第19話天音さんの秘密

 お昼になっても、みかさんは相変わらず園芸部のことで悩んでるみたいで、私が話しかけても空返事ばかりだった。

麗子さんも心配して、心当たりをあたってみてくれたけど、やっぱり麗華さまを恐れて協力してくれる生徒は現れない。

どうしよう・・・何とかしたいけど、私が頼れそうな子はあの2人しかいない。

でも昨日2人を巻き込まないって決めたばかりなのに、そう簡単に誘うのは・・・

「そういえば雅子さん、今日は中庭の方には行かないんですか?」

麗子さんが私に話しかけてきた。

「え、ええ。中庭はもう・・・」

「はあ・・・」

ため息をつきながら、みかさんは相変わらず意気消沈している。

みかさん・・・

「あ、あの。やっぱりちょっと行ってきます!」

「ええ、行ってらっしゃい」

みかさんがあんな調子じゃ、もう桜花祭でお手伝いとか、やってる場合じゃないよ。

あの子たちに話だけでもしてみよう!

中庭に着いてすぐ、いつものテラスを調べてみたけど、水純の姿はなかった。

あ・・・私、なにやってるんだろう。

昨日、もうここには来ないと言ったばかりなのに、ここにいるわけないじゃない。

きっと加奈子ちゃんと教室でご飯を食べてるんだ。教室に行かないとーー。

「あれ」

その途中で意外な人物を見かけた。

天音さん・・・

こんな時間にお供の人を引き連れて、どこに行くのかな?

「ほ、本当にやりますの?天音さま」

「何もここまでしなくとも。もう生徒会の勝ちは確定なのですから、いいではないですか」

取り巻きの子たちが天音さんに何かを言っている。

「いいえ!麗華さまに逆らうものには、徹底的に思い知らせてやる必要がありますわ!」

い、今の会話、どういうこと?

天音さんたちが向かった先は温室・・・

何だか嫌な予感がする!

私は慌てて後を追いかけた。

「ふふ・・・ふふふふふ。これさえ埋めてしまえば、きっと来月には大変なことになって、生徒会の勝利は確実ですわ!」

「ああ、いいのかしらこんなことして・・・」

「でも、天音さまには逆らえないですし、やるしかないですわ」

天音さんたち、庭に何か埋めた?しかも来月には大変なことになるって・・・まさか除草剤でもまいたの!?

だとしたらまずい!早く止めに入らなきゃ!

私はすぐに立ち上がり、天音さんに迫ろうとしたその時、取り巻きの人たちの口からとんでもない事実が聞こえてきた。

「でも、ヒマワリって、そんなにすぐ咲くのかしら?」

「さあ?季節も季節ですし・・・まあ、天音さまが納得してるんだから、いいのではないの?」

「ヒ、ヒマワリぃ!?」

私は意外な展開に思わずこけそうになった。

「おほほほほ!桜花祭で咲き乱れるビッグなヒマワリを見て、慌てふためく雅子さんが見ものですわ!」

あ、天音さん、冗談で言ってるんじゃないんだ・・・

ヒマワリなんて生えてきても、抜いちゃえば終わりだし、それに生えたところで別に困らない。

天音さんって、こういうマヌケなとこがあるから、なんか憎みきれないのよね。

でも流石に温室に悪戯したことは許せないから、ここはちゃんと捕まえなきゃ!

「天音さん!何してるんですか!」

「ま、雅子さん!?」

「ひっ!きゃああああーっ!」

取り巻きの子が叫んだ。

「へ?あ、ちょっと!」

と、取り巻きの人たちが逃げた!?

「ま、待ちなさい!わたくしを置いて逃げるなんて、何を考えてますの!!」

天音さんはそう言いながら駆け出した。

「あ、天音さんまで!まずいわ、追わなきゃ!」

私は急いで後を追いかけた。

「ひいっ!ひいっ!」

「くっ!に、逃しませんよ天音さん!」

そして私達は走りながら校舎の中まで来た。

「ど、どきなさいっ!邪魔ですわっ!!」

「きゃああああっ!」

天音さんは廊下にいる生徒を避けながらものすごい速さで逃げる。

「はあっ、はあっ!は、速い!なんで!?」

先に逃げた取り巻きの2人はともかく、本当は男の私が全力で走ってるのに、天音さんに全然追いつけない!

あ、天音さん・・・陸上の選手にでもなったほうがいいんじゃない?

なんて考えてる場合じゃないかーー!

「ひいっ、ひいっ!ど、どうして雅子さんがこんなに速く・・・っ!」

「止まりなさい天音さーん!」

「ひいいー!はあ、はあ・・・も、もう・・・!」

「はあっ、はあっ!あ、天音さん、覚悟ッ」

やっと追いついたその時だったーー。

「なんなの、騒がしい。天音、あなたが騒いでいるの?」

「あっ!れ、れれれれ麗華さまっ!ち、ちが!」

突然現れた麗華さまに驚いた天音さんが、慌てて反転する。

「わわわ!あ、危ないッ!?」

だが、そこには全力疾走で追っていた私がいたわけで・・・車は急に止まれない。もちろん人だって、それは同じ。

ドーンッ!!

見事なまでの正面衝突。

私達はもつれあいながら、激しく廊下に体を叩きつけた。

「いったぁ〜っ」

「いたたたた・・・っ」

「ちょ、ちょっと今、凄い音したけど大丈夫?」

音を聞きつけて美鈴さまもやってきた。

「は、はい。なんとか・・・」

うう、頭がくらくらする・・・お星様が飛んでるよ。

それでも衝突でウィッグが外れていないか、素早く状態を確認しつつ、私はとにかく立ち上がろうと腕を伸ばした。

その時ーー。

ムニュっ。

「えっ!?」

偶然掴んだ天音さんの股間の感触をーー私は生涯忘れないだろう。

「ひっ!ま、雅子さんあなた!」

「え、えっ?ええええっ!?」

天音さんの股間にある、長くて太くて生暖かい感触・・・

こ、これ触った事がある。私にもついてるヤツだ!で、でででも、それがどうして天音さんに!?

「あ、あの、これは違います!そ、そそそそのっ!」

「いや、でもこれは絶対に・・・ああっ!もしかして会長になる資格がないって、そういうこと!?」

「ちちち違います!これは何かの間違いですわ!」

慌てふためく天音さん。

「ちょっと、2人とも何の話をしているの!?あなた達のせいで学園は大騒ぎよ。納得のいく説明をしてちょうだい!」

「うっ、そ、それはその・・・」

そして、美鈴さまが。

「さっきから逃げ回ってたこの子たちも、関係あるのよね?」

「あ、天音さまぁ〜」

「うう、捕まりましたぁ」

美鈴さまは猫の首をつかむように、取り巻きの2人を連れてきた。

「あ・・・」

それを見て私も最初の目的を思い出した。

あまりの衝撃にすっかり忘れてた。

私、天音さんに文句を言いにきたんだ。

「うう、違いますの。勘違いよ・・・」

「雅子、説明!」

「は、はいっ!」

放心している天音さんに代わって、私は温室で起こったことを細かに説明した。

天音さんが生徒会を勝たせるために、温室の庭にヒマワリの種を埋めたこと。

私はそれを注意するために学園中を走り回っていたこと。

決してそれは、遊び本意ではないということ。

さすがに天音さんが男だというのは伏せておいたけど、残りすべてを話し終えると、麗華さまは静かにため息をついた。

「なるほど。事情はわかったわ。そういうことだったのね」

麗華さまは天音さんに近づくと。

「天音!とんでもないことをしてくれたわね!桜花祭を前にして温室に悪戯をするなんて、何を考えてるの!?」

「ひっ!」

麗華さまの激しい怒りが天音さんを打った。

私に正体がバレてから、ずっと放心状態だった天音さんだが、その迫力にたじろぎにして涙目になる。

び、美人が怒ると怖いとは言うけれど、麗華さまの怒りは別格だ。

冷たさと侮蔑が混じった怒りの表情は、傍らで見ている私でも逃げ出したいくらい怖かった。

集まっていた野次馬の生徒たちも、その恐ろしさに体を震わせている。

その怒りを直接受け止めている天音さんは、みるみるうちに顔を青くした。

「あ、あの、麗華さま違うのです。わたくしは麗華さまの為にと思って、ですから・・・」

「そんなこと私は頼んでないわ。いいえ、むしろ一番やって欲しくないことよ!あなた達はいつもそうよ。私のためだなんて言って、勝手なことばかり・・・天音!それに取り巻きの2人!」

「ひっ!」

「は、はい!」

「あなた達、指導室へ行きなさい!学園長先生には私が話をしておきます」

「えっ・・・指導室って!」

「そうよ。ご両親を呼ぶことになるでしょうね。でもあなた達がやったことの罪の重さを考えると当然よ。覚悟なさい!」

「う、嘘・・・」

「い、嫌です。呼び出しだけは、どうかお許しください!」

取り巻きの2人は、そんなに両親を呼ばれるのが嫌なのか、涙を流しながら麗華さまに懺悔している。

すがるような目つきで瞳を潤ませ、体は見ててかわいそうになるくらい震えていた。

よく考えたらヒマワリの種を埋めただけなんだから、親まで呼び出すほどじゃないと思うけど・・・

「あの、麗華さま。2人とももう十分に反省してるようですし、もうこれで許してあげてはどうでしょうか?」

「ダメよ。今回はヒマワリだったからよかったけど、これがもし除草剤だったらどうするの?こういう子達には、徹底的に自分の犯した罪の大きさを思い知らせないと、また同じことをするわ。特に天音!あなたには再教育が必要ね!」

「ううっ・・・麗華さま、わ、わたくしはこんなつもりでは・・・!」

わああ!あ、天音さんまで泣きだしちゃってる!

どうしよう、ここまで大事になるなんて思わなかった。

もう3人は明日にも退学させられんばかりの勢いだ。

集まった生徒たちからも憐れみの眼差しを向けられている。

うう・・・さすがにかわいそうだな。

でも助けてあげようにも、麗華さまがやる気満々だし、どうすれば・・・

「な、何ですかこの騒ぎ・・・」

「みかさん!?」

「ちょうど良かったわ。一番の被害者はみかですものね。さあみか。あなたも一緒に指導室へ来なさい。この子たちには十分な謝罪をさせるわ」

「うっ、ぐすっ・・・ぐすっ・・・」

「も、申し訳・・・ひっく、ありませんでした・・・」

取り巻きの子たちが泣きながらみかさんに謝る。

「え?え?なにこれ?」

まだ事情を読み込めていないみかさんが、頭上に?マークを浮かべている。

仕方ないので、みかさんにも今までの経緯を簡単に説明した。

温室に悪戯されたことを知ると、さすがにむっとした様子だったけど、最後は苦笑いを浮かべていた。

「うーん。たしかにやったことは最低だけど、呼び出しまではねぇ・・・」

「みかさん、何とかならないですか?」

「何とかって言われても、謝罪以外で何をーーあっ、いいこと思いついたかも!」

「おおっ!さすがみかさん!」

「麗華さま、学長室に行くのは待っていただけますか?私に謝罪するなら、先生に叱っていただくより、別の方法で償っていただきたいんです」

「・・・どういうこと?」

「はい、実はですね・・・ちょっと恥ずかしいんですけど、今園芸部は人手不足なんです。だから3人には謝罪より、園芸部を手伝ってもらう方が助かるから、それで今回のことは無しにしませんか?」

「み、みかさま!」

「ありがとうございますみかさま!」

取り巻きの2人はみかさんの提案に喜び、その場でお互い抱き合った。

しかし麗華さまはちょっと不満げに口をとがらせている。

「でも、こういう子にはもっと厳しい罰を・・・」

「麗華さま、今回の件の被害者は私です。生徒間の揉め事は両者の合意があれば、それで問題ないはずですよね?」

「・・・・・」

麗華さまはため息をつき、仕方ないわねと肩をすくめた。

良かった。みかさんの機転で何とかいい方向で終わりそうだ。

園芸部のお手伝いも見つかって、まさに一石二鳥。

これで一件落着ね!

「だ、誰が園芸部なんて手伝うものですか!」

「なーーあ、天音さん!?」

もう誰もが決着を見ていたその時ーー。

天音さんが空気を読まずに気勢をあげる。

「わたくしは園芸部を手伝うくらいなら、退学になっても構いません!生徒会と勝負をするなんて絶対に嫌です!」

「天音、あなたいい加減にしなさい!」

「嫌です!もうこうなったら意地です!麗華さまに何を言われようと、わたくしは雅子さんの利になるような真似はしません!」

「んー・・・困ったねぇ」

美鈴さまが呟く。

誰もがうんざりと息をついた。

誰も退学なんて、殺伐とした結末など望んでないのである。

みかさんの提案に乗るのが、一番丸く収まるのに。

もうこうなったら仕方ない。

使いたくなかったけど、最後の手段に出るとしよう。

「天音さん」

「な、何ですの?わたくしはあなたの言うことだけは、絶対に聞きませんわよ!」

「そうですか、でもあんまりワガママ言ってると・・・スカートめくって、大事なものがついてるのバラしちゃいますよ?」

私は耳元で小さな声で囁いた。

「んんっ!?ゴホッ!ゴホッ!」

「な、なになに?どうしたの天音さん?」

みかさんが尋ねる。

「い、いえ!べべべ、別に何でもありませんわ!」

「そうそう。ただ私の言うことに納得してくれて、天音さんも手伝ってくれるそうですよ」

「えっ!それ本当?」

麗華さまが驚きの声をあげた。

「なーー雅子さんあなたッ!」

「そうですよね?あ・ま・ね・くん?」

「天音くん?」

美鈴さまが聞き返した。

「いやっ!そ、それはそのっ!ううっ!わ・・・わかりましたわ雅子さん。え、園芸部のお手伝いをします。やればいいんでしょ!」

「えー?私は嫌なら別にいいんですけど。嫌々ですかぁ?」

私は自分のスカートをチラチラめくりながら天音さんを見た。

「い、嫌々だなんてとんでもありませんわ!や、やります!い、いえ、やらせてください!全力で頑張らせていただきますぅ〜!」

「そうですか、ありがとう天音さん」

「おーっ、すごいすごい!雅子ちゃんが天音ちゃんを説得しちゃったよ!」

「素晴らしいわ。私が言っても聞かなかったのに、やっぱり雅子は会長の素質十分ね」

「ありがとう雅子、本当に助かったわ」

「い、いやぁ、それほどでもないですよ。私はただ誠意を持ってお話しただけで。ですよね天音さん?」

「は・・・はい。わたくしはもう、雅子さまの奴隷です。ど、どうか好きなようにご指示を・・・ふふふ・・・」

あ、あれ?ちょっと刺激が強すぎたかな?

軽く放心状態になってる。

「ふふふ、ふふ・・・」

それにしてもどうして天音さん、男なのにここにいるんだろう?

まさか私と同じ理由ってことはないだろうけど、それだけは気になるなぁ・・・




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