#10 洋館の少女

 少女は微笑みながらこちらに走ってくる。その笑みは年相応の邪気のないものであるはずなのに、俺にはとても恐ろしく見えた。この世の者ではない――。そんな気がしたのだ。


 長い前髪からのぞく瞳は虚ろになっていて、さらに不気味さを増している。


「なんで君が……」


「ふふっ、おじさんたち異能使えたんだね。まあ、異能が使えない人は私と遊べないからよかったけど」


「異能者を集めているのか? 何が狙いなんだ」


「私はこの洋館で死んだの。それからずっとここで一緒に遊んでくれる人を探してるの。遊べない人は、ここに住んでいる異形たちが閉じ込めて遊べるようにしてくれるんだ……」


 少女が手を振ると、亡霊たちが闇から沸き上がってくる。恐怖のあまり奥へと逃げようとする天断を首根っこをつかむことで制し、前を向かせる。


「せっかく倒したと思ったのに! また何か出てきた!!」


「仕方がない、出てきたんならまた倒すしかないだろ。ここで逃げたりしたらはちみつパンケーキおごってやらないんだからな」


「ううー……釣られてる自分が惨めになってくるよ……でもパンケーキ食べたいし」


「なら、欲望に従うことだな。倒したら約束通りおごってやるからさ。もうひと頑張りだ」


「はぁーい」


 しぶしぶ納得した天断に耳打ちし、作戦を伝える。少女が敵だとわかったので、手を抜く必要はなくなった。これからは、全力で戦う必要がある。俺は身にまとったスパークを解き放ち、白虎を再び呼び出した。


 攻撃に向かう俺の元に、温かな風が送られてくる。天断による援護だ。黄緑色の光が白虎を包み込み、攻撃力に上昇効果を与える。


「白虎! もう一度俺に力を貸してくれ!」


「グルルッ!」


 勢いよく駆け出した白虎は、自慢の爪で少女の華奢な体をまっすぐに狙う。だが、少女は逃げも隠れもしない。ただ、そのまま突っ立っているだけだ。虎は容赦なく少女を切り裂かんと爪を大きく振りかぶり、少女の四肢が砕け――。


 とはならなかった。爪だけでなく白虎の巨体全体が、まるでブラックホールに吸い込まれるように渦にはまり、少女の体を通り抜けてしまったのだ。虎も、驚きのあまり目を見開いている。


「あははっ。物理攻撃は効かないよ?」


「くそ……なめんなよ。俺の白虎は物理だけじゃないぜ。虎よ――猛れ!」


 俺の叫びに反応した白虎は、天井に向かって高く吼える。すると、室内にもかかわらず暗雲がもくもくと立ちこめ、連続して雷が降ってきた。少女も、さすがにこれは予想外だったようで、防御するのに必死だ。


「くっ……でも、やっぱり面白い! まさか三人とも異能者とは思わなかったけど……」


「三人ともって……異能者を集めているんじゃないのか?」


「異能者だけじゃないよ? 一般の人も巻き込まないと、すぐに異能者を対象にした事件だってバレちゃうでしょ? そうなると楽しめないもの。一般の人は全然楽しめないから、お人形さんみたいに眠ってもらっているけど……」


「かわいい顔して、意外に頭は切れるじゃないか。殺してはいないんだな?」


「さあ、どうかなぁ? それより、もっと遊びましょう? まだまだ物足りないの」


 少女が手をたたいたり、華麗なステップを踏むたびに、亡霊がそこら中から沸き上がってくる。これではらちがあかない。何か他の策を考えなければ。しかし、いい考えがなかなか浮かばない。うんうんとうなる俺の横で、天断がため息をつく。


「少女がこの怪現象の原因なら……あの子を止めるのが先じゃない?」


「ああ! でも……どうやって止めるんだ? さっきは結局防御されちゃったし……」


「決まってるでしょ。雷は焦りすぎなの。一人でだめだったら三人で攻撃すればいいじゃない。私も回復役から援護に回れば、さっきの女の子の様子だったら押し切れそうだったから」


「わ、わかった。サンキューな、天断」


「雷のためってわけじゃないんだけど……怖いし、はちみつパンケーキ食べたいし。とにかく、ささっと片付けようよ」


 素直じゃないなぁと思いつつも、俺は彼女の方にぽんと手を置き、前へと歩みでる。目の前で戦う零さんは骸骨の頭部を淡々と破壊し、残った胴体を他の骸骨に投げつけるなど相変わらずのバーサーカーっぷりだが、少し疲れているようにも見える。


「零さーん! まだいけますか-!」


「ああ、お前たちもいちゃこらしてないでさっさと俺を手伝え! 戦闘は好きだが、俺には片付けないといけない依頼がまだたんまり残っているんだからな?」


「べっ……別にいちゃこらなんてしてません! 私は早く帰りたいので!」


「そうかそうか、青春ってまぶしいなぁ。俺はうらやましいよ……そんなこと一度もなかったもんなぁ……うんうん……」


 おっさんの言葉に対して頬を赤らめながら、そっぽを向く天断。無自覚ツンデレとはこういうものか、と俺は肩をすくめる。


「零さん! あとは俺達がどうにかします!」


「おう、サンキューな。頼んだぜ若者!」


「もう……その話題は止めてくださいよ。乙女に優しくないですね」


 頭をかく零さんに、少し冷めた視線を送る天断。だが、その和やかな雰囲気は、亡霊の少女によって打ち砕かれる。


「あはははっ……楽しそうね人間さん! 私も仲間に入れて入れてー!」


 そんな言葉とは裏腹に、少女は何やら宙に文字を描くと青色の炎を何発も放ってきた。アニメなどは、名乗りをあげるときに邪魔する者はいないが、現実ではそうもいかない。


「くっそ……やっぱり、天断。お前は補助に……って、髪が焦げてる……!?」


 説明しよう。天断は美容にうるさい。高校二年生の彼女は、それはそれは学校中の人気者だが、ただで人気という訳ではない。


 雑誌を買い、メイクを試し(学校中ではしない優等生だが、たまに少し出してと言ってくる。女の化粧代は高い)、肌のケアはもちろんの事、つやつやと光る黒曜石のような髪は、彼女の自慢の一つだ。


 それを焦がされたとなれば、大概の人がある一つの結論を導き出せるだろう。


「ふ……巫山戯んなあぁぁぁぁ‼ その憎たらしい顔をギッタギタにしてやるわ‼」


 いつもは誰にでも笑顔を振りまく0円スマイルの彼女でも、こうなるのである。

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