第5話:ハズレの勇者

 この世界の都市は、ファンタジー世界ながらわりと近代的だ。

 たとえば王都オイコットならば、上下水道まで配備されている。

 機器の動力として魔力が使用され、道には簡易な車も行き交い、湯沸かしする機器や、扇風機のような機器まで存在していた。

 一言で表せば、住人はかなり文化的で豊かな生活をしているのである。


 対して、イストリア王国のはずれにあるとはいえ、プニャイド村は今まで見た中でもっとも貧困に見えた。

 どの木造の建物も、扉が壊れていたり、壁に穴が空いたりと、どこかしら破損している。

 だいたい住人が着ている服も、かなりぼろい。

 村に入ってから、少し鼻をつくにおいも強い気がした。


(これはひどいですね……)


 そんな貧困な村の中を豊かな胸に挟まれたまま進み、とりあえず一番大きい村長の家まで連れて行かれた。

 ここは他の建物と比べると、かなりましだった。

 少なくとも壁に穴が空いたりしていないし、清潔感もある。


(さて。なにが始まるのやら……)


 もうこうなれば流れに任せるしかないと、ロストは案内された応接室のような部屋で待っていた。


「お待たせしましたミャ! お食事をお持ちしましたミャァ~」


 するとしばらくしてやってきたのは、女の子たちに運ばれた食事だった。

 飾り気のない、古びたテーブルの上に赤いクロスが敷かれて、そこに並べられたのは【イストリア・ピッグのステーキ】という、要するにトンテキみたいな料理。

 それに野菜と茸の炒め物と、【イスティア・ブレッド】と呼ばれる、大陸東のイスティア地方のパンであった。

 ちなみにイスティア・ブレッドの見た目は食パンであるが、少し固めの食感だ。

 それに具材のない、熱い野菜スープである。


 どれもロストがゲーム中なら食べたことがある、けっして贅沢ではない料理ばかり。

 だけど、目の前に並べられた瞬間、ロストは感動していた。

 そして、改めてこれが現実だと実感していた。


(香りが違う……)


 もちろん擬似的な香りはゲームでもしていたが、「香りがしている」という感覚だけだった。

 ところがここでは、現実のように香りを鼻から体へとりいれている感じがしたのだ。


「おいしいです……」


 そしてなんといっても、実食した時に大きく違った。

 ゲームだと味の疑似再現まではあったが、喉を通って落ちていくような感触までは存在していなかった。

 しかし、ここでは食道や胃から伝わるスープの熱さえも感じられる。


 さらに食べ始めてみて、ロストは自分がかなり空腹だったことに気がついた。

 今までいろいろとありすぎて、それに気がつきもしなかったし、そもそもゲームには空腹感など存在しなかったということに起因しているのかもしれない。


(僕も……この世界で生きている……んですね……)


 どこか感動しながら、ロストはつい夢中になって食事を摂ってしまった。

 しかも、かわいいチャシャ族の女の子たちが、葡萄酒を注いでくれて、甲斐甲斐しく世話をしてくれるのだ。

 気分よく食べてしまっても仕方ないだろう。


「勇者様、お食事はいかがですかな?」


 しかし、再び現れた村長のニヤリと笑った顔を見たとたん、ロストは動きを止めて顔を青ざめさせた。

 自分の今の立場を思いだしたのだ。


(し、しくじりました……つい……)


 これが色香だけのハニートラップならば、ロストが罠にかかることもなかっただろう。

 しかし、転生後の初めての食事というインパクトは強力だった。

 色欲には惑わされないけど、食欲には勝てなかったのだ。


「我が村で今できる最大限のおもてなしが、この程度で申し訳ございません」


(そ、それはそうですよね……。この村の貧しい雰囲気、どう見てもみなさんあまりまともな食事にありつけていませんよね)


 そんな状態で1人、がっつり食事してしまったわけである。


(すでに断れる雰囲気じゃないですよね、これ)


 むしろ、こういう雰囲気を意図的に、目の前の老獪が作りだしたというべきだろう。

 元NPCとは思えない手練れである。


 ロストはあきらめて最後のスープを飲み干し、横にあったナプキンで口を拭くと村長に話の口火を切る。


「この村を助けて欲しいと言っていましたけど、なにからでしょう?」


 とりあえず、聞いてみるしかない。

 もしかしたら、簡単なクエストかもしれない。

 そう一縷の望みをかけて、ロストは村長に席へ着くよううながした。


「失礼いたします、勇者様」


 席に着いた村長の左右には、護衛なのか牽制なのか、チャシャ族の若い男子が腰に剣を携えて立っていた。

 さらにロストの左右には、先ほどから世話してくれている女の子たちもいる。


(勇者様と言いながら……ていよく囲まれていますよね、これ)


 もちろん逃げようと思えば簡単に逃げられるが、乗りかかった船である。

 食事の礼ではないが、話を聞くぐらいはいいだろう。


「それで?」


「実はこのプニャイド村は、大地主であるシャルフ様の土地なのです」


 このゲームで初めて聞く「大地主」という単語に驚きながらも、ロストは話をうながす。


「その人は、どちらにいらっしゃるので?」


「森の東側にある屋敷に住んでいらっしゃいます」


「森? あの危険な森を通ってくるのですか?」


 ロストの脳裏に、あのでかいアリの魔物が浮かんでくる。

 レベル60のモンスターがいる森をソロで行き来するには、最低でもレベル60、安全性を見ればレベル70以上は必要なはずだ。


「いえ。森の東側はシャルフ様の土地ですから」


「どういうことですか?」


「シャルフ様は、ご自分の土地に魔物を寄せつけないスキルをおもちなのです」


「ほう。そんなスキルが……」


 ロストはスキルの情報に関して集めまくっている。

 ハズレスキル好きとしては、どんなスキルがあるのか、もれなく詳しく知りたいからだ。

 しかし、そんなスキルは聞いたことがない。


(そもそも「土地を所有する」ということは、プレイヤーに許されていな――あっ!)


 そこまで考えて思いだす。

 次のバージョンアップで、自分の土地や家がもてるようになるとあったはずだと。


(あの神様、未実装の要素までとりいれている? ああ、だからこのエリアも……。ゲームバランスの検証、ちゃんとしましたか、神様)


 確かにこの世界で暮らしていくには、家が必要になる。

 だから自宅が所有できるシステムの導入はわかるのだが、ロストには不安しかない。

 50万人のプレイヤーが住めるだけの土地が、都市内に用意されているとは思えないのだ。


(全ユニオンが購入できるだけの金をもっているわけではないでしょうが、中には個人の所持金で購入できる者もいるはず。たぶん土地は足らなくなり、争いが……)


「それで、そのシャルフ様なのですが」


 頭を抱えるロストを無視して、長老は話を続ける。

 ロストは、仕方なく懸念事項を頭の隅に追いやった。


「大変に強欲な方でして、我々から地代として大量の食料を徴収するようになられたのです」


「……なられた? つまり前は違ったと?」


「はい。シャルフ様の父親で前大地主様のシュール様がご存命の時は、そんなことはありませんでした。ところが、10年ほど前にシュール様が亡くなったあと、跡継ぎのシャルフ様が段々と暴利を貪るように……。今ではとうとう、食料がないなら若い村人を労働力としてさしだせとまで……」


「なるほど。領主はなにもしてくれないのですか?」


「昔と違い、恐ろしい魔物が棲まうようになった森の中にある、このような小さな村のことなど、国も領主様もすでに見捨てておいでのようで」


 見捨てられた村。

 そんなものを一介の冒険者にどうにかできるとは思えない。

 いったいなにをさせるつもりなのかと、ロストは逆に興味がわく。

 もしかして、魔王たちを斃した【八大英雄】の1人でも連れてこいというお使いクエストだろうか。


「それで僕にどうしろとおっしゃるので?」


「はい。お強い歴戦の勇者様の話であれば、シャルフ様も耳を貸すと思うのです。ぜひ、シャルフ様をいさめて欲しいのです」


「…………」


 ロストは黙考を始める。

 まさか、とくるとは思わなかった。

 つまり説教をするということだ。

 そこまではまだいいだろう。

 問題は、その次の展開である。


(見ず知らずの僕が説教して「わかった。反省する。もう暴利を貪らない」と素直に言うことを聞くキャラとは思えないわけですよ、その大地主様……)


 当たり前である。

 その程度で言うことを聞いてくれるなら、この村人たちの訴えにも応じたはずだろう。


(つまり言い争いになって、流れ的に戦闘ですよね……)


 そうなった時、ロストには2つのリスクが考えられた。


 まず、リスク1。

 たぶん、強い。

 それもソロでは絶対に勝てない強さのはずである。


 現在のWSDのレベルキャップは50。

 つまり、レベル50を超える人はいない。

 ロストももちろん、50でとまっている。


 しかし、この森にいる魔物はレベル60である。

 そして先ほどクエスト情報を確認してみたが、このクエストは「ソロ用」となっていた。


 ソロでたおせる魔物は、+5までというのがWSDの常識だ。

 レベル上げ相手なら、同レベルの魔物と戦うのが安全というバランスである。

 ロストは先ほど、スコーピオン・アントという+10レベルの差の魔物をたおしたが、普通はパーティープレイでたおすレベルだ。


(ソロでこのエリアに来られるのは、レベル60になった頃が想定されているとして。すなわちこの森は、レベルキャップが60になった時に開放されるエリアだったと仮定できます。すると、予想される敵ボスのレベルは65ぐらいですね)


 さすがのロストも、15レベルも上の敵を斃す自信はない。

 唯一、レベル50で勝利する方法は、誰かにヘルプを頼むことだ。

 このゲームはソロ用と書いてあっても、バトル等を手伝ってもらうことに規制はないというぬるい仕様となっている。

 手練れ1パーティー(6人)ぐらいそろえれば、なんとかたおせるであろう。


 だが、もう1つのリスクの解決手段がわからない。


 それは地主のという謎のスキルの存在だ。

 大地主シャルフをたおしてしまったら、そのスキルが失われて、この村が森の魔物に襲われてしまうかもしれないのだ。

 そうなったら、まず1人では守りきれない。

 パーティーで守るにしても、ずっと戦っていられるわけではない。


(ふむ。逆に考えると、これは大地主様をたおさずになんとかするクエストの可能性があるということですね。パターン1、説得できなくても戦闘にならずクエスト失敗になる。パターン2、戦闘である一定ダメージ以上で降参して改心する。その他だと……うむ。待ってくださいよ)


 ロストは先ほど村長が言っていた言葉を思いだす。

 確か「歴戦の勇者様の話であれば、シャルフ様も耳を貸す」と言っていた。


(逆に言えば、「歴戦の勇者」の資格がある者が、諫めればクエストクリアになるということではないでしょうか?)


 そしてその資格はなにかと考えれば、ロストは1つしか思いつかない。

 この森をソロで抜けられるほどの勇敢なる者。

 それはすなわち、歴戦を経てレベル60にたどりついた者こそが、「歴戦の勇者」という可能性が高い。


「えーっとですね。僕のレベル、まだ50なんですよ」


 とりあえず、ロストは自分のレベルを伝えてみる。

 しかし、村長には不可解な顔をされてしまう。


「はぁ……。申し訳ございません。レベルを聞いても強さがよくわからぬのですが、50というのはさぞかしお強いのでしょうなぁ。うちの若い者の中にも、魔術スキルが使える者がおりますが、せいぜいレベル5程度ですからのぉ」


「いえ、そのですね……。大変申し上げにくいのですが、レベル50の僕はあなた方の言う『歴戦の勇者』ではないんですよ」


「なにをおっしゃいますか。でございます」


 ロストは自分の推測が正しかったと確信し、同時にがくりと肩を落とす。


(やはりこれ、受注条件がレベル60なのでは。そしてキャンセル方法がないということは、きっと必須クエストの類。テスト中のクエストが実装されたせいで、無条件に受注できてしまったとかですね、これ)


 ロストはほとほと困る。

 このまま進めては、予想外の事態になりかねない。

 少なくとも戦力をそろえて戦闘に備える必要がある。

 しかし、このようなリスクのある戦闘に参加してくれる仲間など彼にはいなかった。

 そうなれば、今の彼にはクリアできないことになる。


(現実世界になった以上、受注したまま放置してもなにが起こるかわかりませんし、キャンセルしたいところですが、どうやれば――あっ! そうでした。現実なら方法はありますね)


 相手はもうA.I.の管理するNPCではなく、自分たちと同じ人間である。

 ある程度の縛りがあるとしても、自由に会話できるし、自由に動けるはずだ。

 ならばキャンセルというシステム的な仕組みを使わなくても、彼らに自らあきらめてもらうことはできるかもしれない。

 話し合いで解決という方法が使えるはずだ。


「大変申し訳ないのですが、僕はなにも強いスキルを覚えていないのです。ここに来られたのも、たまたまでして」


「またまたご冗談を。弱いスキルだけではあの森の魔物はたおせませぬ」


「いやいや本当なんですよ。僕のスキル、ほらこんな感じで……」


 ロストは、フォルチュナに見せた時と同じように、【ビュー・プロフィール】を実行して、スキル一覧を表示させる。

 そしてそこにある、彼自慢の最高にスキルの一部を村長に見せつけた。


「…………」


 とたん、村長と若者4人の口が、ぽかーんと開きっぱなしになった。

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