第二章 魔法少女の誕生と、その活動内容 その1

 あの日、私は割と仲のいいクラスメイトにある頼み事をされた。

 合コンの人数合わせに来てほしいというのだ。

「ねえ、お願い麻衣っち! あと一人だけ人数が足りないんだよう!」

「ええ……でも合コンでしょ? そういうのあたしは……」

「分かってる! 麻衣っちがあっくんラブなのは分かってるから!」

「は、はあっ!? へ、変なこと言わないでよね!」

「え? 麻衣っち、バレてないとでも思ってたの?」

「バ、バレ!? え? 嘘でしょ?」

「麻衣っちなら相手が被る心配ないし。ねーおねがーい、適当なとこで帰っていいから!」

「ま、まあ、それなら……」

「よっし! これで人数揃ったあ!」

 周りにあたしの気持ちがバレているという、友達の衝撃発言に動揺してしまった私は、思わずOKを出してしまった。

 これがきっと、運命の分かれ道だったんだろう。

 合コンの相手は、その友達と同じバイト先の大学生とのこと。

 一応合コンだし、相手は大学生なので居酒屋に入ったのだが……。

 正直言って最悪だった。

 あたしたちがまだ高校生だと知っていながら、呑まなかったけどお酒を勧めてくるし、やたらベタベタ触ろうとするし。

 正直、下心が見え見えで早々に帰りたくなった。

 それでも一応友達の顔を立てて、二次会であるカラオケまでは付き合った。

 だけど、その大学生のうちの一人が、やたらとあたしに絡んできた。

 あたしは、そもそも人数合わせで参加したのであって、誰かと仲良くするつもりなんかない。

 その大学生の絡みがいい加減鬱陶しくなったあたしは、誘ってきた友達に断りを入れカラオケ店を出た。

 そしたら……。

「ねえ、ちょっと待ってよ」

「なんですか? あたし、もう帰るんですけど」

「そんなつれないこと言わないでよ。俺、キミにこと気に入っちゃった」

「そうですか。私は気に入りませんので、今回は……」

 そう言ったときだった。

「おい、調子に乗んなよ、ガキが!」

「え?」

 突然、その大学生の態度が豹変した。

「女だからって下手に出てりゃいい気になりやがって。どうせお前みたいなビッチ、どこの誰にでも股開いてんだろ!?」

「なっ! ふざけんな! あたしは……」

 そんなこと、一度だってしたことない。

 そういうのは、淳史と……。

「うるせえ!! お前は黙って俺の言うこと聞いてりゃいいんだよおっ!!」

「ちょ、ちょっと……」

 その大学生のキレ方に、あたしは恐怖を覚えた。

 だって、異常だったから。

 カラオケ店を出てすぐだから、人通りだって多い。

 優しい言葉と態度で近付いてきて、密室で二人きりになったら豹変する男の話はよく聞くけど、こんな人通りの多いところでこんなキレ方するなんて……。

 それに、大学生の目も異常に血走っていた。

「おらあっ! こっちこい!」

 そうして無理矢理あたしの腕を握ろうとして……。

「あたしに……触んなあっ!!」

 あたしは小さい頃、淳史の家の道場に通っていた。

 なので多少は武術の心得がある。

 伸ばしてきた手を取って、逆にぶん投げてやった。

「なんなの、コイツ……」

 ぶん投げた大学生が地面に叩きつけられてすぐ、あたしはその場を離れた。

 大勢の人の前で人を投げちゃったから、通報される前に逃げたかったのもあったけど、なによりアイツから離れたかった。

 そうしたら……。

「へへ……マテって言ってンダろう?」

「んなっ!?」

 受け身も取らずに、固いアスファルトに叩きつけられたのに、一切ダメージを受けた様子もなく、あたしを追いかけてきたのだ。

「うそっ!? なんなのよコイツ!」

「ウルぁああ! マテええ!」

 なんか言葉もおかしいし、やばいクスリでもやってんじゃないのかと思った。

 とにかく逃げなきゃと思って必死に走ったけど、そこは男と女。

 体力の差は歴然で、すぐに追い付かれた。

「ハハあっ! 掴まえタア!」

「やっ! 離してよ!」

「へへ、ヤラセロよう」

「くっ! このおっ!」

 あまりに異常な大学生に恐怖したあたしは、思わず鳩尾に突き上げるような肘鉄を食らわせてしまった。

 まともに決まったら命に関わるから、絶対にしちゃ駄目だって言われてたのに、あまりの恐怖に咄嗟に出てしまった。

 悪いことに、相手が無防備だったから今までにない位にまともに決まってしまった。

 思わず殺してしまったかと思って蒼褪めたが、そのあとすぐ、別の理由で蒼褪めた。

「へぇ? あぁ?」

「うそ……なんで……」

 打撃を食らった衝撃であたしからは少し離れたけど、アイツが受けたダメージはそれだけ。

 まったく効いた素振りもみせずに佇んでいた。

「うそ……うそ……」

 あたしはその様子を見て、全速力で逃げ出した。

 あれは異常だ。

 まともな人間じゃない。

 逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ!!

 足は棒みたいになって、肺も限界だったけど、とにかく全力で逃げた。

 そしてあたしは、通りかかった大きな公園の茂みに隠れた。

「はあっ! はあっ! ア、アイツは!?」

 木の陰から公園の入り口の方を見てみると……。

「うそ……でしょ……」

 アイツがフラフラしながらこっちに向かってきているのが見えた。

 そのときの絶望感は今でも覚えてる。

 ああ、もう駄目だ。

 あたし、ここでアイツにヤラれちゃうんだ。

 っていうか、殺されるかも……。

 こんなことなら、勇気を振り絞って淳史に告白しとけばよかったな……。

 そんな絶望的な気持ちになっていた。

 その時だった。

「随分とお困りのようだねえ」

「え?」

 聞こえてきたのは、大人の男性の声。

 この声を聞いた時、あたしは助かったと思った。

 大人の男性が声をかけてきたってことは、誰かが通報してくれたか、あたしの窮状を見た人が助けに来てくれたからだと、そう思ったから。

 そう思ってあたしは、声のした方を見た。

 けど、そこには誰もいなかった。

「あ、あれ?」

 え? 空耳?

 あまりにも絶望していたから空耳が聞こえたの?

 本気でそう思った。

「おいおい、目の前にいるだろう?」

 けど、その男性の声がまた聞こえた。

「どこ!? どこにいるんですか!?」

 あたしはそう叫んで周囲を見渡す。

 けど、周りにあるのは、木と植え込みと、なぜかぬいぐるみ。

 男性の姿なんて一向に見つからない。

「どこにもいないじゃないですか! なんですか!? あたしをからかって楽しんでるんですか!?」

 きっと木の陰かなんかに隠れて、あたしをからかっているに違いない。

 こんなときに、こんなイタズラをするなんてなんて意地の悪い人なんだろうか。

 あたしが本気でそう思った、そのとき……。

「だから! 目の前にいるだろう!!」

「え?」

 その大きな声に驚き、その声のした方を見てみると……。


 さっきまで離れたところにあったぬいぐるみが目の前にいた。


「ひ、ひいいいっ!!」

 あまりの出来事に、あたしは思わず尻もちをついた。

 だってそうでしょう?

 どこからともなく声が聞こえてきたと思ったら誰もいない。

 辺りを見回していると、遠くにあったぬいぐるみが目の前にいる……。

 今まで見た、どんなホラー映像より怖かったわよ!

「あ、あわわ……」

「そんな反応は傷付くんだが……」

 離れた場所にあったぬいぐるみが、目の前にいた。

 さらにそのぬいぐるみが喋ったことで、あたしの混乱はピークに達し、気が付けば両手を合わせて拝んでいた。

「な、なんまんだぶなんまんだぶ! どうか安らかに成仏してください!」

 異常な男には付きまとわれるし、こんな心霊体験はするし、今日は人生最悪の日だと、このとき本気で自分の人生を呪ったわね。

「成仏ってなんだ? というか、君はまともに話もできないのかね?」

「なんまんだ……え?」

「まあ、私の容姿は君たちとは随分違うからな。すぐに認められないのも無理はないが……」

 ぬいぐるみに憑り付いた幽霊かと思ったのだけど、そのぬいぐるみは話をすることを望んでいるようだった。

「え? え? 幽霊じゃないの?」

「幽霊? ああ、肉体が死亡したあと離脱する精神体のことか。私はまだ死んでいないよ」

「え? え?」

 この時点で、私の頭の中はクエスチョンマークで一杯だった。

 まず、なにより……。

「ようやく話ができそうだな……」

「可愛らしいぬいぐるみが、渋いおじさんの声で喋ってる!?」

「本当に失敬だな君は!!」

「だ、だって……」

 普通、こういう外見だったら、声は可愛いアニメ声って相場は決まってるでしょ。

 それなのに、渋いおじさんの声で喋られたら、混乱するに決まってる!

「はあ……まあいい、それよりも説明しようか」

「説明?」

「おっと、その前に……」

 そのぬいぐるみが腕に付いているブレスレットを触ると、なんか機械が現れた。

「え? はあっ!?」

 このときのあたしの混乱が分かるだろうか?

 目の前の動くぬいぐるみは、見たところ鞄らしいものを持っていなかった。

 なのに、その小さい身体では隠しきれないほど大きな機械を突然取り出したのだ。

 その光景でさらに混乱しているのに、ぬいぐるみはあたしに構わず語り続けた。

「これは、一時的にアイツの感知から外れる装置だ。ちょっと話が長くなるからね」

「……え? は? 感知から外れる?」

「実際見た方が早いだろう」

 意味も分からずおうむ返しにしたあたしを放置してぬいぐるみはそう言うと、取り出した機械を起動させた。

 すると……。

「うあ……?」

「え? アイツの動きが……」

 さっきまで、フラフラしながらも、まっすぐあたしの方に向かっていた大学生が、突然なにかを見失ったように彷徨い始めた。

 その動きはまるで……。

「……ゾンビみたい」

「ああ、動く死体のことか。アイツは死んじゃいないよ。憑りつかれているだけだ」

「憑りつく?」

「ああ『ギデオン』と呼ばれる精神生命体にね」

「ぎでおん?」

 精神生命体って……一体なにを言ってるのだろう、このぬいぐるみは?

「さて、これでようやく落ち着いて話ができるな。それではまず、私が何者なのか教えよう」

 ぬいぐるみはそう言うと、改まってこう言った。

「私は、第十八銀河警備隊、辺境調査部所属、特殊捜査隊隊長のネルだ」

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