第35話 魔王誕生
「今、人類国家はこの魔族領の魔族を根絶やしにする勢いで四方八方から攻め込んできてるわぁ」
「どうして……」
「この地の資源を帝国一国に奪われたく無いからでしょうねぇ」
ロギエは口にしながらイアンの耳元で囁くように言葉を続ける。
「この魔族領の魔族たちはいくら強いと言っても皆が皆てんでバラバラじゃあ、今の人類国家には太刀打ちできないことを帝国が証明しちゃったからぁ」
イアンは蹂躙され、焼き尽くされた自分の村の姿を思い出す。
「だぁかぁらぁ。魔族たちには今、その全てをまとめる力が必要なのよぉ……そう、アナタのような……ね」
◇ ◇ ◇
「だけどこのロギエって人、いったい何者なんだろうね」
「賢者オリジの知り合いとか弟子とかじゃねーか?」
「それだと年代が合わないでしょ」
「うーん、それじゃあ弟子の弟子の弟子の弟子という可能性はどうだ?」
「友達の友達の友達みたいなこと言わないでよ」
この洞窟をここまで歩いてきた感じでは、作られてからかなりの年月が経っているのはわかる。
なので、そのロギエというのが『普通の人間』であるならば、どう考えてもこの洞窟を作った本人ではないだろう。
それがエルモの意見だった。
「それに賢者オリジのダンジョンに置いてあった手記には、彼に弟子も子供もいたなんていう表記はなかったよ」
「最後まで独り身だったのか。それはそれで寂しい奴だったんだな」
「価値観は人それぞれだからね。オリジは知識探求を続けてる方が恋愛よりも大事だったんだよ」
エルモは底まで口にして、少し黙る。
それから何故か俺の方を上目遣いで見て口を開いた。
「ルギーはどうなのかな? 鍛錬とかしてる方がこ……恋とか寄りも楽しい?」
「なんだよ突然」
「ちょっと気になっただけだよ。キュレナを振ってからルギーってそういうことあまり口にしないしさ」
たしかにキュレナに婚約破棄を告げて以来、あまり女性に対してそういう気が起きなくなっていた。
前に女の体に変身して、宿で女湯に入った時も、覗くとかでなくそれが普通だと思ったから入ったわけで。
「俺、もしかしてもう女に興味が無いのかもしれない」
「ええっー!!」
「そんなに驚くことか?」
思った以上に驚くエルモに、逆に俺が引き気味になってしまう。
「といっても別に男に興味が移ったとかはねぇからな」
「そ、それはわかってるよ。でももしかしてゴブリンとかコボルトに……って思っちゃった」
「思うなよ!!」
俺は変な妄想の世界に入りかけているらしいエルモの背中をぽんっと叩くとイアンのノートを突きつける。
「そんなことより続きだ、続き。これとんでもないことが書いてあるぞ」
「えっ」
エルモが俺が指し示した場所に目を向ける。
そして、その目をまん丸に見開き驚きの表情を浮かべると俺の顔を見上げて叫んだ。
「ちょっと! これってまさか」
俺が指し示した場所にはこう書かれていた。
『ロギエは俺に、この魔族領を治める者【魔王】となって人類軍と戦えと言うのだ。確かに今の俺の力ならそれは可能だろう』
そして最後の言葉。
『俺は俺の村を襲った悲劇を忘れない。人類の蛮行を許さない。この地に住まう者たちを統べる魔王となって、この地を守ろう』
日記はそんなイアンの魔王になるという宣言で終わっていた。
この洞窟の中。
俺たちと同じように力を得たイアンという魔族の男こそ、勇者たちが倒した人類の敵『魔王』であったのだ。
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