燃えるのか…」

 「大体あってるけど、配合によって燃え方は違うよ。においとか、毒素の有無とかね」

 書庫近く書架から聞こえてくる声。ヴェーチェルとレウムを探して歩いていたジズがそちらを振り向くと、机に向かって前のめりに立ち目を輝かせるヴェーチェルと、椅子に座りぐったりとうなだれたレウムの姿を見とめる。それだけでヴェーチェルがレウムに何をしたのか、想像は容易であった。

 「へえ……。じゃあ次の素材を……」

 「ヴェーツ、少し休憩したら?」

 「え?さっき始めたばっかり…、あれ?ジズ?」

 「もう半日は経ってるよ」

 そんなに経ってたかな、と困惑した表情をこしらえるヴェーチェル。とぼけているわけではない、本気でそう思っているので、余計にたちが悪いのである。

 レウムはジズの提案にホッとしたようで、そうしてくれ、と呟きながら天井を仰いだ。

 「えー、いいとこなのに……」

 ヴェーチェルは心底残念そうに口にしたが、ここでじゃあもう少しと言おうものなら、もう半日はかかる。

 「そんなに根つめたってしょうがないだろ」

 「根つめてなんかないよ?この実験が面白くてつい。ねぇ、あとちょっとだけ……」

 「だーめ、レウムがへばってるじゃないか。こっちもレオが限界だし、一旦休憩して進捗を共有しようよ」

 ちぇ、と唇をとがらせるヴェーチェル。そういう反応をする辺り本当に面白い実験のようだ。しかし、それを話し出したら止まらないことをジズはよく知っているので、今はあえて聞かないことにしておく。

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