第6話 レッド・ゴブリン

【前回のあらすじ】

 ユニオン党が第七洋区と呼ぶ海・フルーレ海に調査団として派遣されたミレニアだったが、謎の衝撃波を観測し、さらには『海賊ヴィクトリア』との交戦も始まる。ミレニアはマリナーを駆り出陣した。




 船体の外側から見る潜水艦『はるかぜ』は、ミレニアの予想をはるかに超えてダメージを受けているように感じられた。


 赤銅色をした流線型のボディは、いたるところがベコベコにへこんでいて、艦を最初に襲った衝撃波の影響だろうか、艦の外縁に装備されている小さな灯火装置などが破損していた。


 それでも海面へと浮上してゆく『はるかぜ』の姿を美しいとミレニアは思う。そして、その艦内にあるすべての命を守るために、彼女は全力で操縦桿を引いた。


 戦闘兵器として利用されるマリナーの多くがそうであるように、ミレニアの乗るUM501という機体もまた、戦場から戦場への高速移動を可能とする可変機構を持っていた。


 通常形態であるコクピットを胸部に配したヒトガタの形状から手足を折りたたみ、翼のような操舵装置を展開させて小型の潜航艇となる。耐圧、潜水能力は、潜水艦のそれを大幅にしのぎ、速力はゆうに三倍を超える。いまミレニアは、イトマキエイにも似た愛機を駆り、海賊船ブルーポラリス号へと向けて進行中だった。


 キャノピー越しに見る海中は、シミュレーターのそれとは似ても似つかぬ世界だった。


 深度二五〇メートルとはいえ、中天の太陽はまだ浅めの深海の中を真っ直ぐに照らし、時折、濃度の異なる海水の層に反射してキラキラと輝いていた。小魚達は皆、群れを成して回遊し、またそれを捕食せんと、大型魚類であるサメや、普段はもっと深海にいるだろうダイオウイカが泳ぎまわり、狩りのタイミングを虎視眈々と狙っている。


 ミレニアは場違いにも感動していた。海とは、なんと生命力にあふれた場所であることかと。そしてまた、この大自然に仇なしてまで地上に君臨することが本当に正義なのだろうかとも思うのである。そこまで考えて彼女は我に返る。いまは前線にいるのだと。


 遠く海水のベールの向こうで火の手が上がる。


 海底火山でも噴火したかのような輝きは、なにか大きなエネルギーが開放されたという印だった。おそらく『はるかぜ』の射出した魚雷が爆発したのだろう。

 うまく海賊船に命中したか、それとも囮を誤爆したか。

 なによりも心配なのは、一緒に艦から出撃した僚機三名の安否であった。


 海中でのマリナー間の通信は技術的に困難である。せいぜい緊急時に救難信号を打つくらいのものであるが、小隊にはパティもいる。いまの爆発が、彼女の機体を破壊した時に生じたものではないと祈るしかない。


 そんな時だった。ミレニアの機体と併走していた一匹のサメが、見知らぬ漂流物とぶつかったのは。その瞬間である。


 激しい光と共にミレニア機を強烈な振動が襲う。あたりには炸裂した漂流物の残骸と共に、散り散りになったサメの死体が舞っていた。


 真っ赤に染まる海。その臭いを追って、血に飢えた同輩達が群がる。


 凄惨な光景にしばし目をそむけるミレニア。しかし、いま問題なのは、彼女のいる水域が、何者かの張った機雷原と化していることである。うかつだった。迎え撃つ海賊のマリナーもなく、容易に警戒水域まで近づけたことを不審に思うべきだった。


 ミレニアは自機の変形を解き、ヒトガタとなったマリナーに連発式の銛撃銃を構えさせた。そして注意深く周囲を確認する。


 有視界戦闘が基本のマリナー戦において、なによりもコクピットの見通しのよさは命だった。細いピラーで補強された広々とした正面キャノピーには、いま機雷原の一角が映っている。


 三次元的に包囲された機雷原にあって、ただひとつの綻び。ちょうどミレニアから見て、水平方向に三時の方角だけ、機雷の少ない箇所があった。


 明らかに罠である。それはミレニアにも分かった。

 しかし、機雷が時限式とも分からない現状を打破するためには、その罠に乗るしかない。


「なめた真似を!」


 最大級の警戒をしながら、ミレニア機はその一点に飛び込んだ。機雷原を抜けた瞬間を攻撃されると予測して、兵装を銛撃銃から、右前腕部に装着された剣に変更する。いきなり白兵戦へともつれ込んでいいように。

 だが、


「なにもないだとっ?」


 機雷原を脱出したミレニアは、コクピットの中で呻いた。てっきりなにがしかの待ち伏せがあるものだと想定していたため、妙な肩透かしを食らう。一旦組み立てた戦略がご破算となっては、冷静な思考を取り戻すのに得てして時間が掛かるものだ。


 その時間差をつかれて、ミレニアは先手を打たれてしまった。


「きゃああああ!」


 珍しく女性的な悲鳴があがる。


 なぜならば、さっきまで自分を取り囲んでいた機雷原が一斉に炸裂したからである。背後から機体を襲う衝撃波と榴弾の威力は、もし機雷原の内側で受けていたとすればこの比ではない。


 あがく間もなく吹き飛ばされるミレニア機を、高熱の煙幕が追いかけてくる。


 膨張するエネルギーは周囲の海水を蒸発させ、大量の水蒸気を発生させた。

 なにも見えない。

 その状況は、ミレニアにようやくシミュレーターでの訓練を思い出させた。

 気持ちを切り替えて操縦桿を握りなおす。

 すると、ソナーが不審な影を捉えていることに気がついた。


「これはっ? は、速い!」


 まさかと思った。

 しかし、相手はあの『海賊ヴィクトリア』である。

 ブルーポラリス号には『あいつ』がいる……と。


 ミレニアはキャノピーを凝視した。シミュレーターのデータが本当であるのならば、きっと『あいつ』は、ソナーが捉えた時にはもう目の前にいるはずである。


 ミレニアは爆風に逆らわず、水流に身をゆだねた。そして、煙幕の中から現れるであろう一刀に意識を集中する。


 無心で放ったミレニアの一振り。

 それは、立ち込める煙のカーテンを割って突き出された赤い刃を完全に受けきっていた。


「『赤鬼』ィィィィッ!」


 ミレニアはいま一機のヒトガタと対峙している。


 全身に真紅の塗装を施された形式不明の武装マリナー。世界中の海にその名を轟かせる最強の戦士『赤鬼』だ。その頭部にあしらわれた双角は、幾度もシミュレーターで辛酸をなめさせられた風貌そのままだった。


 ミレニアは『赤鬼』が両腕に剣を持っていることを思い出し、二の太刀がくるのを警戒した。初太刀を受け流し、蹴りを放って距離を取る。さらに銛撃銃を構えなおした。


 ここまでは計算どおりだ。相手も一撃必殺のゲリラ戦法をいなした自分に対して、不用意には近づいてこないだろう。


 一瞬のこう着状態のなか、ミレニアはあらためて周囲を見渡した。

 爆風に吹き飛ばされている間に、どうやら大分流されてしまったらしい。


 下方を確認できる小さな覗き窓からは、かつて大都市だったであろう遺跡郡が見えていた。自然に倒壊したと思しきビルに混じって、無残にも先ほどの大衝撃波を食らってなぎ倒されてしまったのもあるようだ。


 あの時、もしアルフォートが機転を利かして深海に逃げなければ今頃どうなっていただろうか。それを思うと、直撃を食らった『あきかぜ』と『ゆきかぜ』の生存は、もはや絶望的なようにも思われた。


 考えれば考えるほど心配ごとは増えていく。

 だが、まずは目先の脅威をなんとかしなければならない。


 相手は驚異的なスピードで海中を飛び回るバケモノである。まともにやりあってはこちらの攻撃が当たる訳がない。ならば、相手が攻撃を仕掛けてきた時に捕まえることが出来ればこちらにも勝機があるのではないか――。


 ミレニアには奥の手があった。

 愛機の左手に仕込まれた新兵器の威力を試す時がきたのだ。



〈つづく〉

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