第21話 ゴブリンとコボルト

 結局俺たちがすべてのゴブリンたちを救出して、元の池の畔に帰ってきたのは夕方近くなってからであった。

 救出したゴブリンたちの中には、ゴブローを逃した幼馴染のゴブ子(エルモ命名)もいて、二匹……いや、二人はともにレートの手伝いをしながら他のゴブリンたちに食事を配り歩いていた。


 現在この池の周りにはエルモによって結界が張られていて、その内側に百人ほどのゴブリンたちが集まっている。

 それだけでもこの広場から既に溢れかけている状態だが、実はエルフ族によって強制労働させられていた種族が他にもあったのだ。


「もふもふもふもふもふ~」

「おい、エルモ。お前も飯配るのをいい加減手伝ってくれよ」

「え~。僕魔法の使いすぎで疲れてるから、魔力が回復するまで動けないよ~」


 ふわふわな毛に沈み込んで、至福の表情を浮かべながら答えるその顔からは、彼女の言う疲労は一切感じられない。

 それにあのダンジョンで鍛えたエルモの魔力は、あの程度の戦闘でなくなるわけがない。

 明らかに嘘である。


「じゃあ俺も休もうかな」


 俺がエルモが沈み込んでいる毛玉に手を伸ばそうとすると、その手をパシッと叩き落とされる。


「ルギーは駄目!」

「何でだよ」

「だってこの子、女の子なんだよ。なのに抱きつこうとするとか信じられない」

「いや、女の子って……」


 俺はその毛玉をジト目で見下ろしながら首をかしげる。


 そう、今エルモが抱きついているこの毛玉こそ、エルフに強制労働させられていたもう一つの種族『コボルト』である。

 コボルトは犬型の魔獣が進化した種族だと言われていて、顔はたしかに犬に近い。

 簡単に言えばその姿は二足歩行が出来るようなった犬だ。


 だが、飛び出した鼻も既にかなり低くなっている上に、全体的に丸っこいその体は、ふわふわの毛で覆われている。

 犬と言うより羊のようだが、ピンと張った耳や、お尻から伸びる尻尾。

 そして何より鋭い犬歯が犬らしさを示していた。


「わふわふっ」

「もふもふっ」


 しかしこのコボルトは雌なのか。

 毛のせいで見かけじゃさっぱりわからない。

 ゴブリンたちなら雄か雌かは一目でわかるのに。

 ということはエルモが嬉しそうに抱きついているこの状況は、賢者オリジが隠し持っていたあの本の状況に近いのでは。


「これが百合か……?」


 ただペットとじゃれついているようにしか見えないが。

 だとすると俺が雄のコボルトをもふもふした場合はどうなるんだ?


「ルキシオスさまー! 次の料理できましたー!」


 俺がどうでも良い思考に沈みかけていると、テント前の簡易キッチンからレートが俺を呼んだ。

 そういうわけで現在この地にはゴブリン約百人と、コボルト約20匹が腹を空かせて待機しているという状況になっている。

 なので先ほどからレートは料理が出来るというゴブリン数人と共に不休で料理を続けている。


「はぁ……町で買い込んできた食料とか一気に無くなっちまった」


 三人なら一年以上は豪遊できるだけの食料を買い込んできたというのに、その在庫が一気に無くなってしまった。

 俺はため息をつきつつレートに向けて片手をあげると「あいよー」と返事を返し、キッチンへ向かう。


「俺も腹減ってんだけどなぁ」


 そうして俺は、まん丸の月が木々の間から姿を見せるまで池の周りを走り回って料理を配り回ることになったのだった。



     ◇     ◇     ◇



「はぁ疲れた」


 すっかり日も暮れて、池の周りも月と焚き火の光しかなくなった頃、俺はエルモの魔法のおかげで昼間と同じくらいの明るさを保っているテントの中に寝転んだ。

 ゴブリンやコボルトたちには結界の存在を伝え、実際に出る事もできない事を教えて、野宿をしてもらうことにした。

 一応一つだけ予備のテントはあるのだが、それは緊急用に取っている。


 ゴブローが言うには、ゴブリンもコボルトも野宿には慣れているらしく、むしろ外敵の心配もせず眠れる事を喜んでいる様で。

 既にテントの外からは彼らの寝息くらいしか聞こえなくなっている。


「ルキシオス様、お疲れ様」

「ああ、ありがとうレート。そっちも大変だったろ」

「今日はゴブリンさんたちに手伝ってもらったおかげでなんとかなりましたけど……」

「明日もこれが続くとなるときついな」


 俺はすっかり冷め切った紅茶の入ったコップを受け取ると、ゆっくりと喉に流し込む。

 この自称転生者であるレートは、お嬢様として教育されてきたということで、料理など出来ないと思っていた。

 だが、どうやら前世では一人暮らしをしていたとかで、かなり料理の手際が良い。

 

 先日助けてから今まで、レートはほとんどエルモと喋っていたために、俺は彼女のそんなことをほとんど知らないでいる。

 エルモがレートに料理を任せると聞いたとき、お嬢様にそんなことが出来るのかと不安だったが。


「寝る前に朝食の仕込みだけでもしておいた方が良いでしょうかね」


 同じように紅茶を飲みながらそう言うレートに俺は「いや、明日の朝はこいつにやらせるよ」と、コボちゃんを抱きしめながら隣で眠るエルモの頭をポンポンと叩く。

 ちなみにコボちゃんとは、今日ずっとエルモがくっついたまま離れなかったコボルトの名前である。

 命名はもちろんエルモだ。


 エルモのネーミングセンスについては俺はもう諦めている。


「エルモさんが?」

「というかこいつの召喚獣にやらせるんだよ。こいつがやったら生ゴミか炭しか出来上がらねぇからな」

「生ゴミ……それに召喚獣って?」


 俺の言葉に首をかしげるレート。

 お嬢様育ちの彼女にとって召喚獣というのは教科書でしか知らないものであるに違いない。


「まぁ、明日の朝になればわかるさ」

「そうですか。楽しみにしておきますね」

「それはそれとしてレート」


 俺はエルモの頭から手を離し、対面に優雅に座るレートの目を見て語りかける。


「お前、転生者だって言ってたな?」

「はい。前世の記憶がありますので」

「だとしたら……レート。お前の――」


 お前の持って生まれた『スキル』は何だ?


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