欠片! 残留思念!?

『ちょちょちょちょっと! アタシ様に向けて打つんじゃないわよ! 地球に向けて撃ちなさいって言ってるのよ、このポンコツが! 悪ふざけにも程があるわよ。トリセツ読みなさいよトリセツ!?』


 オレたちの首を締め上げる力が弱まった。余程の動揺があったと見える。


「ポンコツはテメエだ。クソ帝王」


 オレと優月はカルキノスの腹を蹴り上げ、落下した。


「虎徹、手を!」

 優月がオレの手首を掴む。


 ロンメルを武装解除して、巨大な翼を展開した。


「こんな事もできるのか」

「緊急用だけど、二人分なら問題ないわ」


 翼を生やした優月が、頭から降下する姿勢を取る。しかし、


「逃がすか!」

 緋刀が、優月の足首を掴む。


 優月は振り払おうとするが、アームユニットからも狙われている。


「お前も焼け死んでもらう!」

 狂気を孕んだ声で、緋刀が叫ぶ。


 オレの手から、優月の重さが抜けた。


 同時に、アームユニットが、優月の腹を押し潰す。正確には、優月のスーツだけを掴んでいる。


 脱皮の要領で、優月はアームから脱出したのだ。


「優月!?」

「忍法、変わり身の術よ……」


 ロンメルが操作したのか、海賊スーツは、砲台の射程から脱出しようとしているカルキノスにしがみつく。


 逃がさないように、カルキノスのロケット部分をヒザ蹴りで破壊した。


「もういいわロンメル、離れて!」


 優月の合図と共に、ロンメルが海賊スーツから離脱する。


『にゃあああああ! なんでええええええええ!?』


 粒子砲がカルキノスに殺到し、暗黒の帝王を焼き尽くす。


 光が、オレの視界を支配した。惑星破壊砲台が、地球と水平に撃ち出されたのだ。





 まさか、欠片が『自殺を選択する』なんてな。

 あんな光景、初めて見た。





 装備を持たない私服姿のまま、優月は真っ逆さまに地面へと落ちていく。


『優月様!』

 ロンメルが優月を追うが、追いつけない。


 オレも地面へ飛び込んでいくような形で、急降下する。


「掴まれ!」

 追いついたオレは、優月の足首を掴んだ。


「忍法ムササビ!」


 空中で大の字になったオレは、スーツの生地を引っ張る。


 ジャンプスーツのように、装束の生地が腕から脚にかけて、横に広がった。生地が風を受けて、ムササビのごとくフワリと減速する。


「優月、こっちだ」

 オレは空中で、優月の手を引く。


「待って、虎徹。これはちょっと」


 オレは今、片手で半裸の優月をお姫様抱っこしている。


 降下にビビっているのか、優月がオレの首にしがみつく。


 とはいえ、二人分をカバーできるか不安だ。


「虎徹くん、優月くん、載るんだ」

 カガリが運転する小型飛行船が見えた。


「減速するぞ。もっとしがみつけ」


「う、うん」と、優月がオレの首に両腕をかける。


 ほどよい重みが、オレの首にのしかかった。


 ムササビスーツの側面にあるパラシュートを開き、速度を緩める。


 角度を調節して、ゆっくりと宇宙船の屋根に取り付く。着地の瞬間、パラシュートを外す。


 カガリが、優月に銀星第一高校のジャージを放る。

 

「ひゃあ!」

 自分が下着姿だと思い出した優月は、慌てて着替えだした。


「ボクの予備だけど、サイズ的に問題ないはずだよ。ボクだって割とあるからね」

 得意げに、カガリが胸を反らす。


「ええ、そうね」

 どうにか着れているが、優月は胸が苦しそうだ。結局、胸は開けた。



「よくこんな乗り物があったな」


「研究所で失敬してきた。あいつらにはもういらないからね」

 船はゆっくりと下に降りる。


「見て、虎徹。欠片が……」


 降下しながら、オレはカルキノスが溶かされる様を、屋根の上からずっと見ていた。


「欠片が、燃えちゃったわ」

 空を見上げ、優月が呟く。


 落ち込むのも無理はない。

 おやっさんを探す手がかりがなくなってしまったんだから。


「おい、ちょっと待て。何だありゃ?」

 空から、真っ黒い粒が降ってきている。


 落ちてくる粒を追って、オレは駆け出す。

 手を大きく伸ばして、粒を掴む。


 粒は植物のタネくらいの小ささだ。パチンコ玉くらいのサイズしかない、真っ黒い鉱物の塊が、オレの手に収まっている。


「これは、欠片か?」

 オレが思考していると、欠片の粒がグラグラと手の中で踊った。


「なんだ、なんだ?」


『よお……』


 誰かが、オレに呼びかけている。すぐに、それが欠片だとわかった。


 他の連中には、聞こえていないらしい。


『声は出さなくていい。思っているだけで、オレにはお前の言いたいことが分かる』


「あんた、何者だ? ひょっとして、欠片の意志みたいなものか?」


 当てずっぽうで、オレは脳内で尋ねる。


『俺様は、第四五代目ネクサス・パイル船長。キャプテン・ブキャナン』


 ブキャナンって事は、まさか。


『ああ。ユーニスの父親だ』


 心臓が止まるかと思った。


「でも、死んだはずじゃ」


『大帝が作ったブラックホール爆弾に巻き込まれて、肉体を失った。今は欠片と意識を共有して、お前と話してる。俺はもう、生きてはいない』


 ブラックホールに巻き込まれた影響で、宇宙の意識と共鳴し、隕石とシンクロしたらしい。


「大帝に協力していたみたいだけど?」


『さっき意識が戻ったんだ。いくらカルキノスに操られていたとは言え、俺は自分の手で娘を殺してしまいそうになった。だから、奴と心中しようとした。だが、種子が残ってしまった。俺の意識は、ヴォイニッチ手稿の原典、つまり世界樹の種と同化している状態だ』


「あんたを、また元の手稿に戻すには?」


『もう不可能だ。新しい情報がないと、あれ以上は大きくならない。俺はこのまま、小さい種粒として生きることだろう。それも、いつまでもつか』


 駆けつけた優月が、オレに声を掛けてくる。

「どうしたの? 急に走り出したかと思ったら、じっと手なんか見て」

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