【21】兄の性癖

翌日、藤原さん以外のご家族がいないこと、亡くなられた理由などからも考慮して、通夜は行わずに導師様を呼んでの簡単な告別式だけを執り行い、そのまま火葬場へと向かっていた。本日は匠君が運転手だが、ご遺族が一人ということもあり、遺影以外のものを運ぶ為、私も霊柩車へと同乗することにした。クラクションは鳴らさないでくれとのことだったので、それも無しである。


『本日運転を務めます、輪廻會舘支配人の岩崎でございます。お気づきかもしれませんが副支配人は私の妻でございます。…話は逸れましたが藤原様、火葬場へ向かう前にどこか寄って行きたいところなどありますか?近場でしたらどこでも行けますので遠慮なくお申し付けください。』


『…こんなバカ兄貴のことなんて、本当どうでもいいんですけど…、兄が亡くなった現場を通ってもらうことはできますか?』


『…かしこまりました。

安全運転で出発いたしますね。』


到着した駅は見たところ、ホームから線路へと簡単に降りることができるような作りであり、すぐ近くには踏切が設置されていた。確かにこれなら女の私でも飛び降りることができるなと考えていると、匠君が藤原さんに質問を始めた。


『藤原さん?昨日妻から、お兄様のことを伺ったのですが…その、事件に進展はありましたか?』


『…警察からは、今日の火葬後にまた来て下さいとのことを言われたので、詳しい話はまだわかりません…。』


『そうでしたか…、あの、みんなで考えたのですが、お兄様は冤罪という可能性も残されているのではないでしょうか?電車に跳ねられてしまったという事実を変えることは難しいですが、痴漢のほうの冤罪を証明できたら電車の損害賠償をその方に請求することもできるかと思います。その…少しだけ、お兄様を信じてみませんか?』


匠君が寿郎君の推理をみんなという形で話し出すと、"考えもしなかった"という表情を浮かべて匠君を一瞥後、私を見た藤原さんに無言で"うん"と頷いてみせた。何か考えていたのか、少し間が開き藤原さんも口を開き始める。


『…兄が冤罪?…考えもしなかったです。確かに…よく考えてみたら、それはあり得ないかもしれません!痴漢されたと言っていたのは女子高生らしいのですが、実は私見たことがあるんです…。私がまだ中学生くらいの時の話ですが、その…兄の部屋にあった卑猥なDVDを!それって、兄の好みですよね?』


「…匠君、答えてあげてくれる?」


『…えっ俺ですか?…寿郎もいないし仕方がないな。藤原さん、どんなやつだったの?』


『…はい、確か熟女とか未亡人とかばかりで若い女の子が出てくるタイトルじゃなかったんですよね。それって若い子より、ある程度年齢を重ねた人のほうが好きってことじゃないんですか?』


『うむ、それは一理あるかも…。わざわざ好みじゃない映像を借りてまで俺なら見ないな。もしかしたら、今の自宅にもあるかもしれないし証拠として探してみるのもいいかもね!』


こんなところで、実の妹に性癖を見知らぬ男女に晒されてしまったお兄さん。後で出てくるのかなー?何か少し気まずい…


『…私、兄の冤罪晴らせるように頑張ります!そうですよね、今でこそ滅多に会うこともありませんでしたが、兄は小さい頃から正義感は強かったような気がします。…痴漢なんて、そんな卑怯なことするはずありません!』


先ほどまでの絶望の表情から、解決の光が見えてきたかのごとく少し明るい表情を取り戻した藤原さん。今までは肩を落とし、暗い顔しか見ていなかったが笑っていると凄く健康的で可愛らしい顔をしている。


私達は車を降りて、駅周辺の写真をスマホで撮り現場を後にすると火葬場へと向かった。


さて、出てくるのか…?霧!


そして、最後の坂道を登っている途中…段々と視界が悪くなってきた。運転席の後ろから、匠君にむかって小声で囁く私。


「匠君、やっぱりきたわね!

今回は本気で解決に行きましょうね!」


『もちろんだよ!』


駐車場に停止し、暫くすると匠君のものではない男性の声が聞こえてきた。


"もしもーし、あのー?

どなたか聴こえてます?"


二人で目を合わせると、

すかさず返事をする匠君。


『はい!お兄さんですね?お待ちしておりましたよ!輪廻會舘支配人の岩崎です。あ、後ろに乗っているのは副支配人で私の妻の翼です。よろしくお願いします!』


聴こえているか聞かれただけなのに自己紹介まで、さらりと済ませてしまった彼に、慣れって怖いな?と思いつつも話が早くて助かると思った。


『あ、すみません、ご丁寧にどうも。僕は藤原弥生の兄の藤原飛鳥と言います。あの…お二人は僕の死因ご存知なんですよね?』


『はい、痴漢して逃げるために線路に飛び降りて電車に跳ねられたと伺っています!…しかし!俺達は冤罪ではないかと疑っています。違いますか?』


突然現れた自分の理解者に、目を輝かせて今にも泣き出しそうな顔をしている飛鳥さん。やはり、冤罪だったのか…。


「あの、妹さんがとても落ち込まれています、落ち込んでいるというか昨日までは怒りに震えておられました。どんな事情があったのかお聞かせ頂けますか?」


そして、飛鳥さんは事の顛末を

静かに話し始めた。

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