第15話 パイレーツ・オブ・フルーレリアン

【前回のあらすじ】

 無事、ユニオン党の救出部隊と合流したふたりは、三日月の夜に別れた。クィントは別れを惜しむ間もなく、巨大な海賊船と遭遇した。




 突如現れた不審な潜水艦に、クィントは言葉を失っている。

 はじめて目にした時はクジラかと思った。しかし、地上最大といわれるシロナガスクジラでも三十メートル級だが、いまクィントの眼前に横たわっている鉄の塊は、ゆうにその五倍以上の巨体を誇っていた。


 月明かりを弾き返す不気味な威容。

 クィントはプルルの背につかまりながら、おもわず息を呑む。


「キュゥィィィッ」


 その時、プルルが声を上げた。マリナーはすこし離れたところで転覆しているので、翻訳機は使えない。だが、それが警戒を意味している鳴き声であることを、クィントは長年の経験から知っていた。


 つまり、彼はまた知らない間に、何者かの接近を許してしまったのである。


 直後、海中から一体のマリナーが浮上してきた。ちょうどキャノピーの下辺りまで海面に浸からせ、波に合わせて揺れていた。センサー類を詰め込んだ、頭部のカメラアイが妖しく闇夜に浮かび上がる。それは徐々にクィントの下へとやってきた。


 バシュっと気密の開放される音がして、そのマリナーのコクピットが開いた。

 なかから現れた人物は、クィントの予想を大きく裏切るものだった。


「ハーイ」


 初対面のクィントにウィンクを投げ掛けてきたその少女は、自分ほどではないにせよ、かなり露出の激しい恰好をしていた。へその出たタンクトップと、ローライズの短パン。なによりも体格の割には大ぶりな胸に、夜目の利くクィントの視線は釘付けになってしまっていた。

 ……密かに、ミレニアのそれと比べてしまったことを胸のうちで謝罪する。


「救難信号送ってたのってあんた?」


 だしぬけに彼女はそう言った。特に否定する必要もないので「そうだけど」とクィントが答えると「ふーん」と、まるで品定めをするかのように彼女はねめつけてきた。


暗号コードも使ってたみたいだけど、あんた軍人には見えないよね」


「まあ、色々とありまして」


「ふーん」


 受け答えがまずかっただろうか――そんな考えが一瞬よぎった。しかし、それはクィントの杞憂に終わる。


「ま、いいわ。海中したまでついてきて。船に乗せてあげる」


「え? 助けてくれる……ってこと?」


「いやなら別にいいけど、こんなところで一晩明かしたら、そのイルカちゃんもろともサメの餌になるわよ?」


「あ、いきますいきます。大感謝~」


「お礼なら気まぐれな船長に言って。海賊が人助けするなんて珍しいんだからね?」


「海賊?」


「そうよ。海賊。それから、これがウチの船、ブルーポラリス号よ」


 そう言って彼女は後ろにある潜水艦を指差した。

 どこか誇らしげなその様子はグレゴリオ・ノヴァクを語る時のミレニアにも似ていた。顔立ちや髪型もまったく違うが、人間は好きなものを語る時には、こういう表情になるのだろう。


「あたしはルカ。ルカ・ハミルトン。あんたは?」


「クィントだ。クィント・セラ。海人だよ」


 クィントは転覆していた自身のマリナーへと取り付き、わずかに残されたバッテリーを使用してルカのあとを追った。

 ブルーポラリス号の船底には海中に向かって口を開けている箇所があり、一同はそこから船内へと乗り込んだ。


 まぶしいほどに煌々と焚かれた天井の照明に、クィントは一瞬目を細めた。彼らが躍り出た場所は、マス状のサイロのようであり、海水で満たされたその区画にほどなくしてルカのマリナーは係留された。


「たっだいまっ」


 桟橋を飛び跳ねてルカが通用路へと降りていった。そこには、にわかにひとが集まっており、部外者であるクィントに対して、好奇の目を向けている。いずれも劣らぬ屈強な、ならず者達のなかにまざり、ひとりだけ年頃もクィントによく似たツナギ姿の少年が立っていた。


 彼は、すぐにルカのもとへ駆け寄ると、とても心配そうな顔をして彼女に二言三言告げる。するとルカは「わかった、わかった」とぞんざいな振りをして彼をあしらっていた。


「クィント~。みんなに紹介するから降りてきなよー」


 ルカは通用路とサイロのきわに立って、いまだ機上にあったクィントに声を掛けた。彼はそれに従い、自身のマリナーをサイロの隅へと寄せて、皆が待つ通用路へと踏み出した。


 よく見渡してみると広々とした船内のなかに、先ほどのサイロと同じものが、あといくつかあった。船内の真ん中を走る通用路を挟んで、両舷に三つずつの計六ヶ所。


 左舷にはルカのマリナーしか格納されていなかったが、右舷にあるサイロは三つとも埋まっていた。パーツ取り用だと思しき半壊したのが一体と、建造中なのかパーツごとに塗装が統一されていないものが一体。そして、もう一体はクィントにも見覚えのある、全身真っ赤に塗られた頭部に双角を持つ機体だった。


「あれは……」


 クィントは海賊達との挨拶もなおざりに、真っ直ぐ赤い機体の前へと立った。それはまぎれもなく、あの時ミレニアを撃墜したマリナーである。よく見れば、となりにある造りかけのマリナーは、ミレニアの乗っていた機体に似ていたかもしれない。だが、いまのクィントの胸中にあるのは、あの時、これを操縦していたのは誰だったのかということ。


「おれの『赤鬼』になンかようかい?」


 しばし放心状態だったクィントに対して、ガラの悪い長身の男が絡んできた。

 なぜか片肩にはハトを乗せており、革のベストをまとい、腰には西部劇のガンマンよろしく、小型の湾刀を提げている。俗にククリと呼ばれるような内反りの刃を持つナイフで、彼のは柄の人差し指が添えられる部分に、小さなリングをあしらっていた。


「『赤鬼』じゃなくてマーズ号でしょ! まったく、いつになったら覚えるのよ!」


「あ? そりゃ船長が勝手につけた名前だろ? おれには関係ないぜ」


 男はルカの訂正をつっぱねる。

 別段、悪びれた風もなく、そう言ってみせた。


「これ、あんたが乗ってんの?」


 となりに並んだ男の方を向かずにクィントが尋ねた。

 すると、


「ああ。イカしてるだろ? なんならあとで乗せてやってもいいぜ」


「ふーん。そうなんだ」


 クィントは、心を落ち着かせるようにして男の答えに聞き入っていた。しかし、衝動的に身体が動くことにはどんな対処も出来なかった。


 気がついたら時には、思いっきり男の横っ面を殴り飛ばしていたのだ。

 男の肩からはハトがびっくりして逃げ出すほどに。


「「「なにィィィィィッ!」」」


 その場にいたすべての海賊達が度肝を抜かれていた。

 ルカは目を大きく見開き、ツナギ姿の少年は唖然とし、そして、革ベストの男はぶざまに通用路の床を舐めた。起き上がった男は、黙ってクィントをにらみ、血の混ざった唾液をその場に吐き捨てる。


「テメぇ……なんのつもりだ、あ?」


 クィントはなにも答えず、ただ両拳を肩口に上げ、男に向かって半身に構えた。


「はぁ? カラーテか? それともカンフーか?」


「海洋拳だ。ちなみに十倍まであります」


「ふざけんな! まあいいさ、そんなモン関係ねえ! こいつで落とし前つけてやらぁ」


 言って男はククリを取り出した。

 柄についた環に人差し指を通し、クルクルと回転させては握りなおしている。見開いた目は爛々と狂おしく光り、ひとを殺めることなどに寸毫の戸惑いも感じられない。


 だがクィントも引く気は一切なかった。相手が誰であろうと、自分とミレニアを危険な目にあわせた輩を許す気はなかった。


 じりじりと、男が間合いを詰めてくる。

 制空圏はあちらに分があった。

 しかもククリは一撃必殺の威力を持つ武器だ。肉を裂き、骨を砕く。食らいどころが悪ければ即死もあり得るだろう。

 ならば、こちらは驚異的なスピードをもって懐に飛び込み、防御の薄いわき腹か、金的を狙いにいくしかない。

 が、果たして徒手空拳の真剣勝負で、ミレニアとの組み手のようにうまくいくのだろうか。


 あの時は、拳銃を携帯しながらそれを構える素振りすらしないミレニアに対して、危険はないと判断したからこそ、おふざけに逃げることが出来た。しかし、いま彼の眼前に立つのは、殺人すらいとわない本物の海賊である。

 一瞬の判断ミスが仇となるだろう。


 いまならまだ詫びを入れてやめられるか。いや、だがしかし……。

 クィントの腹は決まった。「命を粗末にするな」とは言われたが、男には引いてはいけない時がある。あるとすればいまがそうだ。

 ここでミレニアの無念を晴らすと、彼の心がそう決めた。


「死ねや!」


 ククリの間合いに入った男が飛んだ。

 それに呼応するようにして、クィントの後ろ足が地面を蹴る……はずだった。


「ぐえっ」


 首から提げた革袋の紐を、後ろから何者かに引っ張られる。


 一瞬宙に浮いたクィントの身体は、首に食い込んだ紐につんのめってその場に倒れこんだ。

 目標を失った男のククリも虚空をなぎ、そのまま所在なげにクルクルと刀身を弄ぶ。


「きみかぁ、漂流者ってのは。随分と威勢がいいねえ」


 クィントの背後には、彼を見下ろす大男の姿があった。

 彼の右手には、革袋の紐の端があり、この喧嘩に水を差した張本人であると教えていた。

 かたわらには息を切らしたツナギ姿の少年がおり、おそらく彼がこの大男を呼んできたものと推測するのは容易だった。

 たしかにこの男なら、いかなる揉め事でも仲裁に入っていけるだろう。

 そんな器のデカさをクィントは肌で感じていた。


 また男の風貌というのが圧巻で、右目に眼帯をしており、長い銀色の髪をクィントのように後ろでくくっている。そして、巨漢を支える脚が一本しかなく、左足は膝から下が杖状の義足になっていた。


 まさに「いかにも」という迫力だった。

 大男の残された隻眼は、まるで春の陽射しのように穏やかなものだったが、クィントの本能が告げていた。彼は間違いなく、いまこの場でもっとも強い者であると。


「あんたが……船長?」


 なんの疑問も差し挟まずに彼は聞いた。また十中八九間違いないとも思っていた。

 だが、その問いに返ってきた答えは、なんとも奇妙なものだった。


「いンやぁ。おれは船長じゃねえよ。おれはこの船のコックさ。シェフって呼んでくれ」


「こ、コックぅ?」


「ああそうさ。クィント・セラくんだったね? ようこそブルーポラリスへ。我々はきみの乗船を歓迎するよ」


「シェフ! そいつは危険だ。とっとと海に捨てっちまえ!」


「マシュー、落ち着け。この少年にもなにか事情があったんだろう。そうだねきみ?」


「え、ええ。まあ」


「よし。じゃあ喧嘩両成敗だ。みんな作業に戻ってくれ。二時間後にはもう一度、潜るからね。外の空気が吸いたい奴はいまのうちだぞ」


 シェフと呼ばれる男の言葉は絶大だった。あのマシューと呼ばれた革ベストの男でさえも、しぶしぶながらその場をあとにする。


 やがてならず者達も三々五々に散っていった。

 そんななかでルカとツナギ姿の少年だけが、クィントを心配して残ってくれた。

 ルカはなんだかはしゃいでいるようにも思えた。


「どーしちゃったのよ突然バーンって! あんた見かけによらすにキレてんじゃん。見直しちゃった!」


「見直すところがおかしいよ、ルカ。ごめんね、この子は無邪気なだけで悪気はないんだ。許してやってくれよ」


「えっとー……」


「あ、ぼくはホァン。ホァン・リー。この船でメカニックをやっているんだ。きみのマリナーもあとで見ておくよ。気になるところがあればいつでも聞いてくれ」


「ありがとう、ホァン。助かるよ」


「いやぁ」


 と言ってホァンは頭をかいた。

 顔つきはモンゴロイドのそれで、糸のように細い目と、漆黒の髪が印象的だった。

 ルカに接する態度からも分かるように、かなりのしっかり者らしい。

 一方、ルカには終始奔放な印象を受けた。


「なによー、あたしの方が先に知り合ったんだからねっ! 勝手に仲良くならないでくれる?」


「イダイ、イダイ、分かったから、ほっぺた抓らないでっ」


 ふたりの力関係も若干垣間見た気がする。

 そしてシェフと名乗った巨漢がクィントとふたりの会話を止めた。


「よし。そろそろ彼を解放してくれ。きみをいまから船長に会わせる」


「船長……」


「なぁに緊張することはないさ。ただちょっと猛獣よりも厄介なだけだよ」


「も、猛獣っ?」


 この男をして猛獣と言わしめる人物。一体どんな豪傑なんだろう。ついさっきまで命のやり取りをしようとしていたのが、まるでお遊びのようだ。世のなか、上には上がいると、あらためて思い知らされるクィントであった。



〈つづく〉

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