第21話 人生を丸ごと信じてみる

 「ねえ。人生って何なんだろうね?」

 私は旦那が買ってきた週刊誌を読みながら、何気なく天使に尋ねた。

「何よ、急にしんみりしちゃって」

 ちょうど週刊誌の記事は、若くして亡くなった芸能人を取り上げていた。彼女は私と同じ年齢だったけれど、まだ子供は小学生にも満たないということだった。

 「いや、人の一生ってわかんないよね…と思ってさ。同じママなのにさ、こんなに若くして亡くなって、子どもたちとか大丈夫なのかな…ってね」

 それを聞いて天使は目を丸くした。まるで「何を心配しているの?」とでも言いたいような顔で私の方に視線を送った。

「あんたね~、人の心配をする前に自分のことを考えなさいよ。大丈夫に決まっているじゃない」

「でも、心配でしょ?」

「あんたって、いつも心配ばかりしてるのね。起こってもいないことばかり心配して、今をないがしろにする。不幸女の典型ね」

 また、人を不幸の代表みたいな言い方をする。本当に意地悪な天使だ。

「いい?すべてはうまく行くようにできてるの。ピンチすらチャンスなの。必要な出会いは目の前からやってくるの。それをただ受け取るだけでいい。起こることは全部必要なことだから、その流れに乗ればいいのよ」

 「ちょっと!全部、一気に言われてもわからないわよ。ちゃんと説明してくれなきゃ」

「じゃあ、まずはブルマンを淹れてちょーだい♡」

「わかったわよ」と言って、いつものスーパーの特売のお豆でコーヒーを淹れた。天使は満足そうな笑みを浮かべ、コーヒーを啜った。

 「ママ、あんたを変えた出来事って何?」

「エッ…。私を変えた出来事?」

「そう。人生を変えるような出来事とか出会いとかってあるでしょ?」

「人生を変えた出会いかぁ…、例えばうちの旦那とか?」

それを聞いて、天使は驚いた表情を見せた。

「何よ、私だって今は旦那のこと、見直してんだから。彼との出会いは私の人生を変えたと思うのよ。そんなに驚くことでもないでしょ?」

「べっ…別に驚いてなんかいないわよ。とにかく…そういう出来事や出会いをつないでいってほしいのよ」

 天使によれば、人生で起こる出来事や出会いは必然なのだという。今、起きていることはバラバラの出来事でも、過去を振り返ると必ず点と点は線になるのだそうだ。

 あの人に出会ったから、この人に出会った。この人に出会ったから、あの人に出会った。人生はまるで「わらしべ長者」のように縁を数珠つなぎにして広がっていく。

 出来事だって同じで、どんな悲しい出来事もそこには学びがあって、人間は成長していくのだと言う。

 私には、誰にも話せない悲しい過去があった。今も一人で抱えている。でも、思う。あれがあったから旦那とも出会えたわけだし、旦那と出会えたから家庭がもてた。

 どれか一つでも、パズルのピースが欠けていたら、きっと今の人生なんてなかったんだ。

 「なんか、わかる気がするよ。人生はすべて、うまくいくようにできている…か。そう思えたら、もっと気持ちが軽くなるかな」

 天使がしんみりとした表情で、コーヒーを啜る。

 「まず、ママ自身が自分の人生を信じることよ。アタシの人生は全部花マル。すべてOKってね」

「うん、それはまだ難しそうだけど。きっとそうなる気がするよ」

「そう。そしたらね、子どもたちに起きることだって、あの子たちに必要なことなんだって、受け止められるのよ。どんなことが起きても大丈夫ってね。それが信じるってことよ」

 私もコーヒーを口に運ぶ。冷めたコーヒーを思い切りよく吸い込んでみる。「ズビズビズビ」と音を立てた。天使がしかめっ面で「下品な飲み方…」とつぶやいて笑った。

 「あんた、いつもそうやって音を立てて飲んでるんだけど」

「あら、うそ、嫌だ。ママったら冗談言わないでよ。私がそんな下品な飲み方をするわけないじゃない…」

狼狽する天使を愛らしく思った。私は声を出して笑った。

「自分のことが一番わかんないよね。自分のこと、一番理解しているのは自分自身だと思っていたけど。違うなぁ、やっぱ。自分のことが一番わかんないや」

 「そりゃそうよ」と答えて、天使は居住まいを正した。

 「人間の瞳は外向きに付いてるでしょ?鏡を見ないと自分の姿すら見られない。いつもいつも目に飛び込んでくるのは他人のことばかり。だからね、意識して自分の内側を見ないと、自分のことが一番見えないのよね…」

 天使はしおらしく答えた。

 起きてもいないことに不安を抱く私って、本当にわけがわからない。でも、そんな私も私なんだ。起こることには全部意味がある。

 生まれた家庭は決して裕福な家庭ではなかった。だからこそ、似た境遇で生まれ育った旦那と惹かれ合った。翔也が学校に行かなくなったからこそ、私にはママ友ができた。きっとこれからもどんどん縁が広がっていくのだろう。

 そう思うと、人生って信じてもいいような気がしてきた。


イジワルな天使の教え11

 『人生を丸ごと信じてみる』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る