漏水事故

「メゾン・ド・リーブのあの部屋の入居者から苦情クレームがきているんです」大西は疲れたような顔をして報告をしてきた。


「なんだ、やっと入居者が決まったと思ったら今度は苦情か・・・・・・、具体的に内容はなんなんだい?」この仕事をしていれば入居者からの苦情の電話は付き物だが、なかなか慣れるものではない。

 室内の設備の故障であれば、貸主に連絡をして修理をしてもらえば済む話なのだが、騒音など対人間関係の絡んだ苦情の場合は難儀なんぎすることが多い。


「どうも漏水ろうすいみたいなんですが、あの部屋は6階建て2階の中部屋なので雨が原因の可能性は少ないと思うのですが・・・・・・・」


「それじゃあ、上階からの漏水かもしれないじゃないか、至急確認しなければダメだぞ」建物には給水管きゅうすいかん排水管はいすいかんがある。給水管であると綺麗な使用する前の水なので衛生的には比較的安心である。それでもほっておいたら天井から滝のように水が落ちてくるなんていう事態もある。しかし更に厄介なのは排水管である。使用した後の水である為、水が乾いた後も悪臭を残すなんてこともある。それがトイレの汚水などであった場合は最悪である。


「2階の部屋の住人は、夜の仕事なので昼間は在宅しているのですが、上の住人が普通のサラリーマンで昼間は連絡が取れないんですよ」大西は困った顔をしている。


「上の部屋の水道メーターは確認したか?漏水しているならメーターが動いているはずだ。不在なのに動いているようならその部屋が原因だ。どちらにしても部屋の住人が居ないのであれば、一先ひとまずず3階の部屋の元栓を閉めるんだ!」俺も漏水事故では散々ひどい目にあってきている。マンションの最上階の部屋で給湯器の給水管に針のような小さな穴が開いて、そこから時間をかけて漏水が発生し、その部屋からずっと下の階まで水浸みずびたしになってしまった。

 入居者にはそれぞれ半強制的に火災保険に加入して頂いていたので、その保険と貸主の加入していた保険を使用してそれぞれの損害を補填することが出来たが、解決するまでの入居者から怒涛の如く浴びせられる罵声・苦情、保険会社との交渉など、死ぬような忙しさであった。

 被害を受けた入居者の苦痛も相当であったであろうが、やはり火災保険は必ず入ってもらおうと感じた出来事であった。


「そ、それじゃあ現地に行ってきます!」大西が壁に掛けてあった営業車の鍵を取ると店を飛び出して行こうとする。


「ちょっと待て!俺も一緒に行く!」俺はスーツの上着を羽織り大西の先導を切って店を飛び出した。


「ありがとうございます!」大西は嬉しそうにお辞儀をする。


 こういう時に上司が一緒に対応してくれる心強さを俺も知っている。会社勤めしていた新人の時に普段は調子の良いことばかり言うが、実際に事故やトラブルが発生すると逃げてしまう上司もいた。中には失敗を部下に押し付ける者までいる。そういう上司の下では、決していい仕事は出来ないし、表面上は別にして慕う訳もない。

 後ろで受け止めてくれる。それだけで部下は安心して思い切った仕事ができるのだ。


 それは沢山いた反面教師的な上司達に学ばされた教訓であった。


「焦って事故を起こすなよ!」


「はい!」大西は元気よく返答を返した。

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