第14話 金曜日なのでちょっと奮発。夢に見るピザ 上

 金曜日の定時。

 俺はPCを落とし、身体を伸ばした。

 ここ数日の激務の疲れを感じる。無駄な紙資料、死すべし。

 隣の八月一日さんがおずおずと話しかけて来る。


「篠原さん、今日はもうお帰りですか?」

「うん。そのつもりだけど」

「えっと……その……」


 つい一ヶ月前まで大学生だった女の子が言い淀む。

 こうして改めて見ると、この子の容姿はとても整っているのが分かる。学生時代はさぞ、モテたことだろう。いや。高嶺の花過ぎて、誰も手を出さなかったかもな。良い所のお嬢さんな感じがするし。

 そんなことをつらつらと考えている俺は、きっと疲れている。今日は金曜日だし、美味いピザを食べて、ちょっと良いワインでも飲もう。そうしよう。

 この時間なら、四月一日よりも先に店へ行けるだろう。

 あいつが先に着いていると、最初の段階で料理を全部注文した挙句、お金まで払いやがるので厄介なのだ。しかも、それで何かを要求することもなく。まぁ、それは俺も同じだが。

 八月一日さんが、意を決した様子で口を開いた。


「今日、私とお酒を飲みに行きませんか? 今度、友達にこの辺の美味しいお店を紹介する約束をしてて……お店、色々、教えてほしいんです!」

「あ~……なるほど」


 この近辺は東京でも都心であり、同時に古い町並みも残っている。

 なので、ハイセンスなお店から、下町風の店まで種々雑多。無数の飲食店から、美味しい店を選ぶのは、案外と難儀だろう。この子は学生時代、こういう店で飲み歩いていなそうだし。

 目の前の席から石岡さんが、ぬっ、と顔を出した。


「し~の~は~ら~ぁぁぁ……お前、可愛い後輩からのお誘いをまさか、断るんじゃねぇだろうなぁ? うん??」

「パワハラは良くないと思います。……八月一日さん、その友人さんとご飯を食べに行くのは何時なのかな?」

「あ、はい。来週の金曜日なんですけど……」

「了解。今日はちょっと無理なんだ。週明けのお昼、一緒に行こうか」

「! はいっ! よろしくお願いしますっ!!」


 八月一日さんが立ち上がり、深々と頭を下げ、次いで拳を握りしめた。大袈裟だなぁ。まぁ、取り合えず、美味い店をリストアップしておこう。

 ……石岡さん、何です? その「……若いねぇ」的な目は。

 

※※※


 会社を出て、例の隠れ家イタリアンへ。

 まだ、時刻は六時前。この時間なら、あいつもいない筈。

 硝子張りの扉を開け、店内へ。

 店長さんに挨拶。


「こんばんは。ちょっと、早いんですけど、大丈夫ですか?」

「こんばんは。大丈夫です。御連れの方がお待ちですよ」

「……もう、来てますか」

「はい。少し前に。二階へどうぞ」


 店長さんへ会釈をし、二階へ。

 窓際の席では、私服姿の四月一日幸がメニューを熱心に眺めていた。空いている席には、紙袋が置かれている。小物でも買ったんだろうか。

 近づき、声をかける。


「総務より早い営業って、どんな生き物だよ? お疲れ」

「お疲れ様! 今日の私は営業の必殺☆ ザ・直行直帰の女っ! まー16時には全部終わってたんだけどね。さ、座って、座って。ピザだよ、ピザっ! ここのピザ美味しいんだよね~。時折、夢に出て来る。雪継のピザを奪い取る感じで★」

「……そこは、せめて一緒に食べていてくれ」


 げんなりしつつ、四月一日の前の席に座る。

 すぐさま、メニューが差し出された。


「とりあえず、マルゲリータは食べるよね?」

「だなー。シンプルで美味い」

「あとはー??」

「そうだなぁ……」


 メニューを眺めて考える。

 

 アンチョビが載っているロマーナ。

 イカ、タコ、エビ、ホタテのペスカトーレ。

 卵黄とベーコンのビスマルク。

 挽き肉、各種チーズのカルネ。


 どれも絶品。

 毎回、悩むのだ。

 俺は四月一日に尋ねる。


「腹は?」

「すいてるー。ぺこぺこー」

「なら……Sサイズにして、マルゲリータと、もう一枚ずつ頼むか」

「あ、それいいかも!」


 お互い同意。

 後は――……。

 四月一日の細い指がメニューを差す。


「サラダとピクルス。ソーセージはお父さんのが美味し、いらない? かも? かも??」

「今年もそろそろ送られてくるしなー」


 うちの親父はハム、ベーコンだけでなく、去年からソーセージまで作り始めた。

 身贔屓抜きで、美味い。市販の高級品と変わらない。


「酒は?」

「雪継が飲みたいので良いよ~」

「なら、ワインで。白、赤どっちがいい?」

「どっちも~」

「……酔い潰れたら、置いていく……」

「え~優しい雪継には、そういうの無理だと、思うな~」


 四月一日が頬杖をつき、楽しそうにニヤニヤ。……こいつは。

 メニューを閉じ、女性店員さんを呼ぶ。


「すいません」

「はーい」 


 さっき決めたピザと料理、ワインのボトルを注文。

 そこで、少し考え――


「あと、食後に珈琲とジェラートをください。二つで」

「かしこまりました」


 女性店員さんは微笑み、下がって行った。

 四月一日が紙袋をごそごそ。テーブルの上に取り出す。

 ――白猫と黒猫が描かれたマグカップ。


「じゃーん♪」

「これ、どうしたんだ??」

「雑貨屋さんで見つけたのっ! ほら、あそこのビルの中の――」


 最近、うちの会社の、近場にオープンした巨大な商業施設の名前を四月一日は口にした。

 四月一日が楽しそうに続ける。


「一時間だと全然、回れなかった~。ねね? 明日、行ってみない?」

「面白そうだったか?」

「うん! ……ダメ?」


 少しだけ甘えた口調になり、四月一日がはにかむ。

 俺は白猫のマグカップを手に取り眺め、頷く。


「まー土日、引き籠るよりは良いかもな」

「なら、決定~♪ それじゃ、午前11時にビル前で待ち合わせね」

「? ビルで待ち合わせすんのか??」


 別に自宅から一緒に行けばいいんじゃ……。

 対して、四月一日は指を突き付けてきた。


「はい、ダメです! 篠原雪継君は、もう少し女心を学びましょう! 要再履修!!」

「…………検討しておきます」

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