【35】失意の一日

響君達の依頼も終わり、本日は久しぶりに

予約が入っていない為片付けを午前中で

終わらせて午後から休みに入る予定だ。

弥生ちゃんは先日の小説が見事新人賞をとり

"不運の新人作家の妹"としてテレビや雑誌の取材に追われている為、落ち着くまではそちらを優先することとなった。


この日、朝から少し、頭に違和感を感じてはいたものの、午前中だけだしと思って出勤した私。仕事も一段落し、四人でコーヒーを飲みながら、いつものように他愛もない話をしていたその時、突然目の前が真っ暗になった。


……………。



※※※※※※※※※※※


「つ、つばさ?どうした?ねぇ!!!」


俺の前のソファーに座っていた翼が、コーヒーカップを右手に持ったまま、前に崩れ落ちるように倒れた。突然の出来事に驚いた俺は、持っていたコーヒーカップを床に投げ捨てて翼の元へと駆け寄る。


『匠君!こういう時は、頭を動かさないようにゆっくりと動かさないといけないよ!』


幸栄さんの助言に従い、できるだけ頭を動かさないように、慎重にソファーへと寝かせた。何が起きたんだ?翼…翼???

動揺し、次にやるべきことが思いつかない

俺をみかねて、幸栄さんがてきぱきと指示をだしてくれている。


『寿郎!とにかく救急車!!匠君は翼の頭が動かないように支えてあげておいてよね!』


幸栄さんは、翼のバックの中から保険証を

探したりと救急車が到着してすぐに出発できるように準備をしてくれていた。


『翼~!おい、返事をしろよ翼!!』

何度も呼ぶが、全く返事のない翼。


何も出来ず、おろおろとするばかりの俺に

幸栄さんは、子どもに語りかけるように

ゆっくりと話しかけてくれている。


『匠君?翼は大丈夫だから、落ち着いて?

今救急車が来るからね!この状態で私達にできることは何もないし、こんな時はプロにお願いするのが一番だよ!』


「うん…そうだね、ごめん幸栄さん。気が

動転してたわ。俺が冷静でいないとね…。」


『わかったら、よろしい。あ!!救急車来た

みたいだよ~音が近付いてきたわ!」


救急車のサイレンが會舘の前で止まった。

玄関では、寿郎が到着を待っていてくれた

のだろう、隊員を会社の中へ誘導してくれている。寿郎と幸栄さん、二人は本当に優しくて信頼出来る存在だと改めて感じた。


"患者さんはどちらですか?"

先にきた隊員の一人が聞いて来た。


「こちらです!ソファーに横になっている

この女性です。」


"倒れた時の状況を教えていただけますか?"


俺が答えようとするも、うまく言葉がでない…すかさず幸栄さんがフォローしてくれる。


『通報する、五分くらい前でした、この部屋で四人でコーヒーを飲んでいたんです。コーヒーを飲みだして普通に話をしていたんですけど、急に翼が、あの彼女の名前ね、

コーヒーカップを持ったまま、前に崩れ落ちるように倒れたんです。話しかけても返事はないし、とにかく頭だけはできるだけ動かさないようにソファーへと運びました。』


"ありがとうございます、すみませんが、誰か一緒に付いて来て頂ける方は居ませんか?

出来ればご家族がいいんですけど…。"


俺は手を上げながら、

『あの!俺が行きます!

彼女は俺の妻なので。』


"わかりましたではご主人、奥様の保険証を持って一緒にきてください。お願いします。"


『二人とも本当にありがとう!俺一人じゃどうにもならなかったよ…。会社は適当に閉めて帰ってもらっていいから!病院ついて落ち着いたら連絡入れるね!では、行ってくるよ。』


そう言って俺は、ストレッチャーで運ばれていく翼の後に救急車へと乗り込んだ。

もし、入院が続くようでも、会社は二人に

任せておけば大丈夫だろう。

それよりも、翼の容体が心配だ。

突然訪れた恐怖に、俺の足は未だにガタガタと震え手の平にはかなりの汗をかいている。


救急車は最寄りの総合病院に止まり、ストレッチャーに乗った翼を降ろすと待ち構えていた二人の看護師が小走りに押して行く。

救急隊員と医師がなにやら話をしている。

翼の容体について話しているのだろうか?

気になってなって仕方がない。

話が終わると、救急隊員は俺に向かって頭を下げ、車に乗り込み帰って行った。


受付で案内された場所で待っていると先ほど救急隊員と話をしていた医師が近付いてきた。


『岩崎さんのご主人でしょうか?』


「はい!あの…妻は

大丈夫なんでしょうか?」


『これから詳しく検査をする予定です。質問なのですが、最近奥様に変わった様子はありませんでしたか?』


『変わった様子…。…はい、何日か前に、

友人達と夜ご飯を食べに行ったのですが、その帰りに一度、頭が痛いと座り込むことがありました。お酒も飲んでいたので僕も妻もあまり気にしていなかったのですが…。あ、

次の日の朝、少し熱があるみたいで頭も痛いと言っていました。病院にも行ったんですけど、その時は風邪という診断で…。何か関係ありそうですか?』


『ありがとうございます、まだ検査が終わっていないので今は、はっきりとした原因はわかりません。ご主人も不安でしょうが検査が終るまでこちらでお待ちいただいてもいいでしょうか?』


検査室の前でどのくらい待っただろうか。

廊下をウロウロと歩き回きまわりながら

テレビドラマで、良く見る光景を地で再現している自分に恥ずかしさを覚える。

少し落ち着き、前に置かれたソファーへと

座った瞬間、検査室のドアが開いた。


『岩崎さん、お待たせしました。ご説明しますので中へお入りください。』


医師の後に続き、勧められた椅子へ座る。


『さっそくですが、頭が痛いと言われていたとのことだったので、頭部CTと上半身のMRI画像診断を行いました。結果を申し上げますと、脳の一部に出血している箇所を発見しました。病名といたしましては、"外傷性くも膜下出血"だと我々は判断をしました。

それでなのですが、最近奥様は頭部に強い衝撃を受けるような経験をされていますか?」


頭部に衝撃…、思い当たることは一つしかない。あの、霊柩車との衝突事故だ!


『先生、実は…半月ほど前に……。』


この前二人が交通事故にあって、入院を

していた事を話した。


『そうですか、そんな事があったんですね。原因としては充分でしょう。少し分かりづらいところにありましたので、見落とされていたのかもしれませんね。』


「……、それで先生、

妻は助かるんですよね?」


「外傷性くも膜下出血とのことですので、簡単に言いますと、手術ではなく頭蓋骨内の様子を随時観察して保存的な治療を行います。今は薬も効いていますし、落ち着いていますよ。痛みも感じていないはずです。しかし、これから容体が急変しないとは、言い切れません。とにかく、これから二日くらいが山場かと思います。それを越えれば快方へと向かう可能性が高いかとは思います。今はとにかく、奥様の生命力を信じましょう。医者が言うのも何ですが、人間はね、医学では計りしれない不思議な力をもっているんです。

とりあえず、ご主人は一旦家に帰って入院に必要なものを持ってきてもらえますか?』


『わかりました、荷物ですね。…医学に関しての難しい話は、正直わかりませんが、とにかく二日持ちこたえたら大丈夫なんですよね?僕も妻の生命力を信じたいと思います。この前の事故も乗り越えたんだし!』


『全力を尽くしますので、突然の事で大変かとは思いますがご主人はどうか気をしっかりと持って、奥様を励ましてあげてください。』


集中治療室に入っている翼の回りには沢山の機械が置かれ、様々な管に繋がれている。

本当に大丈夫なのだろうか…

最悪なことばかり考えてしまう

俺を現実に引き戻す声が聞こえてきた。


『匠君?あーすぐ会えてよかった!

翼の容体はどんな感じだった?』


二人の顔を見るなり、ほっとした俺は

無意識に涙を流してしまっていた。

泣いている俺を見て、慌てて駆け寄ってくる二人に集中治療室のほうを見るように促す。


『え、翼?ねぇ、ちゃんと説明して?』


泣きながら声にならない声を振り絞り

先ほど聞いた説明を二人に話す。


『……そっか。二日が山って……。

ダメ!私達が翼のことを信じてあげなくて

誰が信じるのよ?先生も言ってたんでしょ?匠君!とりあえず入院に必要なものを取りに行きましょ。私達、車できてるしさ?匠君

救急車できちゃったから足ないでしょ?』


「…、そうだね!俺が泣いてたら翼に怒られちゃうな!私は管に繋がれて頑張ってるのに、何泣いてるの?ってさ。幸栄さん、寿郎きてくれてありがとう!少し復活した!」


『…匠?翼ちゃん復活するまで、

泣くの禁止な?ややこしいから。』


「寿郎…やっと喋ったと思ったらそれ?

俺は昔から"泣き虫匠"って言われてきたし

ただ感受性が豊かなだけなの!」


きっと、翼は自分がいない場所でも俺達が

こうやってバカな話をしているのを望んでいると思う。

病院を出て寿郎の運転する白いステーションワゴンに乗り込むと、自宅で幸栄さんに手伝ってもらいながら入院セットを準備してまた車で病院まで戻ってきた。

帰りに、近所のファミレスで二人に夜ご飯を

ご馳走して帰宅。

翼のいない、一人きりの広い家。

寂しさを紛らわす為に俺は楽しいことを考えようと頭を悩ませ、ある計画を思いついた。

翼が退院したら四人で温泉旅行にでも行こう。その話を聞かせたら翼はすぐによくなるはずだ!四人で楽しいことをするのが大好きな翼だからな。

お風呂から上がり、気が緩んだ所為か

俺はソファーで深い眠りに落ちていた。

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