第16話 12月31日

 翌朝、日が昇ると同時に目が覚めた。部屋はカーテンがかかっていても日差しではっきりと見える。


 ベットの上で大きく背伸びをしてから布団を出る。真っ先にカーテンを開けると日差しはより強く部屋中を照らす。今日も天気が良く、前に雨が降ったのはいつだったか覚えていない。


 日差しを浴びながらもう一度背伸びをする。窓から見える道路には今日も忙しなく車や人が行き来している。


 いつもと変わらない光景を一望してからリビングに向かった。



 部屋を出るとリビングは俺の部屋より暗かった。いつもならこの時間にキッチンに立っていた彼女は、俺の部屋のある方に顔を向けて気持ち良さそうに寝ている。


 彼女を起こさないように静かにキッチンに移動する。キッチンの電気をつけて冷蔵庫を開けた。


 空に近い冷蔵庫の中から卵とベーコンを取り出す。


 本当は彼女に買い物に行ってもらいたいのだが、そもそも合鍵がないので渡せれない。


「今日作って貰うか」


 今後、彼女が仕事に行くようになったら必要になるものの一つだ。それに鍵は1日で作ってもらえるものでもないから、頼むのなら早い方がいい。


 冷蔵庫を閉めてキッチンに立つ。俺の住んでいるマンションは比較的新しい建造物なので、キッチンにはIHが二つも設置されている。片方で目玉焼きを作りながら、もう片方でベーコンを炒める。両方ともそのまま焼いているうちに自分のパンを焼くことにした。彼女が起きていれば一緒に焼くのだが、焼いたパンを放置して置くと硬くなるのでやめておく。


 全部ができるまで時間はかからず、5分程度で済んだ。


 できた料理を皿に乗せ、彼女の分だけラップをする。俺の分は皿を出すと洗い物が増えるので、全てパンに乗せた。パンの粉が溢れてもいいように流しで朝食を済ませた。



 食後に洗面台で顔を洗って戻って来ると、布団で寝ていた彼女が上半身だけ起こして俺の方を見ていた。


 まだ寝ぼけているのか、彼女の目は半開き状態だった。時々瞬きを繰り返している。


「おはよう」


 目が合っているのに何も言わない彼女に挨拶をする。


「おはよう、ごじゃいます」


 目を擦りながら挨拶を返して来た。完全に目覚めていない彼女の日本語はどこかおかしかった。


 いつも俺より早く起きているから朝に強いのかと思っていたが、そうでもないらしい。


「卵とベーコン焼いているから食べてね」


「卵?ベーコン?・・・あ!」


 フワフワとしていた彼女の意識がはっきりとしたらしく、さっきよりも大きく目を見開いた。


「ごめんなさい、朝食の準備するのを忘れてて」


「別にいいよ。そもそも毎朝作ってとは言ってないし」


「そうですが・・・」


「それより作ったばっかりだから早めに食べてね、冷めると美味しくないから」


 そう言って自分の部屋のドアノブを握る。


「買い物は10時から行こうと思うけど大丈夫?」


「あ、はい、大丈夫です」


「うん、じゃあ着替えて来るから」


 伝えることを全部伝えてから部屋に戻った。



 クローゼットを開け、適当に選んだ服に着替えてから部屋を出た。


 リビングでは着替えを済ませた彼女がテーブルに座って1人で黙々と朝食をとっていた。


 服が2着しかないので、仕方なくいつも交互に着替えているが、その服で外に出るのは今日が初めてだ。


 1人で食べている彼女のそばに行く。


「テレビつければいいのに」


 テーブルに置かれたリモコンを操作してテレビをつける。どのチャンネルも今はニュースばかりなので、家でよく見ていた8チャンネルにする。


 目覚まし時計のマスコットが出てきて時間を教えてくれる。


 テレビもつけず、黙々と食べていた彼女を見て、ふと疑問に思った。


「村上さんってさ」


 名前を呼ぶと彼女と目が合う。


「俺がいない時って、何して過ごしているの?」


 この疑問はよく頭に浮かんでいた。仕事中や家で食事をしている時も。聞く機会はいくらでもあったが、そこまで気にはしなかった。


 でも今の彼女を見て、もしかしたら俺のいない間はいつもこうして過ごしているのではないかと思った。その考えは的中していた。


「掃除などの家事をこなした後は・・・静かな部屋でボーッと、ただ時間の過ぎていくのを待ってるぐらいですね」


「テレビとかつけていいんだよ」


 そう言うと彼女は視線を落とした。


「秋原さんが一生懸命に働いているのに、家で呑気にテレビを見ている自分が嫌なんです」


 その言葉にどう返せばいいのか分からず言葉が詰まる。別にテレビを見ろと強制したいわけではない。彼女がいいと言えば、それ以上俺が言うことはない。


「家でボーッとしていても同じですけどね」


 彼女は顔を上げ、苦笑いを浮かべた。





 お互いの支度を終え、少し早い時間に家を出た。目的地は前と同じモール。近くてなんでも揃うから、今後も彼女と行く機会が増えるだろう。


 モールに着くと彼女には何も告げず、すぐにエスカレートに乗った。


 食品を買いに来たつもりでいる彼女は首を傾げたものの、何も聞いて来なかった。なのでそのまま4階へと向かう。



 最上階に着くと、スタスタと目的の場所に向かう。


 ドライヤー、ドライヤーと何度も頭の中で繰り返し言っているうちに、棚にずらっと並んだドライヤーを見つけた。


 その棚に近付き、適当に一つ手にする。


 その様子を見て、モールに入ってから一言も話さなかった彼女が口を開いた。


「ドライヤー、ですか?」


「そう、一個ぐらいあったらいいかなって思って。でもあまり分からないからさ、村上さん選んでよ」


「私がですか?」


 質問の対して頷くと、どれもこれも同じに見えるドライヤーに彼女は目を向ける。


「そうですね・・・風量があって、温度調節がしやすく、軽いものがいいですよね」


 多分俺に問いかけているのだろうけど、さっきも言った通り、俺はドライヤーなんて使わないからわからない。彼女のために、なんて言ったら遠慮されると分かっていたから、あたかも俺が使うかのような言い回しをしただけ。


 彼女は俺のためにかなり真剣に考えてくれているようで、一つ一つ商品の説明欄を見ては睨めっこしている。


「・・・性能はいいけど、値段がな〜・・・」


 時々独り言を漏らしながら数十分が経った頃、彼女はようやく一点の商品を見せてきた。


「これがいいと思います。値段にあった性能をしていると思うので」


 彼女が持っているドライヤーの値段を見ると、年末セールの対象商品のようで値下げされていた。


「ならそれにしようかな。レジ持って行こ」


「わかりました」


 彼女に持ってもらったままレジに向かった。



 年末セールということで、これを機に欲しい家電を買う人が長い列を作っていた。俺たちが並んだ後もその列が短くなる様子はない。


 レジの順番を待っていると、手に持ったドライヤーを見ていた彼女が視線を変えずに尋ねてきた。


「秋原さん」


「どうかした?」


「・・・やっぱりなんでもないです」


 彼女は何かを言おうとして、そしてやめた。俺の考えに勘付いたのではないか、その可能性がとても高かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る