第26話 来訪者たち

「はあ~」


 あまり不満を顔に出さない駒場さんが、嘆息している。だが珍しい事ではない。ここ何日か見慣れた表情だ。

 俺たちはディッキン城の食堂で食事を摂っていた。

 並ぶのは野菜たっぷりのスープに豆の煮物である。肉は無い。


「駒場さん、ため息吐いても肉は出てきませんよ」


 俺は豆の煮物を口に運びながら駒場さんにダメ押しする。崩折くずおれる駒場さん。


「はあ~、肉がないと力が出ない」


 駒場さんは大の肉食派だ。肉さえあれば野菜はいらないと普段から豪語している程である。

 しかしこればかりはどうしようもない。いや、魔族に文句をいうぐらいなら出来るかも知れない。

 何故なら現在の肉供給量の低下は、魔族が動物たちを根こそぎ魔物に変えてしまう事に起因しているからだ。

 魔物になった動物は倒されると黒い靄となって現世から消失してしまう。詰まり肉も残らないのだ。

 だから肉の供給を安定させる為にも、魔族が出たら即座に討伐隊が編成されて実行されているのだが、現行いたちごっこだったものが、現在魔族の出現数が増加傾向にあり、繁殖の面を考えて、肉の供給が打ち切られたのが数日前。それから駒場さんは肉の無い食事を見る度に嘆息していた。


「せめて米があれば……」


 止めてくれ、米を思い出させないでくれ。この世界にもパンはあるので穀類はあるのだろうが、米があるのかは謎だ。

 ちなみにミアキス公国は東が海に面しているので塩の供給は問題無い。メリディエス王国の食事よりしょっぱいくらいだ。胡椒などの香辛料はほぼ流通していないので、どれも塩味だが。


「しかしこの二ヶ月で魔族の数がかなり増えましたよね」


 ビシャールが研究所に音声データを送ってから二ヶ月が経過した。ミアキス公国建国から一ヶ月だ。

 その間ミアキス公国だけの話ではなく、大陸全土で魔族の出現が増加傾向にあるらしい。


『私の責任だとでも言いたいのか?』


 そう言うつもりではないのだが。いや、疑っていないと言えば嘘になるか。

 現行魔族たちの世界とアイテールでどれだけ時間の流れに差が生じているのか分からないが、魔族の出現頻度が増加しているのが、魔族側からの回答のような気もする。

 まあ、もしかしたら俺が魔族を傷付けた事が問題だったのかも知れないから、そこを深く詮索出来ないが。



「ふぅ」


 駒場さんがやっとの思いで塩味の野菜祭りを食べきったのを見届けた所で、部屋に戻ろうと立ち上がると警鐘が鳴り響く。

 ここの所ほぼ毎日警鐘が鳴り響くようになってしまったので、食堂に詰めていた騎士兵士たちは慌てていない。「またか」と言った感じだ。

 だがそんな騎士兵士たちにも緊張が走る。兵士の一人が急いで食堂に駆け込んできたからだ。


「魔族の出現はディッキン城上空! 騎士兵士たちは直ぐに準備を整え、城外に集合せよ!」


 食事を摂っていた騎士兵士たちが急いで食堂を後にした。俺と駒場さんも頷き合い、直ぐに準備の為に部屋に戻る。



 俺たちが城外に出ると、既に魔族は出現した後で、黒い靄に包まれた黒い球体が五つ、地上にゆっくりと飛来してくる所であった。

 五体もの魔族。これまで魔族は一体ずつ出現していたが、その常識が壊された瞬間だった。

 そして地上にたどり着いた球体が人型に姿を変えていく。

 何がなんだか分からないが、今までとはまるで違う状況である事は分かる。

 騎士兵士たちはミアキス公の指示の元、魔族とは距離を取りつつ円形に取り囲み、槍を五体の魔族に向ける。

 俺もビシャールを剣型に変形させてこの有事に備える。

 全身真っ黒の人型は、顔に目玉が一つ付いた人もどきへと完全に変態すると、


『私の言葉が分かりますか?』


 話し掛けてきた。



「それで、話とはなんだ?」


 ディッキン城の謁見の間。多くの騎士兵士たちが見守る中、玉座に座るミアキス公は、手を組み足を組み魔族の使者に話を促す。

 俺がそれを魔族の使者に翻訳した。魔族のアイテール人では意思疎通が叶わないので、俺が間を取り持つ事になったのだ。


『話し合いの場を設けて頂き、まずは礼を』


 先頭の使者が恭しくミアキス公に礼をする。


『私はあなた方が魔族と呼ぶ者たちが住む世界、『ズィール』からやって来ました。パン研究所の所長をしています、アグラヴと申します』


 ほほう、ここに来て所長のお出ましか。俺が驚いて動きを止めていると、ミアキス公から咳払いが入る。それで我に帰った俺は、アグラヴ所長の言葉をアイテール語に訳した。

 皆がそれに息を飲む。それはそうだろう。


「あなたは、自分がこの世界の創造主であると申すのか?」


 声を上擦らせて尋ねるミアキス公の質問に、


『僭越ながら』


 とアグラヴ所長は返答してみせた。

 その返答に、場の空気が何とも言えない不思議な熱を帯びる。騎士兵士たちの中には嘘つきを見る目をする者もいれば、神を目の当たりにして平伏する者もいた。


「それで、創造主殿。そなたは何を伝える為にわざわざこの世界に舞い降りたのですか?」


 そんな中で平静を装うミアキス公の問いに対して、


『まずは謝罪を』


 アグラヴ所長は謝罪してみせたのだ。


「謝罪……? 謝罪だと? 何に対しての謝罪ですかな?」


 ミアキス公は腹からふつふつと沸き立つ感情を抑え込めるように抑揚を殺した声音で尋ねた。


『これまでの我々の悪行総てに対して』


 そうして五体の魔族は頭を下げたのだった。

 どよめく謁見の間。それをミアキス公は手で制して、言葉を紡いだ。


「悪行総てだと!? 我々の同胞が、あなた方の同族によってどれだけ苦しめられ、死に追いやられたと思っておいでですか!! もし本当に神を名乗るのなら、今まで死んでいった同胞を総て蘇らせて下さい!!」


 ミアキス公の辛辣な言葉を真正面から受け止めたアグラヴ所長だったが、返答は首を横に振るものだった。


『申し訳ありません。我々にそのような力は無いのです』


 もしかしたら、とこの場の皆が思っていたのだろう、落胆のため息がそこかしこから漏れる。


「ならば何をしに来たのですか? まさか本当に謝罪だけをしに来たのではないでしょう?」


 悲嘆して玉座に寄り掛かるミアキス公が尋ねる。


『はい。我々が今回この地を訪れたのは、これ以上この地を荒らさぬ事を伝える為でございます』


 アグラヴ所長の言葉に皆から歓喜の声が漏れる。


「これ以上この地を荒らさぬ、だと?」


 だがミアキス公の怒気の籠った声がそれをピシャリと静まり返させた。


「創造主殿はおかしな事をおっしゃる。ビシャールが貴殿の所に書状を送られてから二ヶ月、この大陸全土で魔族の活動が活発化してきている。それをどう考えておいでかな?」


 確かに。これ以上この地を荒らさぬというのとは逆行している。


『それについては申し訳ない』


 アグラヴ所長の話では、ビシャールから音声データを受け取り、研究所はそれを政府との協議にかけたそうだ。そして出された結論が、この世界の住人を知的生命体として認め、人権を認めるとの事だった。

 世間の反応はそれに対して、新しい知的生命体の誕生を言祝ことほぐ人権派と、所詮VR世界のAIとそれを認めない非人権派で二分したらしい。

 だが、体面的には人権派である方が民衆からの支持を受けやすいとの判断から、政府はアイテールに対して人権を認める事で法整備が現在急ピッチで整えられている最中らしい。

 そして問題はこの非人権派であった。非人権派の中にはこのアイテールに訪れているプレイヤーが少なからずおり、法整備が完全になされてしまうと、もうアイテールで悪逆非道を行えなくなる。との判断から、法整備前の駆け込み需要でアイテールに魔族が大量に押し寄せているのだった。

 何て厚顔無恥な連中だろうか。そんな連中によって一体どれだけのアイテール人が命を散らしていったのだろう。


「それで、あなた方はそれを取り締まる事もせず、釈明の為にこの地を訪れたのですか」


 ミアキス公の声は怒りで震えていた。


『許してくれ、と言って許されるものではないのも承知しているつもりです』

「では……!!」

『ですから、我々もあなた方に加担しようと存じます』

「!? 我々に加担……ですか?」


 ミアキス公の問いにアグラヴ所長は首肯すると、俺の方を見遣る。その後、後ろを振り返ったアグラヴ所長は、連れてきた四体の魔族を剣と槍に変えてみせたのだ。


「それは……!?」

『ビシャールさんのように魔族にダメージを与えられる武器となった者たちです。彼らを使い、この地に災禍をもたらす者たちに罰を与えて下さい』


 成程。毒を持って毒を制するわけか。


「良いのか? 同族を傷付ける事になるが?」


 ミアキス公の問いに首肯するアグラヴ所長。


『良いのです。これ以上あの者たちを野放しにしておく方が恥と言うもの。今はこの四名だけですが、我らの考えに賛同する者の数は1000を超えます。いずれ近い未来にきゃつらを一掃出来るでしょう』


 アグラヴ所長のこの言葉に謁見の間は沸き上がるのだった。

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