第21話決断のとき

 そして月曜日の朝。

私は一人で登校し、校門まで来た。

桜陵の生徒は皆、定規でも当てたみたいにシャンと背筋を伸ばして登校する。

そんなところにも、みんなの育ちの良さが窺えた。

休日を挟んだせいか、この学校に通うのは一人残らずお嬢様なんだと、改めて実感してしまう。

その真似をしたというわけではないけど、私も今朝は姿勢を正して歩いていた。

今日、生徒会と園芸部。桜花祭で、どちらに協力するか決めなくちゃいけない。

妹の雅子から送られた助言を頼りに、私なりに考えた結果ーー。

やっぱり気楽に・・・というわけにはいかなかったけど、素直に自分の気持ちに従うことにした。

それでも、こうだ!と決めれば、自然と背筋が伸びるものらしい。

「ごきげんよう、雅子さん」

「あっ、麗子さん!ごきげんよう」

「あら?雅子さん、どうかしたんですか?今朝はなんだか・・・」

なぜか、まじまじと観察されてしまう。

「えっと、麗子さん?私、どこかおかしいですか?」

「いいえ。なんだか落ち着いてます。すぐにでもスケッチしたいくらいですよ」

「は、はは、そんな、恥ずかしいですよ」

麗子さんにとって、私はデッサン用の彫刻を見る感覚に近いんだろうか。

相変わらず謎な人だなあ。

「ふふ、今朝の雅子さんはそれくらい凛々しいです。てっきり、もっと悩んでると思ってましたから」

「あっうん・・・そういうこと?」

生徒会とみかさんの間に立ってるのは、私だけじゃなくて、麗子さんも一緒だ。

やっぱり、麗子さんも気になってるのかな。

「ごめんね。私の決断によっては、麗子さんにも迷惑かけるかもしれないのに」

「いいんですよ、雅子さん。元はといえば、私の勘違いが原因だったんですから。それに雅子さんが、どちらに決めたとしても、私は雅子さんの味方です」

「・・・ありがとう、麗子さん」

友人の言葉に、すっと緊張がほどける思いだった。

校舎に入ったところで、今度は天音さんに会った。

「ま、雅子さん・・・」

「あっ、天音さん。ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう・・・ま、雅子さん、先日のあの事だけど」

「あの事って?ああ、ひょっとしてあの事?」

天音さんが実は・・・だという、あの秘密のことだろう。

ちゃんと秘密にしてくれてる?と天音さんの目が聞いていた。

「わかってます!約束はちゃんと守るから」

「そ、そう、だったらいいんですけど」

自分にとって藪蛇になりかねないというのもあるけど、他人の秘密を言いふらす趣味は元々ないもの。

第一、秘密の内容が内容である。人に言わないくらいのデリカシーはあるつもりだ。

「それより天音さん、みかさんのこと、よろしくお願いします」

「ええ、わたくしだって約束は・・・え?よろしくって、あなたまさか」

私はぎこちなく微笑んで、はぐらかせた。

天音さんには悪いけど、まだここで発表するべきじゃないと思ったから。

やはり伝えるべき相手がみんな揃ってる時に言うべきだろう。

そして私は教室に入る。

「ごきげんよう、雅子」

教室へ入ると、みかさんは緊張を押し隠すような微笑みを浮かべていた。

「ごきげんよう。みかさん、今日は・・・」

「ええ。昼休み、学長室へ来るようにって、さっき先生に言われたから。その話はその時に、ね」

「ええ、私もそのつもりです」

みかさんはすでに、私にとっても、本物の雅子にとっても大切な友人だ。

麗華さまの圧倒的な存在感を前にしても、揺らぐことがないくらい。

けど、それでも選ぶのはどちらか片方だけ。

・・・あの人は今、どんな気持ちでいるだろう?あの人でも、ドキドキしたりするんだろうか。

気がつくと私は、その人のことばかり考えていた。


 お昼休みになった。すでに、みかさんの姿は見えない。

どうやら、チャイムと同時に教室を出たらしい。私も学長室へ行かないと。

でも、こういうのなんだか緊張するなあ。

どちらを選ぶのか、はっきり言葉にしなくちゃいけないのだから。

「いよいよ、雅子さんも行くんですね」

麗子さんが話しかけてきた。

「う、うん。みんな待ってるはずですから」

「そうですか。なら、その前に、一度深呼吸してはどうでしょう?」

「え、深呼吸するんですか?すぅーー・・・はあ〜〜、これでいいんですか?」

「それと、手のひらに人という字を3回書いて飲み込むのもいいですよ」

「えっと、麗子さん?私が緊張してると思ってます?」

「はい、雅子さんはすぐ顔に出ますから」

「ううー、私、そんな見てわかるくらい緊張してますか?」

「ふふ、ええ。でもそこが雅子さんのいいところですから、頑張ってきてくださいね。雅子さん、ファイトっ」

「う、うん。ありがとう、麗子さん」

なぜか、応援を背に受けて教室をあとにする。

「すぅーー・・・はあ〜〜、すぅーー・・・はあ〜〜。よ、よし」

学長室の前で、もう一度深呼吸をして気合を入れ直した。

コンコンッ

「どうぞお入りなさい」

「し、失礼します」

そして私は中に入る。

「遅かったわね、雅子」

「れ、麗華さままで、もう来てたんですか?申し訳ありません、お待たせしてしまって」

「いいのよ、私達が早く来すぎただけだから。それより・・・」

麗華さまは爪先から髪の毛の先まで、視線で舐めるように眺めてきた。

やがて、私の襟とタイに手を伸ばして、形を整えられてしまう。

「あっ、すいません。形、おかしかったですか?」

「いいえ、そういうわけじゃないけど、大人しくしてなさい?」

「は、はい、でもだったら、どうしてでしょう?」

「そうね、特に理由はないわ。あえて言うなら、あなたの形を確かめたかったのかしら?」

「は、はあ」

「それとも、お気に入りのものへ手を触れるのに、理由が必要なの?」

「麗華さま、それって・・・」

「コホンッ、2人とも学園長先生がお待ちですよ」

みかさんが間に入ってきた。

「あら、これは失礼しました」

頭を下げつつも、悠然と脇へ退く。代わりに学園長先生が前へ出てきた。

「ご、ごきげんよう、学園長先生」

「ごきげんよう雅子さん。さて、用件はわかっているわね。さっそく聞かせてもらっていいかしら?あなたは桜花祭で、生徒会と園芸部、どちらをお手伝いするつもりなの?」

学園長先生の後ろで、みかさんはうつむいて表情を隠した。

麗華さまはほんの一瞬、感情のさざ波に瞳を揺らしたものの、視線をそらさなかった。

答えはもう、決まっている。今朝、教室へ着いてからはずっと、その人のことばかり考えていた。

私は背筋を伸ばすよう努めた。

私は・・・私は・・・

「生徒会のお手伝いをしたいと思います」

「っ!?」

みかさんが反応した。

「ふぅ〜、・・・当然ね」

麗華さまが頷く。

「そう。一応確認するけど、それは次期生徒会長に立候補するということかしら?」

学園長先生が尋ねる。

「い、いえ、すみません。そういうことじゃないんです」

「どういうことかしら?私に協力するということは、生徒会長になるということでしょう」

「でも、それは確か、勝負で生徒会が勝てばって条件でしたよね?情けない話ですけど・・・私の力が勝敗を左右するとは思えませんし」

「そ、そうかもしれないけど、あなたねぇ」

「ごめんなさいみかさん。私はただ、勝負とか生徒会長になるとか、そういうのを抜きにして、ただ、麗華さまのお手伝いができたらって。それだけなんです」

しばし戸惑うような沈黙が流れた。

「・・・まあ、なんとなく言いたいことはわかります」

「学園長先生!いいんですか、こんなので?」

みかさんが学園長先生に尋ねる。

「本人がそう言ってるわけだから。雅子さんはそれでいいのね?なんだか結論を先延ばしにした上、自分で自分の首を締めてるようだけど」

「あうっ、すいません・・・でもそれが、私の結論ですから」

「まったく、仕方のない子ね。けど、私の所へ来てくれるということに、変わりはないはずね?」

「はい、それはもちろん」

「わかりました。ではそういうことで・・・みかさんもいいわね?」

「・・・はい。雅子がそう決めたのなら」

「よろしい。ではみなさん。今年の桜花祭、楽しみにしていますよ」


 そして、学長室を出てまず、私はみかさんに頭を下げた。

「ごめんね、みかさん」

「いいのよ。ちょっと驚いたけど、気にしてないわ」

「でも園芸部のこと、なんだかみかさん一人に責任を背負わせたみたいで」

「そんなの、雅子のせいじゃない。それに天音さんを連れてきてくれたのも、雅子でしょう?まあ、あの人、役に立つのかわからないけど」

「う、うん。でも根は真面目な方だと思うから」

「はは、冗談よ。それより面白くなってきたと思わない?麗華さまとの勝負、私、すごく楽しみだわ」

「えっ、そうなの?」

「もちろん。園芸は勝ち負けじゃないけど、こんな機会、あなたがいなかったら、きっと一生訪れなかったわ。だから雅子には感謝してる。本当よ?」

「みかさん・・・」

「それより明日からは敵同士なんだから。やるからには容赦しないからね、覚悟しときなさいよ〜」

前向きだなあ。本当は私より、みかさんの方が全然、生徒会長向きじゃないかな?

「相変わらず、仲がいいのね」

「あっ麗華さま、これからよろしくお願いします」

「私の方こそ改めてよろしくね、雅子。ふふ、でも本当は園芸部のスパイなんじゃないの?」

「そ、そんなことしませんよ!さっきもお話した通り、私は純粋に麗華さまをお手伝いしたいだけです」

「あら、嬉しいわ。もしも、それが本当だったら」

「むぅ、また意地悪なこと言って・・・私がお手伝いしなかったら、他にはもう生徒会のお手伝いしようって子はいないと思いますよ!」

「ふふ、冗談よ。でも雅子もなかなか生意気を言うようになったわね。それとも、最初からこうだったかしら?」

「た、確かに出会った時から、いろいろ、失礼なこと言ったような気もしますけど」

「ええ、私のことを誰か知らない、下級生に説教をされる。私にとっては、かなりの衝撃だったわね」

「あうう」

「いいのよ、別に気にしなくて」

「・・・本当にそう思ってますか?」

「当然でしょう?それであなたが欲しいと思ったんだから。だからね、あなたが私の手伝いをしたいと言ってくれて嬉しかったわ。ありがとう、雅子」

素直に礼を言われたのが気恥ずかしく、ついうつむいてしまう。

なんだか、頬が火照ってるみたい。

麗華さまは苦笑なさって、また意味もなく襟を直してくれた。

この人のために頑張ろう。そう、決意を新たにした。

「麗華さま、こうなったら絶対に勝ちましょうね!」

「あら、生徒会長にはならないんじゃなかっはたの?」

「そ、それはそうですけど、でも・・・麗華さまが勘当されるのは、絶対に嫌ですから」

「・・・・・・」

麗華さまはパチパチと二度、不思議そうに瞬きをした。

「どういうこと?」

「何をおっしゃってるんですか!桜花祭で負けたら麗華さま、九条家から勘当されちゃうんですよね?」

麗華さまが負ければ、生徒会長の引き継ぎに失敗したも同然だろう。

まだ私が引き継ぐかはわからないけど、せめて言い訳が立つような結果を残してあげたい。

なのに当事者である麗華さまは、変な顔で私を見ている。

「そうなの?初耳だわ」

「え?だ、だって・・・」

「そういう約束があるなら、私が知らないはずないでしょう。いったい誰なの?そんないい加減な話をしたのは」

「それは・・・ま、まさか!?」

「やあ、やあ、我が桜陵生徒会へようこそ!歓迎するよ、斎藤雅子くん」

・・・・。

諸悪の元凶は、実に愉快そうに登場した。

どうやら麗華さまも私の態度で、犯人がわかったらしい。

「美鈴、やっぱりあなただったのね」

「あれ、どうしたの麗華?怖い顔して」

「雅子に嘘をついたでしょう?私が勘当されるなんて」

「えー、そんなこと言ってないわよ。私はちゃんと、勘当される"かもしれない''って言ったじゃん」

「ええっ!?なんですか、それ?いい加減過ぎます!」

「ちょっと、ちょっと、自動車の運転でもさ、かもしれない運転が重要だって言うじゃん?たぶん大丈夫だろう、なんて甘い見通しが事故を生むわけ。ひょっとしたら、危ないかもしれない、と意識することで、安全平和な世の中が築かれていくわけよ」

「関係ないにも程があります!わ、私は麗華さまがピンチだと思ったから」

「雅子が純粋に手伝いたいと言ったのには、そういう裏があったのね」

麗華さまでさえ、頭痛を抑えるようにこめかみへ手をやる。

「でもさ、結果オーライなんだからいいじゃん。雅子ちゃんも麗華が大事なのは変わりないわけでしょ?」

「全然よくありません!ねぇ、麗華さま?」

「そうね、利用されたようで腹立たしいわ」

「ですよね!もっと言ってあげてください」

「これで結果が伴ってなければ、あなたでも許さないところよ、美鈴」

「は?ど、どういうことですか?」

「雅子が私のものになったのだから、この件は良しとしましょう。美鈴の言うとおり結果オーライよ」

「ええッ!?」

こういう時の麗華さまは、腹黒い政治家のようだ。

美鈴さまはそんな麗華さまの肩に腕を回す。

「ふふん、さすがは麗華、話がわかる。そういうところ、好きよ?」

「よしなさい。それより雅子。いったん決めたんだから、放課後はちゃんと生徒会室へ来ること。いいわね?」

「今日からいよいよ、桜花祭の準備を本格的に始めていく予定だから、遅れちゃダメよ、雅子ちゃん」

そう言い残してお二人は去って行った。

「そ、そんな・・・お二人とも酷いですよぉ」

ひょっとして私、早まったの・・・かも?

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