【8章】終わりの始まりへ
【1-8a】魔王とは何者か
ケテル砂漠。気温は50度を越え、どこまでも続いていく砂の世界、そして蜃気楼が見せるオアシスの幻は旅人たちの命を蝕んでいく。備えなき者は恰好の餌食となる。
それは、生き抜く者たちの知恵や体力、そして信念を試される過酷な旅路だった。
しかし、彼らは越えた。
未知なる世界へ誘われ、生きるために身につけた知恵。
剣を振るうため鍛え続けてきた体力。
そして、愛しい者を救わんとする信念。
砂漠がそんな彼らを阻めようか?
彼らは戦士。この先に待ち構える運命にも立ち向かえるだろう。
トリックスター。則ち秩序を破り、世界を変える者。その真なる意味の彼らに変わる『始まりの終わり』を進めるとしよう。
「ぜぇ……、ぜぇ……。こ、ここが……、エーゲル湖跡……」
砂漠を越えた迅たちが待ち受けていたのは、緑も水もない荒野だった。暗い雲が空を覆い、雷が騒鳴する。
息絶え絶えの彼らが踏み込んだのは慈悲もない過酷な大地だった。
「ようやく涼しくなったと思ったら、旅のし甲斐がねぇな。クソッタレ……!」
「砂漠を越えただけ良しとしましょ。多分この先に魔王が……」
鉄幹が悪態をつきイリーナがそれをなだめる。イリーナがおぶっていたクロエが目を覚まして、背中から降りた。
「クロエ、もういいの?」
「うん。イリーナたちも疲れたでしょ?」
大丈夫と強気に振る舞うが、歩き方に力がない様を見れば嘘も明らかだろう。
彼らの端でオルフェが地図を広げる。迅も覗き見ると、勇士戦役時のトリックスター陣営軍の作戦などが書き記されていた。実際の周りの地形と地図を見比べ、現在位置を推定する。その時だった。
「!? 誰かいる……!?」
イリーナが先に何かに気づいて、霊晶剣を呼び出す。それに続いて皆も身構える。近くの枯れ果てた木の影から現れたのは、
「よぉ、お前さんら。遠路遥々ご苦労だったねぃ」
「ソードハンター!」
青髪に蒼白の肌、そして青い眼球の出で立ちの男にイリーナたちは剣を降ろしかけるが、ソードハンターはイリーナの間合いに駆けて、鼻の先に短剣を突きつけた。これに、流石にイリーナもアスカロンを握り直す。
「オイラ、お前さんらの味方になったつもりはねぇぜ? ここで待ってた意味、分かってんのかい?」
「お前! 魔王と繋がって……!」
勘付いた鉄幹に「当たり」と指鉄砲を向けた。
「お前さんらに近づいたのも魔王の『アレ』だ。でもまぁ、あんちゃんには『アレ』をあげないとねぃ。及第点?」
ソードハンターの背後には曲剣を後頭部に突きつけたオルフェが立っていた。
「油断大敵だよ。あなたも君たちもね」
ソードハンターは沈黙すると、短剣を腰に納めて両手を上げた。
「実の所は、お前さんらを迎えにきたのさ。魔王の命令でな」
「魔王が?」
迅が聞くと、ソードハンターは適当な岩の上に腰かける。
「ねぇ、魔王って悪い人なの?」
クロエがそう投げかけると、ソードハンターは微笑みかけて、
「そうだねぃ……。善か悪かは決められないねぃ。けど、アイツなりに『アレ』はあるぜ。信念」
すると、迅が怒りで顔を歪めてソードハンターに迫った。
「信念があるなら、なんで先輩を攫ったんだ!」
ソードハンターはしばらく沈黙するが、やがて口を開いた。
「ソイツは分からねぇ。でも、アイツから頼まれてんのさ。『真実の一端を教えてやれ』ってな」
「なんだよ、真実って……?」
鉄幹が聞くと、ソードハンターはうーんと唸って考える。
「そうだねぃ……。じゃあまず、『勇士戦役』について話した方がいいかねぃ」
「なぜ、勇士戦役の話なのかな?」
オルフェが尋ねる。
「魔王、エヴァンが先代魔王を倒した勇者筆頭の一人だからさ」
「!?」
一同は驚愕する。
勇者筆頭。先の勇士戦役において魔王を討伐したトリックスターたち。ということはオルフェの授業で聞いていた。
一人は先代ダート国王レオ。
一人は勇士学院創立者にして学院長の聖女シャウトゥ。
そしてその彼らに比肩する勇者の一人が、
「魔王エヴァン……。俺たちと同じトリックスターなのか……。でも、なんで勇者だった人が魔王なんかに……?」
迅が聞くと、語るソードハンターはどこか弱々しい。
「そもそも勇士戦役ってやつが、『勇者が魔王を倒した』なんて美談なんかじゃないのさ……」
「オジサン、なんか辛そう……。大丈夫……?」
クロエが気にかけるが、ソードハンターは黙ったまま。しかし迅は、
「魔王に真実を話せと任されたはずだ。お願いします」
「やれやれ、あんちゃんは『アレ』だねぃ……」
ソードハンターは一度深呼吸をして、口を開く。
「ネイティブの大量虐殺」
「っ!!」
過去にいる誰もがいい顔をしなかった。ソードハンターはそれでもかまわず続ける。
「オイラたちネイティブが死んだらどうなるか。もう知ってるよな……?」
オルフェ以外の皆、特に鉄幹は剣印が刻まれた左腕を強く掴み、頷いた。
「ネイティブはトリックスターらの生存圏拡大に反抗したのさ。テメェらは侵略者だってな。そこで抗争が起きるわけだが、トリックスター側はな、ネイティブが死んだら魔法の剣に変わるって知っちまったのよ。だから、テメェらの勢力拡大のため、ありとあらゆる方法でネイティブを皆殺しにしたのさ。斬り殺すわ、湖に毒撒くわ、なんでもやったらしいぜ?」
「そういや、クラウも言ってたな。大量虐殺……。アイツはそれから逃れて……」
鉄幹は険しい表情で手に拳を作る。
「じゃあ、魔王って何者なの? 勇士戦役で倒されたのは?」
イリーナが尋ねる。
「ネイティブの王、リーダーって言えやいいかねぃ。そんで、ある程度霊晶剣を集めたトリックスターたちに対抗するため作られたのが魔王の剣『ストームブリンガー』なのさ。霊晶剣を取り返して相手を無力化するためにな」
「俺の剣が……」
迅が袖をまくって腕の黒い剣印を見る。
「だが、妙なんだよなぁ。ソイツは魔王にしか使えねぇはずなんだ。それを『アレ』とはいえ、お前さんが使えるってのが……」
ソードハンターが言う『アレ』。つまり、二重人格の迅が別の人格でないと使えない状態だと迅は悟る。
「とまぁ、『アレ』したが、話が逸れたが。アイツも思う所があってトリックスターに反旗を『アレ』したってわけさ」
ソードハンターは岩から立ち上がって、手の汚れをパンパンと払う。
「オイラが言えんのはこれくらいかねぃ。 お姫さんに『アレ』なのはいいがよ、それを知った上でアイツと向きあって欲しいのよ。案内してやるよ、魔王のとこにな」
生命を感じない荒野を一人歩いていくソードハンター。迅たちはお互い顔を見合わせ、彼の後ろについて行った。
乾いて亀裂が入った大地をソードハンターが導くままに進んでいく。進路の横に大きなクレーターがあり、それがエーゲル湖跡らしい。勇士戦役の魔法のぶつかり合いで干上がってしまったという。
やがて歩いていくと、緑も木もない山々の麓に塀で囲まれた屋敷があった。塀も屋敷も今にも崩れ落ちそうなくらいボロボロに見える。
屋敷の近くまで来る。屋敷は勇士学院の校舎ほどの大豪邸だが、窓が割れていたりと一切の修理もされていないようだ。
鉄幹は目を丸くして、
「こんな寂れたとこが、魔王の居城だ?」
「元ネイティブのリーダーの屋敷さ。これでも、建物の中じゃマシなもんだぜ? 町も家もほとんど吹き飛んじまったからねぃ」
ソードハンターがそう言うと、屋敷の扉を開ける。耳がつんざくほど軋んだ。
玄関ホールにはおそらくシャンデリアだった証明が床に落ちて、ガラス片が飛び散っている。そして、入ってきた迅たちを迎えたのは屯している異形の魔族たち。こちらを睨み、長い舌をチラつかせる輩もいる。しかし、手を出すことはなかった。
そして入口の真正面に大きな扉があった。ソードハンターはその前で迅たちに向き直り、
「別に中で暴れようが構わねぇが、一応、『アレ』させてもらうぜぃ。武運を祈る、だったかねぃ」
扉を思い切り開き、迅たちは闇の中へ進んで行った。
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