青い世界の物語 ~海に沈んだ世界の果てで少年少女はロボに乗る~

真野てん

第1話 はじまりの日、はじまりの場所

 ひび割れたコンクリートの壁と、広い床。

 頭上からは、天井を突き破って大樹の根が降りてきている。


 根はそのまま床を這い回り、さらなる階下を目指してコンクリートの亀裂へと伸びていく。

 そればかりか一面の壁には品種も定かではない蔦や葉がびっしりと繁茂し、ここは人工物の屋内だというのに、あたりはさながら鬱そうとしたジャングルの様相を呈していた。


 静謐な箱庭のジャングル。

 聞こえるのは潮騒だけ。


 これといって植物が実や花をつける訳でもない、そんな不毛な空間に、今日はひとりの少年が訪れていた。この場所にとっては実に数年ぶりの来訪者である。

 しかし、少年の足取りには迷いがなかった。


 大樹の根をまたぎ、行く手を阻む葉や枝をかいくぐりながらも、探すべきものの在り処はすでに知っている。そして、それを見つけるのにはさほど時間は掛からなかった。


 天井の亀裂からオレンジの光がもれる。


 照らし出すのはジャングルと化した廊下の最奥にある一枚のドアだった。ドアの表面には無数の小さな穴が穿たれ、辺りは赤黒く染まっていた。

 少年はその中に残る、かすかなヒトガタに向かって静かに手を合わせる。その時、ふと少年の顔が幼さを増したようだった。


 しばらくして顔を上げると、少年はドアノブに手を掛けた。

 ゆっくりと開かれる錆びた一枚のドア。

 その向こう側に広がる光景が少年の視野に飛び込んでくる。




 海だった――。




 正確に言えばまだ屋内である。しかしその部屋の床は、半分以上が崩落していて、階下からせり上がってきた海面によって侵食されているのだ。


 また壁中を蔦や葉が覆い、部屋の奥には一本の大樹が天井を抜けて巨大な幹を伸ばしている。

 さながら幻想譚に登場する湖畔のよう。


 陥没を免れた半分の床を海岸に見立てて、少年は波に足をぬらす。

 すると水中から、真っ白い球体が姿を現した。


 それは一匹のベルーガだった。


 ベルーガは少年の姿を見つけるやそばへと近づき「キュィ」と一鳴きする。

 少年もまたベルーガの前で膝を折り、親しそうに頭をなでた。


 愛らしい海獣との戯れもそこそこに、少年は部屋を出た。

 さらに屋上へと続く階段を上る。

 空はすでに茜に染まり、夕日が水平線へと消えていくところだった。


 ここは巨大な木々を生やしたビルのうえ。

 わずかに海面から突き出した屋上に立って、少年は暮れゆく世界を眺めていた。周囲には同じように木に呑まれた廃ビルがいくつもある。

 ここはかつての高層ビル群。

 海底には旧文明の都市が沈んでいるのだ。


 少年は首に提げた小さな革袋の中から、海へと向かってなにかの粉をまいた。夕日に照らされてキラキラと光るそれは、優しい潮風に乗ってどこまでも飛んでいった。


 そう、どこまでも遠くへ――。



〈つづく〉

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