その2 依頼

 それだけではただの偶然という可能性もある。


 警察病院には、次々とウィルス感染者が搬送されてきた。

 それは『治療』というよりも『実験』に近かった。


 其の度に彼女のあの”音”によって、ウィルスは死滅し、感染者は次々と回復していった。

 

 道警と陸上自衛隊北部方面総監部は、早速この結果を纏めて東京へと報告したところ、早速厚労省と、内閣府から、

”そのエイリアンを、直ちに東京へと護送するように”となった。


 しかし、事が事である。


 慎重に運ばねばならない。


 ましてや今は世界を挙げて”件のウイルス”対策に躍起になっている時でもあるし、それでなくとも日本は『スパイ天国』という有難くないレッテルを国際的に貼られているのだ。


 どこかよからぬ国(敢えて国名は避ける)が、”彼女”の存在を狙って来ないとも限らない。

 否、もう既に幾つかの国々が”彼女””の存在を嗅ぎつけているという。

 そこで表向きは自然に、あくまで自然に、東京まで運ばなければならない。


『しかしだぜ。それだったら別に道警の刑事でも付けて護送すればいいだろう。何でわざわざ俺みたいなチンピラ探偵なんかに・・・・』


『だからいいのよ。この意味わかるでしょ?』彼女はまた煙を吐いた。


『なるほどね。スパイばかりじゃない。最近はブンヤ諸兄も目ざといからな。直ぐに嗅ぎ付けられてしまう。そこで探偵ならばってわけか。万が一失敗したとしても、責任は俺一人におっかぶせればそれで済む・・・・図星だろ?』


 彼女は曖昧に笑い、灰皿の端にシガリロを載せると、俺が淹れたコーヒーを啜った。

『それだけじゃないわよ。私が貴方を信頼してるから・・・・って言ったら」

 今度は俺が苦笑いをする番だった。

『もう一つ、なんで警視庁さくらだもん生え抜きの君がこんな事件やまに関わるんだ?』


『私ね、今は警察庁かすみがせきに出向中。こう見えてもエリート官僚なのよ』


 ふん、なるほど、俺は鼻を鳴らし、コーヒーをぐっと飲み干した。


『引き受けようじゃないか。宇宙人エイリアンなんてものに出会える機会なんざ、そう滅多にあるもんじゃないからな。その代わり成功報酬は倍増しじゃ済まないぜ。二倍、いや、三倍は出して貰おう。後はこっちのやりたいようにやらせてもらう。それから、何があっても鬱陶しいお説教なんか無しだぜ。それが条件だ』


 彼女はまた煙を吐き、一本目を灰皿にねじつけ、二本目に火を点けた。


『そう言ってくれると思ったわ。だから貴方って好きなのよ。オーケィ、長官のお尻を叩いて、何とかしてあげるわ。何しろ天下の一大事ですもの』


 また煙を宙に吐いた。


 春の風が、三分の一ぐらい開けてある窓から吹き込み、バニラ色の煙を外に排出していった。


 俺が北海道に向かったのは、真理と契約書を交わした次の日・・・・つまり三日後の事だった。


 東北新幹線の中も、青函トンネルも、ずっと誰か・・・・いや、一人ではない。


『誰か達』の目が俺を見張っているのは分かっていた。


”スパイ”

”秘密警察”

”特務機関”

 その他諸々だ。


 だが、今は何も起こらない。

”行きはよいよい、帰りは怖い”ってやつだ。


 帰りにその”少女”ってやつと一緒になった時、それが”奴ら”の動き出す時だ。


 どっちみち、面白いには違いない。

 








 

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