魔法少女とラブコメとちぐはぐスクランブル

吉岡 剛/ファミ通文庫

プロローグ

 日本の、とある繁華街。

 週末のそこは、日々の仕事の疲れと鬱憤を晴らすべく、人々が呑んで騒いでいた。

 その騒がしい場所に、いつもと違う喧噪が起こった。

「うわああっ!!」

「きゃあああっ!!」

 さっきまでの楽しい気分は一転、週末の繁華街を楽しんでいた人々は恐怖の悲鳴を上げて逃げまどっていた。 

「おいっ! なんだアイツ!?」

 そう叫んだ男性の視線の先には、雑居ビルの入り口に置いてあった見るからに重そうな電飾の付いた看板を片手で振り回し、暴れている男がいた。

「があああっっ!!」

 その様子は尋常ではなく、明らかに理性を失っているように見えた。

 さらに……。

「なんか、黒いもん出てんぞ!」

 その男の身体からは、通常ではありえない黒い霧のようなものが溢れているのが確認できた。

 その現象は、ここ最近世間を騒がせているある現象と一致した。

「あれって、まさか悪魔憑き!?」

 悪魔憑き。

 そのオカルトじみた言葉は、ここ最近のニュースで頻繁に取り上げられている言葉だった。

 ニュースで取り上げられている内容は、ある日突然人間が理性を失い凶暴になり暴れまわるというもの。

 そして目撃者の証言はみな一致しており、暴れている人間から黒い霧のようなものが出ており、まるで悪魔に取り憑かれたようだったというものだった。

 ここにいる人々は、そのニュースを半信半疑で聞いていたが、今目の前で起こっているのは、まさにニュースでやっていたのと同じ状況。

 つまり……。

「悪魔憑きだあっ!!」

「やばいっ! 逃げろおっ!!」

 本当に悪魔に取り憑かれているのかどうかはともかく、無差別に暴れまわる凶悪犯が目の前にいることに変わりはない。

 そのことを認識した人々は、一斉に逃げ惑った。

 そんな中、一人の男性が逃げずに悪魔憑きと呼ばれている男の前に進み出た。

「はっ! 悪魔憑きだかなんだか知らんが、ニュースを見ていて思っていたんだ。ソイツに遭遇したら俺がシメてやるってな!」

 その男性は体格がよく、なんらかの格闘技をやっているのだろうか、拳もゴツゴツしていた。

 その男性が近付いてきたとき、暴れている男がゆらりと男性を見た。

「ぅああ?」

 その様子はフラフラしていて、とても強そうには見えない。

「なんだ? ただの酔っ払いじゃねえか」

 そして男性は、男の前で正拳突きの構えをとった。

「酔っ払いなら酔っ払いらしく、大人しく寝てろよ!!」

 男性はそう言いながら、渾身の正拳突きを放った。

 それに対して、悪魔憑きと呼ばれている男は避ける素振りをみせない。

 男性の正拳突きは、まともに男の胸に決まった。

「へっ、終わり……え?」

 正拳突きが決まり、あっけなく終わったと思った男性の表情が一変した。

「ん、ああ?」

 防御もせずまともに正拳突きを受けた男が、まったく効いた素振りをみせずその場に佇んでいたからだ

「ば、ばかな!? まともに喰らったはずだぞ!!」

 ありえない出来事に、男性の身体は驚き硬直し、すぐに動くことができなかった。

 そして、それが致命的な隙になった。

「があ、ああああっ!!」

「しまっ……!!」

 重さ数十キロはあろうかという電飾のついた看板を、片手で振り上げる男。

 そんなもので殴られたらひとたまりもない。

 男性は反射的に両腕で頭をガードし、致命的な一撃に備えた。

 だが……。

「ごあっ!」

「……ん?」

 いつまで経ってもその一撃はこず、代わりに男の呻き声と重い物が落ちて壊れる音が聞こえてきた。

 男性が恐る恐る両腕の間から様子を見てみると、そこには信じられない光景があった。

「……え?」

 男性の目に飛び込んできたのは、パステルカラーのフリフリの衣装を身に纏う少女が、自分に背を向け男に向かって仁王立ちしている姿と、自分には倒せなかった男が看板を取り落として倒れている姿だった。

「え、えーっと……」

 状況が理解できない男性が思わずそんな声を出すと、その声に少女が反応した。

「なにボサっとしてるんですか! さっさと逃げてください!」

 そう怒鳴りながら男性を見た。

「あ、はい!」

 その気迫に気圧された男性は、慌ててその場を立ち去った。

 逃げて行く男性の背中を見た少女は、ふうっと一つ溜め息を吐いた。

「まさか立ち向かう人がいるとは、間一髪だったよ」

 少女がそう言うのは、悪魔付きと呼ばれた男が看板を振り降ろす直前に男をドロップキックで蹴り飛ばし、間一髪男性が攻撃されるのを防いだからだ。

「それだけ正義感に溢れる人物ということだろう」

 独り言かと思った少女の言葉に答えた声があった。

 聞こえてきたのは、とても渋い中年男性の声。

 だが、少女の周りにはとくにそれらしい存在はいない。

 いるのは、少女の肩に乗っている可愛らしいマスコット人形のようなものだけ。

 誰もいないはずなのだが、再度その渋い声が聞こえた。

「さあ、邪魔者はいなくなった。さっさと片付けてしまおう」

「分かってるわよ!」

 少女はそう言うと、自身の持っている短い棒状のものを前に突き出した。

 その後に起こったことは、その場にいた人々にとってまたも信じられないことだった。

 棒状のものが光り出したのだ。

 それを見た周りの人がポソリと呟く。

「魔法のステッキ……」

 そう、それはどう見てもアニメに出てくるような魔法のステッキにしか見えなかった。

 周りでそんな呟きが漏れているとも知らない少女は、魔法のステッキに力を込めていきどんどん光が強くなっていく。

 そして……。

「改心しなさあーいっ!!」

「ぐぎゃああっ!!」

 少女がそう叫ぶと、魔法のステッキから極太の光線が放たれ、少女のドロップキックを受けてまだ倒れている男を呑み込んだ。

 見ていた人たちは思った。

((((あ、これ絶対死んだ))))

 そう思わせるほどの光線の照射がしばらく続き、やがて小さくなって照射が終わった。

 そこには焼け焦げた男の姿があるものとばかり思っていた人々が、怖いもの見たさもあって光線が照射された後と見てみると。

「あ、あれ?」

「生きてる?」

「焼け焦げてもいないぞ?」

「え? 光っただけ?」

 人々が見たのは、ただ地面に倒れている男がいるだけの光景だった。

 だが一つだけ、光線が照射される前と違っていたことに気付いた者がいた。

「お、おい。アイツから出てた黒い霧が無くなってるぞ!」

 先ほどまで意味不明な叫び声をあげていた男の身体から出ていた黒い霧のようなものがなくなり、倒れている男は安らかな顔をして気を失っていた。

 その様子を確認した少女は。

「よし! 改心完了!」

 そう言うと、その場からありえない跳躍を見せビルの上へと跳び去ってしまった。

 そういえばと、その場にいた人たちは思い出す。

 先のニュースには続きがあった。

 それは、警察でも自衛隊でも抑えきれなかった悪魔憑きを派手な衣装に身を包んだ少女が制圧したというものだった。

 その姿や制圧の方法から、その存在は世間からこう呼ばれていた。

「魔法少女だ!」

「魔法少女は本当にいたんだ!」

「おおお! 魔法少女、ありがとう!」

 その場にいた人々から大きな歓声が沸き起こった。

 そして、その声はまだビルの上にいた少女の耳にも入った。

 それを聞いた少女は……。

「魔法少女って呼ぶなああっ!!」

 そう叫びながら、逃げるようにその場を立ち去った。

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