第5話


 《認証完了、廻廊への探索を許可します》

 重々しい音と共に開いた扉の先には光のない道が続いている。何度か通っている廻廊とはいえ慢心は死を連れてくる。油断はできない。

 「僕らが目指すは第一廻廊にある《夜光草》の群生地じゃない。廻廊のどこかにある《灯明》の確保だ。未開の場所もある、十分に警戒すること、いいね?」

  三人のリーダー格ヴェーチェルが二人に釘を刺すと、ジズもエレオスも黙って頷く。探索時は三人の中で一番探索経験のあるヴェーチェルの指示に従うと決めていた。

 「先駆けは僕、しんがりはレオ、ジズは真ん中で状況の中継。第二廻廊はすぐだ、いつでも戦えるようにしておいて」

 さあ、行くよ。






 時遡ること三日前、族長に屋敷に集められたのは彼ら三人を含めて十二名ほどであった。探索の目的は予想通り《灯り切れ》対策、手練れを集めているということはそれほどに事態は深刻なのだろう。

 「ご存じの通り、現在各階層で大規模な《灯り切れ》が起こっています。そこで皆さんにはこの状況を改善するため、二つの探索任務を担っていただきます」

 滅多に人前に現れない族長の代わりに側近の少年フィリオが探索に赴く十二名を前に語る。その端正な容貌は渋面一色に染まっている。彼も心を痛めているのだろうか。

 「ひとつめ、《夜光草》の確保です。ここで育てている《夜光草》は何らかの原因で弱っており、このままでは配給できなくなるのも時間の問題です。皆さんにはまず成育した《夜光草》そのものと共に、若い苗や球根の採取をお願いします」

 ふたつめは、と言ったところで彼は突然口を閉ざした。この後の言葉を発していいものか、まるで迷っているようかのように。

 「ふたつめは、新たな《灯り》となるモノを探す任務です。もはや《夜光草》のみですべての階層の灯りをまかなうことはできません。早急に手を打たねばなりません。役立ちそうなものは積極的に持ち帰ってください」

 《コバルティア》の将来に関わる重大な任務です。皆さん、気を引き締めて臨むように。

 フィリオはその後、廻廊に出るための鍵や通信用の魔法具を一人一つずつ手渡していく。受け取った者たちはそのまま解散となり、各自準備のために自宅へと帰っていった。もちろん三人もそうしようと踵を返した時だ。

 「ああ、三人は少しお残りなさい」

 フィリオのものとは違う落ち着いた調子の声が耳を打つ。誰のものかを瞬時に理解した三人が居住まいを正して次の言葉を待っていると、フィリオがその部屋の壁際にある本棚より一冊の本を抜き出しヴェーチェルへ差し出した。

 「貴方たちには三つ目の任務についてもらおうと思うのです」

 ヴェーチェルが紙面に目を落としたことを合図に声はそう告げる。その三つ目の任務こそがこの本の内容に関係するのだろう。

 「《灯明》を探せ、そういうことですか?」

 「さすが、司書くんは察しがよろしいですね。その通りです、貴方たちにはかつて《コバルティア》を照らした《灯明》を探していただきたいのです」

 手渡された本に書かれた《灯明》の絵を見ながら、なんと無茶苦茶な、とヴェーチェルは頭を抱える。

 本の内容はこうだ。かつて《コバルティア》には《灯明》と呼ばれる灯りが存在していた。《夜光草》のように寿命もなく、半永久的に灯りを供給できる魔導機関、それが《灯明》。《夜光草》よりもずっと効率的に灯りをともせる便利な機関が現在各階層で使われなくなったのには理由がある。

 《コバルティア》が拓かれたばかりの頃、《灯明》が原因の大火が七階層から五階層までを襲い鎮火するまでに一ヶ月もかかったというのだ。地下にはさまざまな鉱脈が存在していたため、大火の際に発生したガスが長らく地上への道を閉ざし、地下水の枯渇による土砂崩れのせいで人が暮らすことさえもできなくなったというのである。やむを得ず、七階層から五階層は《コバルティア》から切り離し、新たに開拓し直したのが現在の七階層から五階層だった。

 それから何百年経ったろうか、旧七階層から旧五階層が今どうなっているのかは誰にもわからない。開祖たちが半永久的に発動する高度な魔法陣を書きつけて消火及びガスの除去をおこなっているというが、それもまだ効果を発揮しているかも不明なのだ。

 「このような状況に陥ってしまった以上、《灯明》の利用も検討せねばなりません。なれど、そのまま利用するのでは同じ惨事を引き起こすリスクもあります。まずはサンプルを持ち帰ること、これが貴方たちの任務です」

 「おいおい、そんな命懸けの任務をなんで俺らだけでやるんだよ。他の九人も使えばいいじゃねえか」

 エレオスの言う通りだ。一応三人ともまだ十五にも満たない少年たち。いくら三人とも探索に慣れているとはいえ、打ち捨てられてどうなっているのかもわからない場所に彼らだけで行くのはリスクが大きい。

 「ごもっともです、神父くん。ですが、どうなっているのかわからない場所に人を多く送ることはできません。だから、貴方たちを先遣部隊として派遣するのです。いざとなればお医者くんがいますからね」

 「……そういうこと。じゃあ、俺たち以外を向かわせるつもりはないわけだ」

 医術の心得があるのはここにいるジズと彼の師匠であるカダベルを除いて他にいない。しかし、カダベルは戦闘能力を持たないので探索に出ることはない。故にこういう危険な任務に医者を連れていくとしたらジズをおいてほかにないのである。

 「お医者くんも慣れない相手と組んでの探索はやりにくいでしょう?人選は貴方たち以外はありえません」

 よろしく頼みましたよ。

 どことなく楽しげな声が告げた言葉で彼ら三人の行動は決定されたのだった。

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