#4 異能者×学生

 いくら異能集団といえども、ある程度の学校生活はきちんと送らなければならない。だがそういう時は決まって、野次馬や冷やかしが沸くのがめんどくさいのである。


 今がまさにその状況だ。購買でパンを買い、教室に戻ろうとした俺の前で、何かヒソヒソと話し合う声が聞こえる。


「高校生で異能使えたら仕事がじゃんじゃん入ってきて稼ぎ放題なんだろ? 俺もやってみたいぜ」


「あー。俺もかっこいいところみせて彼女にチヤホヤされてぇなー……って、きたぜ。異能使い」


 俺は拳を握りしめ、わざと荒々しく足音を立てながら、野次馬たちの前へと向かう。この手の輩には、一度しっかりと言っておく必要がある。野放しにしていたら、すぐに尾ひれ足ひれをつけた噂が学校中に出回るからだ。


「うるさい……お前たちはまともに使ったことがないくせに、そんなことを簡単に言わないでくれ。この前はでかい狐に食われそうになったんだぞ?」


「そんなのお前たちは異能が使えるんだから、バシバシ倒せばいいじゃないか。チートみてぇだ」


「チッ……黙れ」


 全く話のわからないバカばかりだ。これ以上話を続けても無駄だろう。俺は男たちを押しのけて教室へと戻る。討伐で抜けていた時間を取り戻すために課題も山ほどやらなければならないのだ。


「はぁ……こういうところは不便だよな。異能って……」


 俺はヘッドセット型端末を手に取り、課題を始める。いくら時代が進み、技術が進歩したとしても、勉強が面倒な事には変わりない。《今日の課題》と表示されたタスクを地道にこなしていくことにする。


 AR――拡張現実と呼ばれるシステムだ。何もない場所に、映像を映し出しあたかも目の前にあるような錯覚を脳に起こさせる。


 周りからみたら、空中に文字を書いているようにしか見えないが、当の本人にはきちんとノートと教材が見える――という具合だ。一応、モードは切り替えることが可能で、隣の人と見せあう時などは、その機能を解除しておけばいい。


 この機能はテストの時に便利で、カンニングを疑う必要がなくなったため、先生の負担が明らかに改善されたという。


「こんな感じかな。授業を受けてない割にはまあまあいいんじゃないか?」


 十問中三問にバツがついた回答を送信し、間違った問題を解き直す。それを何度か続けていると、午後の授業を開始することを告げるチャイムが鳴り響いた。


 今日は午前中に依頼をこなしてきたために、午後の授業はフルで受けなければならない。まあそれが学生にとっては普通なのだが。


「眠い……猛烈に眠い……」


 先生にばれないように、ミント味のガムを噛んで、どうにかやり過ごす。ここで寝てしまったら、「また異能者は」と言われるのがオチだ。


 授業を真面目に受けて、依頼も完璧に遂行する。それがどれだけ難しいのかは、先生も含めてなかなか理解してもらえない。どうしても舐められがちなのだ。


「一応、命かけて町を守ってるんだけどなぁ……」


 稼ぎ放題で美味しいバイトとはいえ、それは命をテーブルの上に乗せているからだ。異能を使うということには、それなりの代償がある。


 日本では法律もしっかりとしているため、異能の悪用はそこまでされていない。だが、外国では異能が使える少年兵を戦争で戦わせるなど、非道な事もなされているぐらいだ。


 日本もそんなことにならなければいいが……と、そんな事を考えていたために、電子黒板に書く順番が俺に回ってきているのに気づくのが遅れた。


「和宮! お前の番だぞ。早くしろ」


「ああ……すみません」


 どのページかわからずに困っていると、俺の後方の席から助け舟が出された。ピコン、という電子音とともに数式が送られてくる。


 メッセージの主は、俺と同じ異能者の八橋 通。チームは違うが、同じ異能者としてよく相談に乗ってくれる、頼れる親友だ。


 成績も俺に比べて優秀で、いつもクラス成績でトップ5の中に必ずはいっているため、先生の眼の敵にもなっていない。サンキューと心の中で彼に語りかけてから、俺は数式を電子黒板に記入する。


「正解だ。では次の問題を……」


 そんな調子で今日も授業を終える。学校など通わずに、異能だけで食っていけるではないかと思うが、国が決めた方針によって異能者は必ず大学まで行かないといけないという決まりがあるので、しぶしぶ通っている。


「あーあ、学校がなかったらもう少し楽なんだけど……」


「もう、そんなこと言ったらまた先生に怒られるわよ」


「天断! 聞かれてたか。いやー今日も寝そうになってさ。課題を増やされたんだよね……特に数学とか一週間分ぐらい渡されたよ」


「それ、いつもやっているじゃない。夜の依頼を受けないようにしたら?」


「うーん、やっぱりそうなるか……」


 他の飲食業などのバイトとは異なり、俺たちに委託される依頼はたとえ夜であってもそんなに時給が良いというわけではない。昼と夜の差がそれほどないのだ。


「でも、学校の授業を気にしなくていいから、夜は受けやすいんだよね」


「まあ、それは分かるけど……授業中寝てたら意味ないじゃない」


「ごもっともです……」


 幼馴染からの耳が痛い指摘に、俺はうなだれるしかない。


「依頼選びは慎重にね? いくら政府から保護されていると言っても、成績が悪かったら大学に受け付けてもらえないかもしれないから。そうなると就職にも響くよ?」


「ああ……気をつけるよ。ご忠告どうも」


 今日、メンバーと相談してみるか……と考える俺の思考を遮るようにピコンという電子音とともに、一件のメッセージが送られてくる。


 送り主は異能特別調査隊の長、大学三年生の剣 達也。頼れるお兄ちゃん的な存在で、依頼の管理も行っている。なので、依頼の話かと思ったが、どうやら違うらしい。


「剣兄さんからメッセージ。零さんが帰ってきたから、お菓子を大量に買ってこいだって。たばこは未成年は買えないだろうから僕が適当に買ってくる……って書いてあるな」


「嘘! じゃあ洋館の事件も……」


「ああ、そうだな。零さんが協力してくれるかは分からないけど一応話してみよう」


「賛成。じゃあ、お菓子の買い出しに行かないとね」


「まったく、子供じゃないんだから。あのおっさんも自分の好きなもんぐらい買ってこいよ……」


 そうぼやきながらも、俺はヘッドセット型端末をバッグの中から取り出して、電源を入れる。そして電子マネーの残高を確認し、天断とともにスーパーへと向かう。


 零さんには異能を一から教えてもらった恩があるので、それを返すために毎回帰ってきたときはお菓子を買っているというわけだ。


 スーパーの中をカートを持ったままぐるぐると回り、零さんのお菓子と晩御飯用の食材を購入。今日は家に戻れそうにないので、スーパーの傍らにたたずむ暇そうなAIカートに食材を放り込み、目的地を家にセット。


 AIの軍事利用が起きてから、それらについてのイメージはとても悪くなった。このような生活面でもAIは敬遠されるようになっている。若者の間では特にそうだ。


 逆に高齢者はAIを使っていた時期が長いからか、普通に使うことが多い。この辺は年代性というものなのだろう。


 うまく利用すれば便利なツールになるのに、使わないのは損だ。スタートボタンを押してやると目の部分が青色に光り、自転車と同じぐらいのスピードでAIカートは俺の家の方向へと進み始めた。


「へぇー。あんなシステムあるんだ。知らなかったよ」


「便利だから使うといいぞ。重い荷物も持ってくれるし、同じぐらいのスピードに設定して一緒に歩くこともできるし」


「ふーん。私も、雷に欲しいものいっぱい買ってもらったときは使おうかなぁ」


「……天断さん、今なんて言った?」


 一瞬の沈黙。ぼっという音を立てて、彼女の顔がどんどん下を向いていく。


「気にしないで気にしないで! あー、今のはナシ! 聞いてない!」


「お、おう……」


 あまりの勢いに圧倒され、俺は頷く。そして、むんずと腕を引かれてずるずると引きずられる。一体、彼女の細い腕のどこにこんな力が隠されているというのだろう。


「さぁー! 零さんのところへ行こうー!」


「天断! 取りあえず離してくれー!!」


 通行人の不審者を見るような痛い目線に耐えながら、俺は天断とともに俺たちのホームグラウンドへと向かった。

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