遥かなる統一を夢見て ~少年少女は平和への夢を見る~

佐藤哲太

プロローグ

第1話 少年のプロローグ

「今日こそ、その仮面かち割ってやるわっ! 仮面男!」

「それはこっちのセリフだマスク女!」


 その声はその場には不釣り合いな、まだ少年少女と称してもよさそうな声色だった。

 戦場は過酷、とは多くの騎士が口にする言葉だが、相対する二人の少年少女からはどこか楽しそうな、そんな様子すら見受けられる。

 晴れ渡る春の空の下、広がる草原地帯では軍服を身に纏った騎士たちが剣を振りかざし、命を削り合っている。そう、二人の少年少女が対峙する場所は、紛れもない戦場だった。

 数多の騎士たちが存在するその場において、誰一人として堂々と叫びあう若き二人に近づこうとしない。

 彼らは重々承知しているのだ。少年少女が繰り広げる戦いに付け入る隙がないことに。

 彼らの強さは、圧倒的過ぎる。


 仮面をつけた少年の黒髪は耳に届くかどうか長さで、彼が動くたびにさらさらと揺れていた。

 髪型には無頓着なのだろうか、ところどころ黒髪の毛先がはねている部分もあるようだ。若くして戦場に立ちながらも、どこか楽しそうな声を上げて戦う少年の表情は、残念ながら中央に青い線が入った白い仮面をつけているせいで分からない。仮面の奥に見える瞳も、どんな色かさえも判別はできなかった。


 分かるのは彼が無機質な黒い棒を持って戦場に立っていること。周囲の騎士たちとは異なる、青色を基調とした軍服に身を包んでいることから、おそらくただの一兵卒ではないのであろう。騎士というには比較的華奢な身体の彼の身を守る装備はほとんどなく、軍服に何か細工がなければ、一撃でも受ければ重傷に成り兼ねない、そんな危なっかしさを感じさせる。その上盾も持たず、仮面を付けて戦場に立つ姿は、まさに異様と言う他ないだろう。


 そんな少年に対し啖呵を切った少女もまた異様。彼女は急所を守る程度の防具は着けているものの、彼女が着用している紫色を基調とした軍服は彼女以外には見当たらない。

 それだけでも目立ちそうなのに、左手にはその体格で扱えるのか不安になるほどの長弓、背には矢筒を背負っていた。だがそれ以上に彼女の異様さを際立たせるのは、顔全体を隠す黒い嘴のついたマスク。

 視野こそ確保されているが、弓を扱うのであれば邪魔にしかならないのではないかと思わせるマスクだった。美しく舞う肩ほどまで伸ばした桃色の髪とマスクのコンビネーションがさらに異様さを際立たせている。


 そんな異様な二人の戦いに、割って入る者はいない。戦場でそんな奇異な恰好をするなど正気を疑うだろう。だが、二人の実力がこの戦場において上位なのもまた事実なのである。


「風よっ! 我が敵を貫きたまえ!」


 先手を取ったのは少女のようだ。矢筒から一本の矢を抜くや否や、長弓の重量を気にしないかの如き速さで扱い、矢を射る。それと同時に行った詠唱により、仄かに弓矢に緑色の光をまとった矢が一直線に少年へ向かう。風の力を宿した矢は、恐るべき速さで少年へ迫る。


 だが。


「防げっ!」


 少年が手にした黒い棒を少女の方へ突き出し一言命じると、驚くべきことに黒い棒は一瞬にしてその面積を広げ、傘のような同心円状の盾となり神速の矢を防いだ。相当な速度で迫った矢が当たったというのに、変化した盾には傷一つない。そして攻撃を防いだ盾はまた元の棒状に戻り、力を失った矢が無機質に地に転がる。


「今度はこっちの番だっ!」


 攻撃を防いだ少年はお返しとばかりに一気に距離を縮め、黒い棒を左肩に軽く乗せた状態から一気に袈裟切りに振り下ろす。振り下ろしだした瞬間、今度は黒い棒が片刃のサーベル状へと変形する。


「弓使い相手に接近戦に持ち込むとか、ワンパターンなのよ!」


 その攻撃を読んでいた少女は後方に跳躍し、接近してきた少年に対し下がりつつも左手を突き出す。


「ちぃ! 防げっ」


 彼女の行動の意味を一瞬で理解した少年は振り下ろしたサーベルを振り上げ直し、先ほどの正面に突き出す形で静止させる。それと同時に彼の言葉に反応した黒い棒が再び盾状の形態に変化を見せた。それら一連の動きと、爆発音のような衝撃が戦場に響き渡るのは全て刹那の間に起きたのだから驚きである。

 多くの兵士たちは、少年が少女の放った魔法攻撃を防いだのだと、一連の動作が終わってからようやく気付く。

 少女が二手、少年が一手仕掛けただけだが、ここまで全ての攻撃が必殺の威力を伴った圧倒的火力だ。一兵卒ではどの攻撃も防げず、生を終えただろう。

 実力伯仲する仮面の少年とマスクの少女は、一定の距離を保ったまま静止した。


「相変わらず、でたらめな火力だな……!」

「あんたこそ、何よその棒、反則よ……!」


 仮面やマスクで見えないが、毒づく二人の口元には猛禽類を思わせる笑みが浮かんでいることに、この場の誰もが気付けなかったであろう。

 戦場で出会い、戦った回数はまもなく片手では足りなくなる。

 今日もまた二人の戦いは決着を見せず、指揮官の撤退の合図で引き分けに終わったのであった。

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