第19話 燃えゆくエルフ
「あれが……エルフ」
「エルフだろうがなんだろうがかんけぇねぇ。俺たちの大事な飯……いや、仲間を襲いやがって。許せねぇ」
俺とエルモはゆっくりと口の中のものをくっちゃくっちゃと咀嚼している化け物――エルフに近寄っていく。
「お、おいらのせいゴブ……ごめんゴブ」
「お前のせいじゃねぇよ。お前をここまで連れてきたのは俺だ。あと、エルモがちゃんと結界を元に戻しておかなかったのも悪い」
「ごめんね。初めて見るゴブリンが興味深すぎてつい」
横で小さく舌を出すエルモに俺は「結界の強化とレートを頼む」と告げエルフの目の前に立ち塞がる。
「意思疎通出来そうなら殺さないでよ」
「なるべく手加減するよ」
そう答えると、ぐるぐると腕を回しながら俺はエルフに話しかける。
「よぉエルフさんよ。俺たちの飯――いや、仲間を襲った以上は覚悟は出来てんだろうな?」
「グフォ?」
その声に、ようやく咀嚼を終えたエルフが首だけを俺の方にぐるりと向ける。
だが、その顔には俺の言葉を理解したような様子は一切ない。
「もしかしてこいつら、話通じないのか?」
「オリジの残した本には特殊な念波で会話するって書いてあったよ」
「念波か。エルモは使えるか?」
「さすがに今すぐには無理かな。今まで使う必要がなかったから覚えてないし」
今すぐじゃなければ出来るのかよ。
俺はエルモの返答に少し驚きながらも、今はエルフとの意思疎通は無理だと理解した。
なので。
「じゃあとりあえずぶっ殺しても良いか?」
「しかたないね。あとレートはやっぱり気絶してるだけだね。ちょっとお漏らししちゃってたけど魔法で綺麗にしておいたから」
「それ言わなくてよくね?」
俺は振り向きもせずそれだけ言うと、腰につけた十センチメルほどの棒を軽く叩く。
すると、一瞬にしてその棒が剣の鞘に変化する。
これはエルモが収納ポーチの技術を利用して作った可変型の鞘である。
「さて、久々にこいつを使うか」
俺は鞘から一本の長剣を抜くと、左肩をエルフに向ける剣を斜めに構える。
白銀の刀身が、簡易コンロの炎を反射する。
この剣は俺が賢者のダンジョン奥地で見つけた鉱物を使って作り上げた自作の剣である。
魔法関係はさっぱり上達しなかった俺だが、鍛冶に関してはかなりのものになったと自負している。
「このルキスカリバーの輝きを見て生き残ったものはいねぇ」
「僕は生きてるよ」
「そういう意味じゃねぇ。敵の話だよ敵の!」
ルキスカリバーという名前はエルモが命名した。
異世界からの転生者が手に入れた聖剣に『エクスカリバー』とかいう名前をつけていたという伝説から引用したらしい。
意味はよくわからない。
そのルキスカリバーを構えつつ、俺の方に向き直ったエルフの動きに身構える。
たしかエルフとは強力な魔法を使う種族だと聞いているが。
「グガアアアアアアォォゥ」
俺が身構えるのを待っていたかのようにエルフが獣のような雄叫びを上げる。
すると俺の体の周りに、突如としていくつもの竜巻が現れたではないか。
「おおっ、これがエルフの風魔法ってやつか」
「ルギー、こっちは防壁を張っておくから気にしないで倒しちゃって良いよ」
「言われなくても!」
ごうごうと俺の耳に風が渦巻く音が聞こえる。
そしてその風の渦が、中心にいる俺を包み込むようにゆっくりとその幅を狭めていく。
「別にこの程度どうって事ないが、服とか破れると換えが少ないから困るんだよな」
一応着替えはそれなりの量を買い込んできているが、あまり粗末に扱うとまた町に買い出しに戻る必要がある。
それも面倒だ。
「だから一発で終わらせてやる」
俺はそう呟くと、手にしたルキスカリバーを大きく振りかぶる。
そして目の前で渦巻く風にむけて縦一閃。
ぶわっ!
ルキスカリバーの剣閃に切り裂かれた風が辺りに飛び散る。
その風が散った後、俺の目の前には肩口から足元まで両断されたエルフの姿があった。
「し、信じられないゴブ……」
「……俺もだよ。こいつ、どうしてこの状態でまだ生きてやがるんだ」
「えっ。どういうことゴブか?」
俺はルキスカリバーを引き戻すと、目の前で縦に切り裂かれたまま立ち尽くすエルフを睨む。
ギギギギギ。
エルフの口からおかしな音が漏れ、その口がかぱっと大きく開いた。
そして、その口の中から何かが飛び出してくる。
「っ! なんだっ!」
「ルギー、下がって!!!」
思いも寄らない出来事に一瞬我を忘れかけた俺の耳にエルモの声が届く。
その声の指示通り俺が後ろに下がると、俺が先ほどまで居た場所を巨大な黒い炎が通り抜けていった。
「ダークフレアか」
その黒い炎は、狙い過たずエルフの口から飛び出してきたこぶし大の何かごとエルフの体を包み込む。
「ギャアアアアアアォォォォゥゥゥゥゥ」
森中に届くのではないかというほどの絶叫がエルフの口から迸る。
だがそれも一瞬だ。
みるみるうちにエルモの放ったダークフレアがエルフの体を燃やしていく。
「いったいなんだったんだアレは」
「さぁ、僕にもわからないよ」
「賢者の本にも書いてないのか?」
「エルフが口から何かを出すなんてどこにも書いてなかったはずだよ」
賢者の部屋に置いてあった本を全て記憶しているエルモが知らないと言うのだからこれ以上考えても意味は無いだろう。
それに、今度はそういう物があるとわかった上で戦えば良いだけだ。
「ゴブロー」
「だ、大丈夫だったゴブか?」
「ああ、問題ない。それよりもだ」
「なにゴブ?」
俺はレートを抱き上げてテントに向かいながらゴブローに告げる。
「明日、エルフの里をぶっ潰しに行くぞ」
最初は偵察程度のつもりだった。
ゴブリンたちを救い出すかどうかは様子を見てからと思っていたが、飯と仲間に害が及んだ今、そんなことはもうどうでも良くなった。
突然襲いかかってきた上に、話も通じない以上、エルフという種族は俺の、俺たちのまごうことなき敵だと思うべきだ。
この森で俺たちがこの先暮らしていくためには、奴らを排除しなければならない。
「エルモ」
「うん、わかってる」
俺が呼びかけるとエルモは自分の収納ポーチの中から大きめの干し肉を取りだし、俺に向けて差し出してきた。
「いや、それも欲しいけどよ」
「冗談だよ。それじゃあこの干し肉を食べながらエルフの里を襲撃するための作戦会議をしよう」
そう笑うエルモの手から干し肉を受け取ると、俺はそれを一口かじりつつ片手で抱えたレートをテントの中に設置されたベッドへ寝かせる。
「それじゃあゴブロー。エルフの里の正確な位置と、里の中のことを知ってる限りで良いから教えてくれ」
「エルフの人数とか、ゴブリンが強制労働させられてる場所とか、牢屋とかの場所とかも知ってたらおねがい」
「わ、わかったゴブ」
そして俺たちはそれぞれ干し肉をかじりながら、明日のエルフの里襲撃について入念な打ち合わせを行ったのだった。
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