第二章 魔法少女の誕生と、その活動内容 その6

「あ! お姉さん! お帰りなさい!」

「た、ただいま……」

 悪魔憑きが暴れている現場で衝撃の出会いを果たした翌日、学校から帰ると、家で亜理紗ちゃんが待ち構えていた。

 朝は朝で大変だった。

 光二を迎えに来たはずなのに、あたしに対して今まで以上に懐いた態度を見せる亜理紗ちゃんに光二が不機嫌になるし、あたしと亜理紗ちゃんを引き離そうとする光二に対して亜理紗ちゃんが不機嫌になるし……。

 今も、亜理紗ちゃんと一緒にいる光二はブスッとした顔をしている。

 こりゃあ……相当機嫌が悪いな……。

「お姉さん! お姉さんのお部屋に行っていいですか? 色々とお話がしたいです!」

 光二は、ここ最近見たことがないくらい不機嫌マックスなのに、亜理紗ちゃんの方はご機嫌マックスだ。

「あー、それは……」

「……駄目ですか?」

 くっ……そんな潤んだ瞳で見ないで!

 結局、うるうるしている亜理紗ちゃんの願いを断ることはできず、不機嫌マックスな光二をさらに不機嫌にさせて、亜理紗ちゃんはあたしの部屋にきた。

 そして、部屋に入るなり話を切り出してきた。

「お姉さん! お姉さんの妖精さん見せてください!」

「は? 妖精?」

 なんのこっちゃ?

「私たちを魔法少女にしてくれた妖精さんですよ! お姉さんにもいるんでしょう?」

 あー……やっと意味が分かった。

「あのさ、亜理紗ちゃん。アイツらは妖精じゃないよ? ああ見えてれっきとした宇宙じ……」

「あーあーあー! 聞こえませーん!」

 話の途中で、亜理紗ちゃんは耳を手で塞ぎ、聞こえないと思い切り拒絶された。

「女の子を魔法少女にするのは妖精さんと相場は決まっているんです! 決して宇宙人なんかじゃありません!!」

「いや……思いっきり宇宙人だって認識してるじゃん……」

「聞こえません! 信じません! あの子は妖精さんなんですー!!」

 どうもこの子は、アニメの世界に並々ならぬ憧れがあるようで、魔法少女のパートナーは、ファンタジーな存在しか認めたくないらしい。

 そんなに現実を拒否してもな……。

 そう思ったときだった。

「やれやれ……亜理紗には困ったもんだ」

 どこからか、乙女ゲームのメインキャラクターみたいなイケボが聞こえてきた。

「こいつもか……」

 あたしと亜理紗ちゃん以外に誰もいない部屋で声が聞こえてきても、あたしはもう動揺したりしない。

 だって、二回目だから。

 ソイツがどこにいるのかと辺りを伺っていると、亜理紗ちゃんの鞄がゴソゴソと動き、その中からネルそっくりな奴が出てきた。

 見た目はそっくりだけど、色が違うな。

 ネルは全身が青色なんだけど、亜理紗ちゃんの鞄から出てきた奴は紫色だ。

「アル、お前だったか」

「その声!? 隊長ですか!?」

 あたしの鞄に括りつけているネルが、その紐を解き部屋に降り立った。

 そのネルを見た亜理紗ちゃんは、部屋の床に両手と両膝をついて絶望していた。

「……渋いおじさんのこえ……」

 分かる、分かるよ亜理紗ちゃん。

 この見た目でこの声は反則だよね。

 ただ、アルと呼ばれた亜理紗ちゃんとこのぬいぐるみも大概だ。

 見た目はネルと同じ可愛らしいマスコットみたいなのに、乙女ゲームに出てくる俺様系メインキャラクターみたいな、低めのイケボ。

 コイツも見た目と声のギャップが半端ない。

 おまけに、亜理紗ちゃんはまだ小学生だ。

 お子様には刺激が強すぎるだろ。

「アル、お前も適合者を見つけていたか」

「隊長こそ。流石ですね、さっきからレーダーの反応が凄い」

「ふふ……私も、ここまでの適合者はみたことがない。おそらく歴代最高ではないかな?」

「流石です!」

 ……その声で、ネルのヨイショは止めてくれないかな?

 そこはクールな感じでいて欲しかった。

「あはは、おねえさん。おねえさんのようせいさんもかわいいですねえ」

「亜理紗ちゃん戻ってきて! 壊れちゃ駄目!!」

 ネルとアルのやり取りを聞いていた亜理紗ちゃんの目からハイライトが消えた!

 どんだけ心に傷を負ってるの!?

 乾いた笑い声をあげる亜理紗ちゃんを必死に宥めて、ようやく正気に戻すことができた。

 正気に戻った亜理紗ちゃんは「おねえさーん!」と叫びながら、あたしに抱き着いてきた。

「折角、憧れの魔法少女になれたと思ったのにいっ! 可愛いサポートキャラも出来たと思ったのにいっ!!」

「よしよし」

「こんな……こんな……」

 分かる、分かるよ。

 なんでこんなイケボなんだって言いたいんだよね。

 メソメソと泣く亜理紗ちゃんを宥めていると、アルが口を開いた。

「まったく……いつまで甘えたことを言っている亜理紗。そんなことで、ギデオンを倒せると思っているのか?」

「言ってることだけ声とバッチリ合ってるんですうっ!!」

 亜理紗ちゃんがさらに号泣する。

 俺様系イケボで、俺様系の台詞を吐く。

 ただし、見た目は可愛いマスコット。

 ……そりゃ、精神も病むか……。

「誰かに相談したかったんですう……でもお、こんなこと誰にも相談できなくってえ……お姉さんが私と同じだって知って嬉しくってえ……」

「そっか……亜理紗ちゃん、辛かったね……」

「おねえさあん!!」

「ちょっと待て」

「なによネル。か弱い少女が心に傷を負って泣いてるのよ? 慰めるのを邪魔しないでくれる?」

「だから、ちょっと待て! なぜその少女が心に傷を負うんだ!?」

「そりゃあ……」

 あたしだって、いまだにネルの見た目と声のギャップに悶絶することがあるのに、まだ小学生の亜理紗ちゃんに耐えられるわけないじゃない。

 そんな理由は知らないネルが見当違いなことを言った。

「アル、お前、厳しくし過ぎたのではないか?」

「「違あーう!!」」

 思わず、あたしと亜理紗ちゃんの声がハモッてしまったわ。

「むう……では一体なんだというのだ?」

「普段からこの調子なんだ。理由を知っているのなら教えてくれないか?」

 なんだか困っている様子のアルと呼ばれたネルの部下があたしに尋ねてくるけど……。

 理由かあ……。

 見た目と声のギャップに、心が耐えられない……っていうのが真相だけど、さすがにそれは言えない。

 ギャップを感じるのは、あくまであたしたちの感性の問題だ。

 ネルたちからしたら、その声はごく自然なことなのだろう。

 その声がイメージと違うっていうのは、ネルたちの身体的特徴を否定することになる。

 そんなことは言えない。

「あー……なんていうか、アンタたちが悪いわけじゃないから。これは、あたしたちの心の問題なの」

「そうか……ん? あたしたち?」

「これはね……あたしたちが乗り越えなきゃいけない問題なのよ」

「ちょっと待て、するとなにか? 麻衣もその少女と同じ問題を抱えているというのか?」

 ちっ、ネルが気づいた。

 だけどそんなことより亜里紗ちゃんの方が大事だ。

「いい? 亜理紗ちゃん。どんなに現実から目を背けても、事実は変わらないの」

「おねえさん……」

「私を無視するな!」

「だからね、まずは現実を受け止めよう?」

「げんじつ……」

「おい!」

「そう、現実。まずコイツらは……妖精じゃない」

「ようせいじゃない……」

「おーい」

「コイツらはちゃんと生きてるの」

「いきてる……」

「当たり前だろ?」

「コイツらは……宇宙人なの」

「う、うちゅう……うっ!」

「亜理紗ちゃん!!」

 いけない!

 現実を受け入れることを、亜理紗ちゃんが拒絶している!

「……なあアル。これは一体なんだ?」

「さあ……私に聞かれましても……」

「頑張って、亜理紗ちゃん! 現実を受け入れるの!」

「う、うう……この子は……この子たちは……うちゅうじん……」

「そう! そうなのよ! コイツらは宇宙人なの!」

「……さっきから、コイツら、コイツらって、失礼すぎませんか隊長」

「さっきからうるさいのよ外野あっ!」

「なんで怒られた!?」

 こっちは亜理紗ちゃんを正気に戻すので大変なのよ!

 余計な茶々を入れてくんな!

「亜理紗ちゃん、深呼吸して。コイツらは宇宙人、あたしたちをあんな姿に変えたのはコイツらの不思議技術。あたしたちの知らない科学技術なの」

「まほうじゃない……」

「そう。亜理紗ちゃんには残念だけどね……」

「おい、麻衣。魔法とはなんだ?」

「でもがっかりしないで亜理紗ちゃん。魔法じゃないけど、亜理紗ちゃんが選ばれたことは変わりない。あなたは選ばれたのよ!」

「だから……なんで無視するんだ……」

「わたし……選ばれた?」

「そうよ!」

「そうか! 私は選ばれたんだ!」

「亜理紗ちゃん!!」

「お姉さん!!」

「「……なんだこれ?」」

 ふう、ようやく亜理紗ちゃんが現実を受け入れてくれたわ。

「ああ、ゴメンねネル。亜理紗ちゃんに現実を受け入れさせる方を優先したから」

「なんだそれは……はあ……本当は良くはないが、まあいい。それより、魔法とはなんだ?」

「え? あー……」

 そうか、あたしたちから見たらネルたちの技術は魔法そのものだけど、ネルたちからしたら普通の技術。

 魔法そのものの概念がないのか。

 しょうがない、説明してやるか。

「詳しくは、そこの本棚にある漫画かラノベ読んで」

「説明が雑!」

「いざ口頭で説明しようとすると難しいのよ。漫画読んでくれた方が理解は早いわ」

「そうなのか? では……」

 ネルはそう言うと、本棚に向かってフヨフヨと飛んで行った。

 アルもネルのあとを追って飛んで行く。

 ……これも凄いよなあ……なんでも重力を制御してるとかなんとか言ってたけど……。

 重力って、制御できるんだ。

 本棚から、自分の身体とそう変わりない漫画を取り出しているネルとアルを見ていると、亜里紗ちゃんが話しかけてきた。

「そういえば、お姉さんはどうして魔法少女になったんですか?」

「魔法少女って言うな!」

「え? でも、どこからどう見ても魔法少女の格好でしたよ? 攻撃もステッキ使ってましたし」

「うっ……それは……」

「あ! あの攻撃凄かったですね! あれ、どうやるんですか?」

「ど、どうって……」

 話題がコロコロ変わるな。

 それにしても、どうやってるか……。

 ただガーッと力を込めて、バーッって撃ってるだけだからなあ……。

 亜理紗ちゃんにどうやって説明しようかと悩んでいると、代わりに漫画を読みながらネルが答えた。

「お前には無理だな」

「無理って、なんでですか?」

 ネルによってバッサリと斬られた亜理紗ちゃんは、少し不機嫌そうに聞き返した。

「逆に聞こうか。君が昨日あの女性に攻撃したとき、どうやって攻撃した?」

「それは……力が集まるイメージをして、それを撃っただけです」

「麻衣も同じだよ」

「え?」

「あの装備から放たれる攻撃は、基本的にそれで発動する。アルが言っていなかったか? その装備は、装備者のイメージをそのまま反映すると」

 ネルの問いかけに、亜理紗ちゃんはキッパリと答えた。

「聞いてません」

「言ったよ!!」

「じゃあ、覚えてません」

 聞いてないという亜理紗ちゃんに、アルが猛抗議する。

 あー、多分アルが説明したのは、亜理紗ちゃんが現実から目を逸らしていたときだろうな。

 アルの説明も、全部聞き流していたんだ。

「やれやれ、詳しい話はまたアルから聞いてくれ。要するに、君と麻衣じゃ心の強さが違うんだ。その結果がアレなんだよ」

「だから無理って……」

「まったく……揃いも揃ってあんなものになるから……これを読む限りでは、魔法とはもっと汎用性の高いものではないか。なぜこちらにしなかった?」

 ネルは、読んでいた漫画を示しながらそう言った。

 確かに、魔法使いとかになった方が攻撃のバリエーションは増えると思う。

 けど、亜理紗ちゃんのときは知らないけど、あたしの場合は考える時間なんてなかった。

 それに……。

「「可愛いから」」

 あたしと亜理紗ちゃんの声がハモッった。

「そんな理由で……」

 ネルが頭を抱えているけど、それはしょうがない。

 やっぱり、可愛い方がいいよね。

「それならば、こういうものでも良かったのではないか?」

 ネルが読んでいた漫画のページを開き、そこに描かれているキャラを示しながら言った。

「えー? 格好いいかもしれないけど、可愛くはないよねそれ」

「ですね」

「格好いいならいいじゃないか……じゃあ、これは?」

「そんなエッチな格好できるか!」

「ネルさん、サイテーです」

「なんでだ!? この中では可愛いと言われているではないか!」

 漫画に出てくる、ちょっとセクシーな衣装を着た登場人物を指しながらネルが叫ぶ。

 まったく、分かってないなあ。

「ネル……漫画は漫画なのよ?」

「くっ……なぜ私が憐みの目で見られるのだ……」

「隊長。これ、面白いですね」

「お前は普通に漫画読んでるんじゃない!」

 アルはさっき亜理紗ちゃんに自分はちゃんと説明したと言ったあと、ずっと漫画を読み耽っていた。

 どうやらハマったみたいだ。

 怒鳴られても漫画を読み続けるアルに対して溜め息を吐いたあと、ネルは亜理紗ちゃんを見た。

「麻衣はともかく、君には指導が必要なようだな」

「し、しどう……ですか?」

「昨日の一件でよく分かっただろう。君の攻撃は、一定のダメージは与えられるが一撃で倒し切れるものじゃない。ならやり方を変えてみるんだ」

「どうやって?」

「それは……」

 ネルはそう言うと、手に持っていた漫画を持ち上げた。

「これにヒントが描かれていた」

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