第2話 王族の相手は堪えます

「光よ」


 緑髪のメイドさんに案内された部屋は真っ暗で、これじゃあ何処に何があるか分からないなあ、と思っていると、件の言葉を呟き、空中に現れた光玉が部屋を明るく照らし出す。


(おお! お姫様の転移魔法は見ていたけど、こうやって間近で魔法を見せられると、不思議だなぁ)


 などと感心していると、控えめな印象のメイドさんが、


「では後程お食事をお持ち致します」


 と声を掛けてきたので、


「え? そんな悪いですよ」


 などと応えてしまった。

 俺の言葉に怪訝な顔でキョトンとするメイドさん。それはそうだろう。じゃあお前どうやって生きていくんだって話だ。


「ああ〜、え〜とですね、しょ、食堂か何かあれば自分で食べに行きますから、そんなに気を使わなくて結構ですよ」


 と何とも苦しい言い訳をしている間にも、俺の腹かギュルギュル鳴り出す。


「ふっ、ふふふ、あ、ごめんなさい」


 俺の醜態に思わず吹き出したメイドさんが、謝ってくれたが、むしろ笑ってくれた方が有難い。

 俺も頭を掻きながら「いや〜、ははは」とか言って笑ってごまかした。顔が火照ってしょうがない。


「では直ぐにお食事をお持ちしますね」

「…………お願いします」


 ここで更に辞する程俺も厚顔じゃない。俺の返事を聞いたメイドさんは俺ににこりと微笑み返し、部屋を退出していった。



 ガコッ、と木板の窓を開けると、外は既に真っ暗闇で、恐らく城を囲う城壁で寝ず番をしているのだろう兵士の周りにだけ、この部屋と同じような魔法の光が見受けられる。


「ああ、風が気持ちいい」


 先程のやり取りで火照った顔を夜風で冷やし、人心地付けると、改めて部屋の中を見渡す。

 中央に丸いテーブルがあり、椅子は2脚。壁際にベッドが置かれている。何ともシンプルな部屋だ。


 椅子に座るかベッドに腰掛けるか一瞬迷った後、疲れた身体を横にしたくてベッドに座る。


(あ、意外と柔らかい)


 古城のイメージがあったからか、備えられたベッドも硬いイメージだったが、そんな事はなく、日本人の俺も、寝心地を気にせず眠れそうだった。

 俺はそうやって柔らかさを確認した後、上半身をベッドにドサッと預ける。見えるのは石造りの天井で、アーチを描いていた。


(さて、これからどうしたものか)


 まあ、ポンポンと転移魔法を使っていた姫様だ、姫様が勇者とやらを連れて戻ってきたら、俺くらい直ぐに還してくれるだろう。問題は姫様が勇者を見つけ出すのにどれくらい時間が掛かるかだよなあ。

 俺の時はいきなりだったから拒否も辞退も出来なかったけど、次の勇者が俺みたいにすんなりこの世界にやって来るとは限らないからなあ。向こうにだって事情があるだろうし。そうしたら姫様どうするんだろう? 粘るのかな? 国の命運が懸かってるっぽいしな。衣食住とかどうすんだろ? もしかしたらその度にこっちに戻ってくるのかな? だとしたら案外早く日本に戻れそうだ。

 お父さん、お母さん、心配してるかなあ。してるだろうなあ。



 若干のホームシックに浸っていると、コンコンとドアをノックする音が。


「はい、どうぞ」


 先程の緑髪のメイドさんだと思い、ベッドから起き上がりながら気楽に返事をすると、ドアを開けて入ってきたのは、若い騎士を2名連れた、俺と同年代くらいの少年だった。


(誰? って聞き返したいけど、あの青髪、多分王族だよな?)


 部屋を見回し、俺に目を止めた少年は、珍しいモノを見る目で俺を上から下まで見定める。


「お前が異世界から来た男か?」


 どうやら部屋を間違えて入ってきた訳じゃないようだ。


「はい。そうです。……手違いでしたけど」


 俺は気を付けをして少年の問いに答える。『手違い』は余計だったかな? と思ったが後の祭りだ。少年の眉がピクリと動いた。


「はぁー。それについては妹が失礼した」


 あ、お兄さんでしたか。王子様ですね。


「ふっ、そう硬くなるな」


 そう言って王子は椅子の一つに腰掛けると、俺にもう一方の椅子に座るように指差す。


「いえ、そんな、王子様と同じ卓に着くなんて烏滸がましいです」


 と両手を振って辞退すると、途端に王子の眉間にシワが寄る。


「二度は言わない。席に着け」


 俺は助けを求めて二人の騎士視線を向けるが、二人とも俺の視線に気付いても頷くばかりである。

 俺は諦めて心の中で嘆息し、王子の前の席に座った。

 それに気を良くしたのだろう。笑みを溢す王子様。

 しかしよく俺を凝視している。余程庶民が物珍しいのだろうか?


「話を聞いた時には疑ったが、本当に黒髪黒瞳なのだな」

「はあ」


 それがそんなに珍しいのか? と王子だけでなく後ろの騎士の方を見ても、銀髪に赤茶の髪をしている。こちらの常識は分からないが珍しいのかも知れない。


「あの、それで一体どのようなご用件で?」


 分からない事は聞く。の精神で王子に尋ねる。


「ん? なに、異世界人なんて珍しいからな。どんなものか顔を見に来ただけだ」

「はあ」


 え? 暇なのこの王子? 戦時中何だろこの国。そう思っていると、王子の後ろの赤茶髪の騎士が、


「近頃は皆の話題に上がるのは、どこそこでどんな魔物が現れた、東方では砦か破られたらしい、西方では国が滅んだらしい、などと物騒な話題ばかりで、この城の空気も淀んだものだったのです。ですから、貴方が現れた事は、吉報では無いにしろ、この城に暗くない話題を提供してくれるものだったのです」


 成程、得心がいきました。だからって王子自ら当事者の所に乗り込んで来ますか?


「それで、お前の世界はどんな世界なのだ?」


 王子、ぐいぐい来る。

 俺が王子の問いに答えようとしたところで、コンコンとドアが鳴った。


「失礼します。お食事をお持ちしました」


 とドアの向こうからさっきの緑髪のメイドさんの声。う~ん、タイミング。また王子の眉間にシワが。


「入れ」


 王子がそう告げると、ドアが開かれ、入ってきたのは緑髪のメイドさん、だけでなくピンク髪のメイドさんもいた。王子が来る事は先刻承知だったようだ。

 そうして二人のメイドさんはテキパキとテーブルの上に、俺と王子の二人分の食事を並べていく。

 用意周到だなあ。

 出された食事は塩漬け肉にスープ、それにカッチカチのパンだった。

 成程、パンはナイフで刻んでスープに浸して食べるのか。先に食事を始めた王子の真似をして、俺もナイフでパンを切ってスープに浸して食べてみる。

 う~ん、味は薄いな。戦時中だし、こんなもんだろうか?


「それで、どんな世界なのだ?」


 食事ををしながら尋ねてくる王子に、「学生なので浅学ですが」と前置きして、俺は自分が知る地球の事、日本の事を話し始めた。

 それは食後も夜更けまで続き、王子が騎士二人に窘められ部屋から出ていった後、こんなに話したのは初めてだ。とベッドに突っ伏してそのまま眠ってしまった。



「コーキ! 朝だぞ! 起きろ!」


 その翌日、異世界に来て2日目の朝を、俺は国の王子様のモーニングコールで目を覚ましたのだった。

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