四話 囮作戦


 次の夜。俺たちは予定通り『楽園』へと降り立った。

 そしてわかった。ここは、『監獄』だと。


「うわー、ごつい壁。さらに有刺鉄線。こんな場所に居たら三日で発狂しそうだねぇ」

「中の様子が全然見えませんね。シス、中の様子は視える?」

「う、うん。やってみる」


 シスが壁に手を当て、目を瞑り集中する。


「……思ってたよりも、見回りに出てる人が多い。あ、あっちの方に門がある。出入口はその一か所だけみたい」

「施設の方はどう?」

「えっと、かなり暗いね。消灯時間だからかな。ここからだとかなり距離があるから、出入口から入ったほうが近いね」

「そうか……壁を登って忍び込む、のは難しいよな」


 人間がどうなろうと知ったことではないが、証拠を見つけるまでは出来るだけ慎重に行きたい。

 しかし、忍び込む隙は流石に無いようだ。かと言って、正面突破はまず無理だろう。


「じゃ、じゃあ! わたしが囮になるのはどうでしょう? 女ですし、この施設に入りたいなーって頼んで門を開けてもらい、その間に先生たちが忍び込むとか!」

「シス、それはやめておいた方がいい。十年離れていたとはいえ、きみは教会が管理していたダンピールだ。正体がバレる可能性がないとは言い切れない」


 勢いよく手を上げたシスに、俺は言い聞かせるように言った。確かに彼女の提案ならば門は開くだろうが、見回りの人間たちの気を逸らすのは難しいだろう。

 ならば、どうするか。作戦は……ないわけでは、ないんだけど。


「ふむ、囮ですか……ならばいっそのこと、誰か一人がこの辺の壁をぶち壊しつつ大暴れすればいいんじゃないでしょうか」

「え、ええ……先生、急に野蛮なことを言いますね」

「思い出したんですよ。昔、自分をあえて囮にして大暴れしていた人が居たんです。名前も顔も覚えていませんが」


 意外にも、俺が考えていた作戦と同じことを言い出したのはジェズアルドだった。ただシスが言うように、野蛮だから言わないでおこうと思ったのだが。


「いいんじゃないかな、わかりやすくて。ジェズアルドは運動不足を解消したいんだもんね? 丁度いい役回りじゃない?」

「は? 何を言ってるんですか、囮は一番目立つあなたに決まっているでしょう、神父」

「え、なんで。きみの方が目立つじゃん、髪の毛長いし」

「見た目の問題ではありません。神父、あなたは田舎とはいえ人間の村を一つ潰しました。しかし教会は、未だに七番目の真祖の存在を公にはしていません。これは教会の失態……つまり、ダンピールでさえ太刀打ち出来なかったことを隠したいのでしょう」

「えっと、つまり……レクスさん、どういうこと? 確かに神父様って目立つけど、目立たない方がいいんじゃないの?」


 吸血鬼二人の話についていけないと、シスが俺の隣に寄ってきて助けを求めてくる。確かに、今までは身を隠したかったから教会の対応をあえて利用していた。

 でも、これからは行動に出る番である。ならば、むしろ神父様は目立った方がいい。


「教会は、あくまで自分たちが戦争の主導権を握っているとアピールしたいんだ。人間達をパニックにさせないように。言い換えれば、教会を不審に思った人間たちが教会に反旗を翻さないようにね。でも末端とはいえ、神父様は真祖でありながらずっと教会の関係者だった」

「あ、そっか。教会は吸血鬼が内部に入り込んでいることに気がつけなかった。そのせいで、クローゼ村は壊滅してしまった。さらに、その吸血鬼が教会の施設をどんどん壊していけば、教会の失態は取り返しがつかないものになるね!」


 ぽん、とシスが手を打った。そう、俺たちの復讐は、ただ人間たちを殺戮して成り立つものではない。教会の権威を徹底的に貶めるのだ。

 結局のところ、教会が恐れるのは自分たちの立場が脅かされること。自分たちが管理していた神父が、真祖であっただなんて失態は絶対に秘匿したい筈だ。

 それに、神父様は見ての通り吸血鬼でありながら格好は神父だ。このちぐはぐさは、人間にとって印象が強く残る。七番目の真祖……つまり、狂信者として目立てば目立つほど、むしろ神父様が変装した時にバレる可能性が減る。

 実際にメルクーリオでの彼のスーツ姿を見た時は、わかっていても別人のようだったし。それにしても、狂信者……神父様にぴったりな呼び名だと思うけど、これを言ったら多分機嫌を損ねるな。


「えー、でもさぁ。やっぱり目立つのはきみの方じゃないの? お――」

「いいから、つべこべ言ってないでさっさと行きなさい。壁を壊す手伝いくらいはしてあげますから」

「は? いや、壁くらい壊せるけど……え、その手榴弾どこから取り出して、何でピン抜いて、あ……投げちゃった」

「マズい! シス、離れよう!」

「え? え?」

 

 ジェズアルドが放り投げた手榴弾が、壁の向こうへと消えていく。俺は咄嗟にシスの手を引いて、壁から距離を取る。さり気なくジェズアルドも傍に寄ってきた。逃げられなかったのは、神父様だけ。


 直後、爆音と共に壁の一部分が吹き飛ぶ。


「ゲホッ、ゲホ! ちょ、ジェズアルド! きみ、なんてものを隠し持ってたんだい!?」

「なんだ、なんの爆破だ!?」

「吸血鬼だ! 吸血鬼が居るぞ!」

「よし、今の内に行きますよ二人とも」

「あー! こらー!! 逃げるな卑怯者ー!!」


 ジェズアルドが俺とシスを左右の腕で担ぎ上げるなり、そのまま舞い上がる土煙の中を駆け抜ける。背後から呼び止める喚き声が響いたが、それが神父様のものだったかどうかはわからなかった。

 ……思い切ったことするな、この人。


「さて、ここまでくれば大丈夫でしょう。シスさん、先程の透視で視えた門はあれで間違いないですか?」

「は、はい……あうう、目が回るうぅ」


 喧騒はあっという間に遠ざかり、辺りには不気味なくらいの静けさが戻ってきていた。ジェズアルドが俺たちを下ろすなり、前方に見える門をみやった。

 俺の想像よりも、頑丈な鉄の門だ。ますます監獄っぽい。


「えーっと、凄い! この辺り、人がかなり減ってます」

「よ、よし。今の内に侵入しよう」


 くらくらする頭を抱えながら、俺は門に駆け寄る。だが案の定、門には鍵が掛かっている。有刺鉄線こそないものの、よじ登るのも難しい形状だ。

 しかも、鍵は内側からしか解錠出来ないようになっている。ジェズアルドも気づいたのか、むうっと鍵を睨みながら考え込む。


「門くらいなら力技でなんとかなると思っていましたが、考えが甘かったようですね。困りました」

「ちなみに、手榴弾ってあといくつあるんですか?」

「残り二つです。その内の一つはスタングレネードですが」

「先生、いつの間にそんな物騒なものを準備してたんですか」

「護身用です。僕は神父のようには戦えませんので」


 そう話しながら、ジェズアルドがガチャガチャと鍵を壊そうと試し始める。

 ……戦えないと言う割には、無茶苦茶なことをしまくっているような。


「先生、待ってください。一人ですが、人間が戻ってきます」


 シスの言葉に俺達は一旦門から離れ、壁に背を預けるようにして身を隠した。しばらくすると、教会の軍服を着た若い男が怯えた様子で門に駆け寄る。


「よし、こっちの門は無事か。くそ、何なんだよこれ! 何でこんな場所に真祖が乗り込んでくるんだ。聞いてねぇぞ……」


 どうやら男は門番のようだ。そのことにシスも気づいたのか、ジェズアルドの袖を軽く引っ張る。


「先生、チャンスですよ。あの人を利用して、門を開けましょう」

「利用、ですか?」

「そうです。あの人に『命令』して、門の鍵を開けさせるんです。出来ますよね、先生!」

「げっ……いや、それは……その」

「そういえば、前に言ってたな。命令……つまり、魅了による洗脳ってことか」


 確かに、それならば門を破壊するよりもずっと簡単に中へと侵入することが出来る。それに、ジェズアルドの『命令』というものがどういう代物なのかを知っておきたい。

 でも何だろう。今の「げっ」は。


「……わ、わかりました。とりあえず、あの人を説得して鍵を開けさせればいいんですよね。それくらいなら、多分僕にも出来ます。やってみます」

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