【2章】剣士たちの学舎

【1-2a】入学拒絶

「ヘ……。エヘヘヘェ……。オマエモォ……!」


 おぼつかない足取りで黒い焔に包まれた迅は、魔王へ向かって行く。


「剣士が剣に振り回されるとは皮肉だな。身の程を弁えろ」


 左の掌を開き、右手を添える。


「来い。レヴァテイン」


 左腕が紅く煌めくと、光が掌から剣の形で現れた。右手で握ると一振りする。刀身が鮮血のように紅く、荒く歪んだ禍々しい長剣だ。


「アアアァァァァアア!!」


 迅は殺意に歪んだ顔で魔王の前まで迫り、剣を振り下ろす。


 魔王は何でもない表情で剣撃を横薙ぎで弾き返し、ガラ空きになった迅の腹に蹴りを入れて仰け反らせる。


「グゥゥオォォ!!」


「今のお前には過ぎた玩具だ。今すぐ手放せ」


「ガアァァアア!!」


 魔王の言うことなど聞かず、力に任せた大振りで斬りかかるが、魔王はこれを軽くいなす。


 魔王は激しく紅く光る剣先を迅に向けた。


「出直せ、餓鬼」


 それに危機を感じた迅は目を見開き、剣から放たれた紅い閃光に飲まれていった。


「グバァァァァアアアア!!」


 断末魔を上げて光の痛みを受け、その場で崩れた。


「マ……、マダ……、タマシィガッ……! ヨコセ……!」


 僅かな息を吐くように言うと、体が微動だにしなくなった。迅を取り巻いていた焔が消え、元の迅の姿に戻る。


 右手に握っていた剣は黒い煙となって霧散し、左手に吸い込まれていった。


 魔王は眠るように倒れた迅を見据えると、自らも剣を光に戻して左腕にしまう。


「ここでは消さんぞ。種火のトリックスター。お前には、後でたっぷり役に立ってもらうからな」


 倒れた迅を残して魔王は扉の向こうへ消えていった。













 あれは、女の子だ。


 自分の背と同じくらいの大きな賽銭箱の前で女の子がすすり泣いている。


 泣き止んだと思うと、女の子は小さい手に握っていた巾着を開き、賽銭箱の上で逆さまにすると、ジャラジャラと細かい金属音を立てて小銭が箱に振り落ちる。


 すると、隣に少年が立ち並び、ポケットから封筒を取り出して、中の小銭を全て箱の中に平らげた。


 パンパンと二拍して合掌し、涙を浮かべて少年を見る女の子に笑いかけた。













「うっ……!」


 額が冷たい。


 それに気づくと、木の匂い、声を出せる口、たくさんの人の声が聞こえる耳、最後に目を開くとボヤけるが光を捉える双眸と感覚を取り戻していく。


「あぁ……、ジン!」


「ジンくん」


 臥した自分の周りを囲んでいる人間がいるがボヤけたままだった。


 一人が右手を握ってきた。柔らかく自分のより冷たい。


 銀の髪を後ろに結った女の子。


「イリーナ……?」


「よかった……! 気がついた……!」


 迅は怠いながら起き上がろうとするも、全身が悲鳴を上げて起き上がらせてくれなかった。イリーナが止める。


「駄目よ! ここ3日間寝たままだったんだから」


「3日……? 俺は……、何があって……」


 オルフェが考え込んで、迅に事のあらましを教えた。


「……。君が洞窟に落ちたことは覚えているかな? そこに未確認の祭壇があってね。子供たちの証言によれば、君は突然豹変して祭壇の剣を抜いたそうだね」


「え、剣? あの……、剣ってなんですか……?」


「覚えてない、か……。イリーナくん。左腕をまくってくれ」


 イリーナは言われたとおり迅のブレザーの袖をまくった。すると、迅の細く色白な腕に黒い入れ墨のような模様があった。模様は十字架をかたどったようにも見える。


 迅は驚きで反射的に起き上がろうとするが、痛みによってキャンセルされた。


「なんですか、これ……?」


「言っておくが、我々が描いたのではないからね。それは『剣印』と言ってね、霊晶剣を体内に収納した証だよ。私もほら」


 オルフェも左の袖をまくると薄黒い肌の上に緑の文様が刻まれていた。よく見ると迅のものとは差異がある。『剣印』と聞くと、確かに剣に見える。オルフェのそれは片刃の剣のようだ。


 オルフェも霊晶剣を持っていることを迅は初めて知った。


「オルフェさんも霊晶剣を?」


「言っただろう。私もトリックスターだ。学院のトリックスターは教員含め全員霊晶剣を所有している。だが……」


 オルフェは言いかけて少し思考し、


「黒い剣印は初めて見るね……。普通は赤、青、緑、橙、黄色、紫の6色と言われている」


「つまり、ジンは特別ってことですか?」


 イリーナの『特別』という言葉に迅に優越感のようなものが湧いて、目が潤う。


 オルフェはそれに気づいたらしく、


「だが、君の突然の豹変といい、分からないことが多すぎる。ジンくん。私にも分からないということは、君が危険になっても誰も助けられないということだ。武器が特別であるなら尚更、君は一人で命の危険とも戦わなければならない。君たちを保護する身として、その剣を使うことには賛同できないな」


 命の危険。オルフェの言葉を聞いて迅の目の輝きは引っ込んだ。


「特別は孤独……。」


 迅がそう呟くと、オルフェは頷く。


「……。分かってます。もともと戦うつもりもないので……」


「あ、でも先生。ジンが剣を手に入れたということは学院に入れるってこと?」


 イリーナが閃いたようにそう言うと、オルフェは渋るように考え込み、


「学院入学は強制ではない。その場合剣を返還しなければならないがね。怪我が完治してからになるが、どうする?」


「……。俺は……」


 自分は勇者になるつもりはない。しかし、学院に行けばひかるの情報が入ってくるかもしれない。迅は決断を口にした。


「一回見学しに行ってもいいですか?」













 国立ダート勇士学院。


 異世界から招かれたトリックスター達を魔族や国外の脅威に立ち向かう勇者として養成する士官学校である。


 かつて先代の魔王を討伐した戦士たちの意志の下、建国とともに設立されたという。


 生徒や教員の数はさほど多くはないらしいが、訓練施設や学生寮も併設されている校舎は、日本の並の高等学校と同じくらいの敷地を占め、ホテルや美術館とも見違う校舎は、迅を驚嘆させた。


 オルフェの後について学院敷地を歩くと、生徒と思わしき迅とさほど歳が離れていない少年少女たちの奇異の視線が迅の体に突き刺さる。


 生徒は青いジャケットの上にケープを羽織っている。ケープの色は紅と緑を見かけたが、オルフェ曰くクラスを表しているらしい。


 クラスは霊晶剣との適合率つまり、霊晶剣を使った魔法の素養や剣術、知識を総合した成績によって、下からB,A,Sの階級に振り分けられる。


 Bクラスが緑色のケープ。Aが紅。そして最上級のSクラスが白いケープを羽織ることになるが、迅が学院を歩いている限りは白は見かけなかった。


 赤外線センサーのような視線の網の中を通おり過ごして、校舎の応接室に通された。


 対面するソファの片方に座っていたのは、一度は迅を歓迎した紅い燕尾服だった。迅を厳つい目で見据えてくる。迅は手汗がにじむ両手に拳をつくる。


 オルフェとともに燕尾服の反対側に座ると、燕尾服が話を切り出してきた。


「私が学院の理事を務めるマーカスだ。数日以来だね、テルキジン。オルフェ教官から話は聞いた。祭壇にあった霊晶剣に適合したそうだね」


「え、いや……。そこはハッキリしなくて、その……」


「『はい』か『いいえ』で答えなさい!」


 燕尾服もといマーカス理事長が凄んで、迅は驚きの勢いで「ハイッ!」と裏返った声で応えた。そこでオルフェが二人の中に話を入れてきた。


「理事長。伝報テレパシーでお伝えしましたが、確かに彼には剣印が刻まれていますが、我々も未確認の黒い剣印なのです。そして気絶状態の中で適合したもののようですので、説明能力については追求されないようお願いします」


「……。オルフェ教官。抜剣の儀のことを覚えていますかな?」


「? それがなにか?」


「カリバーンに触れたときのあの現象について調べたところ、百年前の前魔王討伐の際に類似例があってね」


 その話にオルフェの表情は訝しげになる。マーカス理事長が一息間を置き、再び迅を見やった。


「霊晶剣とそれを拾い上げた魔族の拒絶反応。それによって強風が発生したとの記述があった。つまり、そのテルキジンが魔族である疑いが一部の研究者や教員から浮上している……!」


「お、俺が……、魔族……?」


「彼は間違いなく、セフィロトから呼び出されたトリックスターのはず。『学院長』が証人です。加え、彼と同じ世界から来た者と身体的特徴に明確な差異はありません。その判断は些か軽率かと」


 オルフェが擁護するが、マーカス理事長は首を横に振る。


「セフィロトが時に人外のものを召喚することもあるのですぞ。おそらく彼も然り」


「そう、なんですか……?」


 弱々しくオルフェに迅が尋ねる。


「過去に例はある。理性がまるでない人外が召喚された場合は拘束した上で王都の外へ破棄されるが、君のことではないよ」


そう迅に言い聞かせると肩に手を置き、マーカス理事長に向き直る。


「例え彼が人外だとしても、理事長がご覧の通り我々とコミュニケーションは取れていますし、彼の態度から敵対の意志は見受けられません。教育を受けさせるに当たって驚異はないかと存じますが?」


 オルフェはあえて冷静にマーカス理事長の意見に異議を挟むが、それを聞いたマーカス理事長はため息をついて、やれやれと首を横に振る。


「少なくとも、彼を学院に迎え入れるのは大半の教員が反対するでしょうな。それも当然。魔族かもしれない者が他の生徒と同じように通学するとなれば、誰も安心しないだろう」


 迅は感じ取った。何が何でもこの理事長は迅の学園入りを阻止したい。というより、面倒ごとを避けたい。コミュニケーションを真っ向から拒否している。


 オルフェは少し俯いて、微笑みを作って理事長に向き直った。


「……。わかりました。そう仰られるなら無理にとは申しません。今までどおり彼の身は集落で保護していただくことにします」


 オルフェはマーカス理事長に顔を合わせることなく、迅を立たせて速やかに応接室を立ち去った。

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