14 破綻の足音

 まさか知らないとは思わなかった。

 

「えっと、空がピカピカすることあるだろ? あれがASIDだ」

「おーぴかぴかの人だったのか」


 いや、これだとただの電飾職人だなと仁は言葉を選びなおす。

 

「……人間を襲う怖い奴らだ」

「怖いの? ピンクのお化けとどっちが怖いの?」


 絵本の中の子供を攫うお化けを挙げる澪。

 彼女の中で一番怖い物がそれだったのだろう。

 

「ASIDの方が怖いよ」

「そうなんだ?」


 今一しっくり来ていない様だった。

 左手を顎に当てて、眉根を寄せ、唇を尖らせている。

 急に変顔をし出した澪に仁は噴き出す。

 

「何だ、その顔」

「難しいこと考えている時のじんの真似」


 そんな顔しているのか、と仁は思わず自分の頬に触れる。

 

「そういえばじぇいくが教えてくれたんだけどね、ペンギンって鳥なのに空飛べないんだって!」

「ほー。そりゃ気合の足りない奴だな」

「でも泳ぐの早いって言ってた」

「特技があるのは良いことだな」

 

 本当にただ何となく思い出しただけの質問だったのだろう。

 あっと言う間に話題が変わる。

 今日の出来事を澪は楽しそうに語る。

 それに返事をしながら仁たちは家に辿り着いた。

 

 疲れた、と仁は自宅のソファーに座って深々と溜息を吐く。

 

「澪、シャワー浴びちゃえよ」

「はーい」


 第三船団で主流のナノマシン洗浄タイプのシャワールーム。

 ボタン一つで清潔さをキープできるそれは令には不評だったなと仁は思いだす。

 仁からすると一々服を脱がないと行けないなんて面倒でしかない。

 

 令のこだわりでこの部屋にも、水を使うタイプの浴室はある。

 だが仁はまだ一度も使ったことが無い。キッチン同様死蔵されていた。

 

「おわったー」


 洗浄中はちょっと肌がぱちぱちした感触で包まれるのだが、澪はそれが好きらしい。

 出て来た時はご満悦な顔をしていた。


「俺も入るか……」


 帰ってきた格好のまま、シャワールームに入ってボタンを一つ押し込む。

 全身を包み込む弾ける感触。

 何となく体の凝りが解されていく気がする。

 

「あれでよかったのかなあ……辞めたいとか言われたらどうしよう」


 戦技教練を行った訓練生。

 その指導はあれでよかったのかと自信がない。

 仁を担当していた恩師に聞いてみても。

 

「そんなの正解があったらこっちが聞きたいわ」


 と言われてしまった。

 御尤もな意見であると仁も納得するしかない。

 そんな画一的な正解があるのならば人間関係苦労しない。

 

 磨けば光る原石。

 磨き手が新米では石くれとなってしまうかもしれない。

 どころか、自分の指導が原因で彼らが戦場で命を落とすかもしれない。

 

 自分が戦うよりもそれは恐ろしい想像だった。

 澪に対しても似た事を思った。

 結局のところ、自分は人を教え導く事には向いていないのだと思わされる。

 

「じんー、ピカピカ来たよ」

「またか!」


 澪の呼び声に仁は弾かれた様にシャワールームから飛び出る。

 ここのところ何度も出番がある避難用にまとめたリュックを掴んで澪の手を取る。

 

 今日は何時もよりも早いと思いながら仁はシェルターへと向かう。

 また澪の予想は的中だった。

 

「きれー」


 空を見上げて口を開ける澪。

 怖い物だと言われても、やはり実感が伴わないらしい。

 ただ美しい光景に目を奪われている。

 それを抱きかかえながら仁は走る。

 

 いくら何でも頻度が多すぎる。

 そして何よりも不気味なのは、人型ASIDは本気で船団を攻めている様には見えない事だ。

 小競り合いの様な戦闘を繰り広げた後は撤退していく。

 

 これまでのAISDは全滅するまで襲い掛かってきた。

 明確な戦術が見え隠れする行動。

 その先が見えない。

 

「一体何が目的なんだ?」


 他のASIDと同じく船団の殲滅なのだろうか。

 失われて久しい野生動物が狩りをするように、本能にその戦術が刻み込まれている?

 

 仁には分からない。

 一体この人型ASIDは何が切っ掛けで船団を襲うようになったのか。

 

 基本的にASIDとの戦闘は偶発的な遭遇だ。

 偶々航路と奴らの生息域が被った時に起きる現象。

 執拗に後を追われたことなど無い。

 

「うちの誰かが卵でも奪ってきたのか?」


 ASIDは卵生ではないがそんな冗談が浮かんでくる。

 こんなことがいつまでも続くようでは、いずれ船団の防衛体制は破綻する。

 こんな連日の出撃に、人間も装備も耐えられないだろう。

 

「……不味いよな」


 その仁の危機感は現実の物となった。

 

 仁が教官になって最初の週末。

 澪と約束していた水族館へ遊びに行くという約束。

 それは水族館の無期限休館という措置で守られなかった。

 

 水族館だけではない。

 その他の娯楽施設。

 都市の運営維持に関わらない多くの施設がその機能を縮小したのだ。

 

 物資の不足。

 完全循環型のアーコロジーである船団だが、戦闘はその中で例外だ。

 外へと流出した物資の補充が全く追いついていない。

 

 この襲撃が後半年も続けば都市の循環は完全に崩壊する。

 例え戦いに勝ち続けたとしてもだ。

 その試算が出るほどまでにじわじわと追い詰められていた。

 

 閉館していた水族館の帰り道、せめて食事だけはと思いジェイクの店に寄る。

 そこに居たのは不景気な顔をした店主の姿。

 

「すまん……食料品もキューブフードの方にリソースが回されてるみたいでな。今の備蓄分が尽きたら天然食材はしばらく回らないみたいだ」

「マジかよ」

「ご飯食べれないのー?」


 すまなそうに言うジェイクに仁も驚いた。

 キューブフードと天然食材とではキューブフードの方が生産が容易だ。

 しかし、そこまで切り詰めないと行けない程だとは思ってもいなかった。

 

「これは組合の間で流れている噂何だが、食料プラント船が被弾したとか」

「まさか」


 思わず否定してしまったが、仁もそこまで詳細な情報を得られているわけではない。

 何より、食料プラント船が機能を停止したら待っているのは餓死だ。

 人間が摂取できる食料がある惑星など、そうそうある物ではないのだから。

 

 それを考えると、仮に被弾していたとしてもそれは上層部の一部にしか公開されないのではないだろうか。

 

「流石にそれは噂だろ。恐らくだが、軍用品の生産にリソースを割いているんだろう。大分消費しているみたいだからな……」

「だと良いんだが……」


 ジェイクも元軍人だ。

 言うまでも無いことだが、食料プラントで作れる軍用品など限られている。

 気休めにもならない嘘だと見抜かれているハズだった。

 

「ご飯……」

「悪いな嬢ちゃん。今日はキューブフードで我慢してくれ」

「うん……」


 素直に頷いてはいるが、がっかりしているのは隠しようも無かった。

 楽しみにしていた水族館は閉館。

 食事は好きではないキューブフード。

 中々つまらない休日になってしまったなと仁は気の毒に思えた。

 

「そうだ、またぬいぐるみ屋に行って新しいぬいぐるみを買うか?」


 あんまり玩具を与えるのは良くないと聞いたが、今の澪を見ていたら何かしてあげたくなった。

 ちょっとだけ、澪の目元に元気が戻る。

 だけど直ぐにしぼんだ。

 

「良い……今おうちにいる子達だけで」

「そっか」


 キューブフードはジェイクが少し手を加えてくれた。

 仁からするとそれだけでも大分美味しくなるのだが、澪が満足できるほどの物では無かった。

 それも食べ終えて、いつもは隣に座る澪が仁の膝の上に座る。

 ぐりぐりと後頭部を押し付けてくる。

 

「どうした?」

「ご本読んで」


 出かけるつもりだったので、絵本など持っていない。

 家に帰りたいという意思表示を受け取った仁は苦笑を浮かべるジェイクにその事を伝える。

 

「ほら、帰るぞ澪」

「ん……」


 左手で手を繋いで家に向かう。

 何時もははしゃぐハイパーループにも静かなままで、調子が狂う。

 

「ただいま……」

「はい、おかえり」


 手を洗って、澪はソファーに座った仁の上に座る。

 胸元にはお気に入りのペンギンのぬいぐるみ。

 残念ながら仁が選んだレイヴンのぬいぐるみはベッドの守護者となっている。

 寝るときは必ず側に置いているので、恐らくはボディーガード枠なのだろうと仁は思っていた。

 

「じゃあどの本が良い?」

「……これ」


 この前見つけて買ってきたペンギンが冒険する話。

 短時間ながら、何度も繰り返し読んでいる。

 

 何時の間にか、絵本を読むのにも慣れたものだと思いながら読み始める。

 

 仁の読み聞かせを膝の上でジッと聞いていた澪。

 ふと気が付くと、仁の胸元からは吐息が聞こえてくる。

 

「寝ちゃったか……」


 起こさない様に、ベッドまで運ぶ。

 

 楽しみにしていた予定がことごとく潰されて悲しかったのか。

 目じりには涙が浮いていた。

 

「ほんと、早く終わらないかな」


 人型ASIDの襲撃が続く限り、澪の楽しみは奪われていくだろう。

 一日でも早く、解決してほしいと仁は願った。

 

 願って、己の怒りが燃えた。

 何時から自分は人任せにするようになったと仁は憤る。

 してほしいではない。するのだと気炎を燃やした。

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