【17】金持ちの憂鬱
昨日に引き続き、参列者三名の葬儀も予定通りに終わり、霊柩車でいよいよ火葬場へと出発をする。霊柩車の助手席には遺影を抱えた、みやこさん。上のご兄姉二人は、霊柩車には乗らず、自分の車で行きたいということだったので、匠君がその他の物を持って霊柩車に乗り込むことになった。
"プァァァァァァァァン"
発車を告げるクラクショを鳴らすと幸栄達はお辞儀をして見送りをしているが、上のご兄姉は一瞬車を見たが、表情を変えることなくそのまま自分の高級車へと乗り込んでいる。
「みやこさん、改めまして本日運転を勤めます岩崎翼です。早速ですが、お母様の思い出の場所など近くにありましたら通ることもできますが、如何いたしましょうか。特になければそのまま火葬場へと向かわせて頂きます。」
『よろしくお願いします、…岩崎さん?
支配人も岩崎さんでしたよね?』
後ろから、待ってましたと言わんばかりに
声を張り上げて、匠君が話始める。
『そうなんです、本日運転するのは私の妻なんです。家族で経営している小さな葬儀屋なもので、妻にもお願いしている次第であります。勿論免許は持っていますのでご心配はありません!あ、すみません、話を遮ってしまいました…。』
『ふふっ、大丈夫ですよ!すっきりしました。…母の思い出の場所ですが、父との思い出もあると思いますので自宅の前を通ってもらってもいいですか?後はそのまま、火葬場へ向かって頂いて大丈夫ですので。』
「かしこまりました、では出発しますね。」
どこまでが敷地なのかもよく分からない豪邸の周りを一周して、火葬場へと向かう。
そして、坂道を登り終わる直前にまた、
あの現象が起こり始めた。
"…翼、やっぱりきたね。例の霧だよね?"
"うん、まさか匠君と一緒に乗っている時にまで出てくるとは思わなかったわ…。"
"一緒に乗ったのは不可抗力だけどさ、
この後どうなるか少し興味深いよね。"
"匠君?楽しんでるわね?まぁどうなるのかは私も気になるけどさ。"
車が駐車場へと到着し車が停止すると
一層濃さを増してくる霧。
いつも思うが、死人の皆様は私達を道連れに
しないように考えてくれているのか。
はたまた、ここ火葬場の駐車場には霊界への
入口的なものがありそのタイミングで現れているのか…。そんなことを考えていると、
隣から、みやこさんとは違う女の人の声が聞こえてきた。
"わたしの声が聞こえているかい?運転席に座っているあんただよ!聞こえてるのかい?
ずいぶんと上から目線で話しかけてくる。
声の主はきっと遺影に写るお婆さん。
"返事がないねぇ?わたしゃ気が長いほうじゃないんだけどな~困ったねぇ!"
「…すみません、私を呼んで
いるんですよね?伊集院サキ様。」
"あぁ、やっと返事が返ってきた。そう、
あんたの言うとおり、わたしゃ
伊集院サキだよ!良くわかったね~。"
「人違いじゃなくて良かったです。それで、お話は何でしょうか?できれば手短にお願いしますね。」
"…あんた、わたしが何かお願いをしようと
思っているのに気づいているね?"
「いやー、実は私にも色々ありましてね、最近では火葬に行かれる前の故人様のお悩み解決みたいなのを頼まれることが多くなりまして…。話しかけてこられたということは、何かお悩みがあるのかな?と思った次第であります。」
"あんた、名前は何て言うんだい?"
「私は、輪廻會舘副支配人の岩崎翼と
申します。よろしくお願いします。」
"翼と言うのか、ずいぶんハイカラな
名前だね~?翼って呼ばせてもらうよ?
そのかわり、わたしの事も好きに呼んで
くれてかまわないからね!"
「それでは、サキさんとお呼びしますね。」
"自己紹介も済んだことだし早速だけど、本題に入らせてもらうよ?準備はいいかい?"
「わかりました、お聞かせください。」
『ちょっと待った!!二人とも俺の事忘れてない?突然悪いね!サキ婆ちゃん、俺も話しに混ぜてもらうよ!』
あ、忘れていた。そうだ、匠君も乗っていたのだった。サキさんは、後ろからいきなり
大声を出して現れた匠君に驚いている様子。
「ちょっと、ビックリさせないでよ!ほら、サキさんも驚いてるじゃないの!サキさん、すみません、こちらは輪廻會舘支配人で私の夫でもある岩崎匠です。」
"心臓が止まるかと思ったわ!!ま、もう止まっているけどねー?それにしても何故旦那にまで私の声が聞こえているんだい?"
笑っていいものかよくわからないギャグを
受け流して、これまでの経緯を軽く説明した。
"なるほどねー、変わった夫婦だね~?
ま、私は手伝ってくれるんなら一人だろうが二人だろうがどちらでもかまわないよ。"
『よろしくねー?サキ婆ちゃん!』
"婆ちゃんと呼ぶのは、止めておくれよ?
サキさんと呼びな!"
『わかりました、サキさん?で、先ほどの
話しの続きを聞かせほしいんですが…。』
"あぁそうだったね、あんたがいきなり現れるから、ビックリしてどこまで話したか忘れたじゃないのよ、ただでさえ年寄りは物覚えが悪いというのに…"
「…サキさん、大丈夫です!まだ何も話し始めていませんから!せっかく言いかけていたのに突然出てきた匠君が悪いんです。」
私に名前を出され、"え、俺?"という
表情をしてとぼけている匠君。
"まぁいいわ、最初から話すことにしよう。
まずは葬式のことだね、あんたらはどう思った?家族葬は百歩譲ってよしとしよう。しかし、出席者が私の子ども達三人だけじゃないか!孫すらも来ていない…そりゃわたしが近所で"意地悪婆さん"と呼ばれていたことは勿論知っているよ?それにしても、身内は来るのが普通じゃないかい?呆れてものも言えないよ!!きっとあの二人が言い出したと言うことは見当がついているけどね。察しているとは思うけどあの二人というのは長男と長女のことだよ。あのろくでなしのバカども、奴等には一円たりとも渡すもんか!"
『まぁ、確かに最後に可愛いお孫さんの顔でもみたいと思うのが普通ですよね。お客様ではありますが、みやこさん以外のお二人は少し感じ悪かったですな。』
「た、匠君!ハッキリ言い過ぎだから!」
"いいんだよ翼、中々面白い男じゃないか。
それでな、私のお願い事というか…大切な
あれを忘れちまったんだよ、何だかわかるかい?"
「あれ、ですか?何かあの世に持って行こうと思っているものでもあったんですか?」
"翼は、馬鹿だねー?死んでるのに何か持っていけるわけないじゃないか。あれと言ったら【遺言書】だよ!こんな突然死ぬと思っていなかったからさ、わたしゃ書いてないんだよ!このままだと、上の馬鹿息子と馬鹿娘にも遺産をくれてあげることになるだろう?
それだけは嫌なんじゃ!だから、死ぬ前に
戻って遺言状を書かせてはくれないか?
初対面?の婆さんに"馬鹿"呼ばわりされて
少し腹が立ったが、私も四十を過ぎた大人だ。表情には出さずに冷静に判断することにしようではないか。
「…サキさん?わかりました。では死ぬ前に戻って【遺言状】を書き残すということでよろしいでしょうか?」
"うん、それで思い残すことはない!"
「かしこまりました、では、私の左手を握って行きたい場所を強く念じてください。匠君はとりあえず私の肩でも触っててくれる?
それでは行きますよ?……"残夢の元へ"!」
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