【2-4b】歴史の証言

 19時。地球と同じく日が落ちて満月が登っている。しかし違うとすれば、今夜はやけに青いということか。


 青い満月が水面に浮かぶ湖畔にエヴァンは足を崩して座っていた。その傍で薪を燃やしている。


 その様子を見ていたのは、


「何の用だ? 小娘」


「小娘じゃない。クロエ」


 クロエは頬を膨らませながらも、エヴァンの隣に座る。


「用がないなら戻れ。慣れ合う気はない」


「ご飯おいしかった?」


「……」


 エヴァンが無言の圧力で睨みつけるが、一瞬驚きながらも退こうとする気配もない。エヴァンは諦めの溜息をつき、湖に向きなおると、


「悪くはない。レオが作ったものよりはマシだったな」


「レオ?」


「勇士戦役の英雄かつ初代ダート国王。そして、今は亡き俺の敵だ。魚を焼く位しか能がなかったな」


「あ、オルフェ先生が言ってたやつ。前の国王様だって。へー、料理下手だったんだ」


「小娘。レオの話は……」


「ねぇ、エヴァンの昔話聞きたい」


 クロエが「ねぇねぇ」とエヴァンにじゃれつく。エヴァンは湖を見つめたまま無視を決めこもうとしたが、


「クロエには話すべきじゃないですか?」


「ジン」


 クロエが振り返ると、迅が立っていた。迅はクロエの隣に座りこむ。


「火種のトリックスター。興味本位で過去をほじくり返すな。勇士戦役に関することなら尚更……」


「いえ、興味はないです。俺は帰れればいいんで。でも、クロエがここに残るのを拒否する原因が過去にあるなら、納得させるまで話すべきです。俺達は対等な関係なんでしょう?」


 迅は真剣な面持ちで言う。エヴァンは長い溜息をつき、言葉を紡いだ。













 俺の世界は戦争をしていた。空からやってきた侵略者との戦争だ。俺は一人の兵士として侵略者どもと戦っていた。


 火種のトリックスターのような外見の侵略者たちだった。迫る奴らを相手に俺は何人も斬り捨てた。


 しかし、とある奴は俺とは引きを取らない強さだった。俺に数回傷をつけた珍しいやつだった。


 奴との激戦を繰り広げていると、俺達の足下に妙なものが広がっていた。異世界への穴だ。セフィロトが人(或いは人あらざるもの)を招くとき、そこから『根』で捕らえ、異世界へ引きずり込む。


 俺とそいつは根に捕らわれ、異世界アバロンへ招かれた。


 だが、俺たちは主なトリックスターとは違い、辺境に飛ばされていた。後に知ったことだが、時々セフィロトの麓に飛ばさず、世界に張り巡らされた根の所へ飛ばす『転移事故』があるらしい。小娘もこれに遭ったらしいな。


 とにかく、転移事故に遭った俺と戦っていた敵は仕方なく休戦し、セフィロトを指標にしてこの世界を巡ることになった。


 その敵がレオという奴だった。


 人里探しやら食料調達やらに協力し合ったが、レオは料理に関してはとにかくなんでも焼くことしか知らない奴だった。オマケによく焦がすときた。やむを得ず、奴は食料調達に向かわせ、調理は俺がやることになった。


 大雑把な奴だったが、旅を続けるうちに俺はレオを段々理解していた気になっていた。


 俺たちはようやくセフィロトにたどり着いた。そこでは一人の女を中心に集落を作っていた。


 その女がシャウトゥ。俺たちが出会った頃から奴は聖女だった。


 奴は言葉が通じない人々を新しい言語でまとめ上げていた。俺たちもその言語を習得することになった。生き残るには意思の疎通も必要だからな。


 そして、奴らは妙な武器を所有していた。言うまでもなく霊晶剣だ。その剣が起こす奇跡で水が湧き、金属が現れる。便利な代物だ。その正体も知らず、俺たちもその力を望んだが、シャウトゥは剣に適応しなければ力は使えないと言う。


 俺はセフィロトにも目をつけていた。これが異世界転移の元凶なら、剣の奇跡を利用して元の世界に帰れるかもしないとな。


 シャウトゥによれば、これは世界に蔓延る悪魔から手に入れたものだと言う。新たな剣を手に入れたいならば、俺たちトリックスターを脅かす奴らと戦わなければならない。


 そう吹き込まれ、俺とレオは鵜呑みにしてしまった。シャウトゥと協力して悪魔、更には奴らを束ねる『魔王』を倒すことにした。


 そこで戦闘能力が高かった俺とレオ、それからシャウトゥの3人が後に『勇者筆頭』と呼ばれるようになったらしいな。


 しかし、俺はシャウトゥに騙されたことに気づいた。悪魔と呼ばれる奴らは武装せず、むしろ武器を持つ俺たちを恐れていた。


 その悪魔たちをシャウトゥたちは一方的に虐殺していったんだ。そして知っているだろう。殺された悪魔たちは剣へと姿を変えた。


 俺は悪魔もといネイティブを殺すことに反対したが、レオはそうではなかった。奴は虐殺に賛成した。忘れていた。奴は俺の世界を襲った侵略者の一人だということを。先住民の世界に土足で踏み込むことに躊躇しない奴だと。


 俺は奴らから離れ、ネイティブを守ることにしたものの、奴らの進軍に俺は追いつかず、俺が習得した言語もネイティブには通じなかった。


 もうどうすることもできない。俺では虐殺を止められない。一度自暴自棄になった。だが、そこで俺に興味を抱くネイティブと出会った。


 ひかるとやらと同じくらいの歳の少女だった。言葉が通じないながらも少女は自分を指差して『ローリ』と言った。


 少女は俺に食べ物を差し出したりとちょっかいを出してきた。何も守れない俺のことなどと俺は思っていたが、ローリが俺のもとへ通い詰めるうちに俺も料理を作ってやったりと打ち解けていった。


 せめてこの少女だけでも。俺はそう思った。


 だが、ローリが奴らに見つかったのもそう長くはなかった。


 レオが隠れた俺を見つけたのだ。奴は言った。セフィロトを操れるかもしれない霊晶剣が見つかったと。それを布都御魂と言った。レオが引き連れた男が先代の布都御魂の所有者だった。


 俺は一瞬こそ希望が見えたような気がしたが、レオは聖女に魂を売った者だということを忘れはしていない。


 交渉が決裂すると、布都御魂の所有者は精神操作で俺を操った。殺戮の人形としてな。


 俺はローリのことなど構わず、促されるがままにレオやシャウトゥとともに魔王、もといネイティブのリーダーと争う。


 俺は意識が朦朧としながら、目の前の敵に向かって一心不乱に剣を振るった。


 その時、レオが何か強大な力を使い、ネイティブのリーダーにとどめを刺した。ネイティブのリーダーが死に際に放った魔法の衝撃で俺の洗脳は解けた。


 そしてネイティブのリーダーが死に、奴らが手に入れた魔王の形見の剣がストームブリンガーだ。


 戦いの後、俺はレオやシャウトゥに構わずすぐにローリのもとへ向かった。


 しかし、俺よりも先にシャウトゥがローリに迫っていた。俺は奴を止めに入ったが、奴の斬撃で目に傷を負った。


 そしてローリは呆気なく殺され、俺に言葉を残すこともなく剣に変わった。


 俺はその剣を奪い、シャウトゥたちトリックスターから離れ、魔族を束ねて新たな『魔王』を名乗ることにした。













「どうだ、満足か? これで俺たちは対等というわけだ」


 迅とクロエは気まずそうに沈黙する。


「トリックスターの介入によってこの世界の先住民たちは幾千の剣に変えられ、王国の道具になった。旅をしていて殺戮から免れたソードハンターはそんな王国から剣を奪還している。せめてもの供養のためにな」


 エヴァンがそう続けても迅やクロエの顔から悲しみの色は消えない。


「どうした? 歴史の真実が聞きたかったのではなかったか?」


「……。もしかして、あなたの霊晶剣が……」


 迅が尋ねると、エヴァンは左腕の紫の光から霊晶剣を取り出した。


「これが、ローリだ。今はレヴァテインという名だがな」


 すると、クロエがエヴァンの剣に向き、


「……。こんにちは、ローリさん。わたしクロエって言います」


 レヴァテインに話しかけるクロエ。エヴァンはフンと鼻で微笑する。クロエは続ける。


「エヴァンは恐い人だけど、でも私にお水をくれたりしていい人です。ローリさんが好きなのもよく分かります。この人がいればきっとこの世界は平和になると思います。だから、それを信じてエヴァンを許してあげてください。エヴァンを自由にしてあげてください」


「小娘、貴様……」


 エヴァンがクロエを睨みつける。すると、手にしていたレヴァテインの刃が暗がりの中紫色に淡く光りだした。


「? ローリ……?」


「ね。きっと許してあげるって言ってるよ、きっと」


「……」


 エヴァンは静かに目を閉じて、レヴァテインを左腕に納めた。


 そのときだった。


「お、お前……! 何の用……、ぐあぁぁぁぁああ!!!!」


 野太い男の悲鳴が集落に木霊した。大きい声にクロエは耳をふさいで縮こまる。


「なんだ!?」


 迅たちは立ち上がり、集落を見渡す。ハウスに入っていた人々も悲鳴に気づいて外に出始める。


「出入り口! 王都の方の!」


 クロエが悲鳴が聞こえた方へ指を指す。


「王都……。まさか……」

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