第8話 とおい距離

 通話ボタンを押してコールが出るのを待つ。

 コール音が鳴る中、病室の外を眺めてため息をつく。

 わたしが倒れてから1ヶ月経った。

 最初は風邪かと思っていたのだが、実は心筋炎に移行してしまっていて、ゲームをプレイしていた時に、激しい胸の痛みが走り、わたしは気を失ってしまった。

 そのあと、気づいたら近所の病院に運び込まれていた。

 聞いたところによると、お父さんとお母さんが働く歯科診療所にかつさんが電話を入れてくれたそうだ。いきなりのことで驚いたが、必死さとすごい剣幕に嫌な予感を感じたお母さんが急いで自宅に戻ったところ、倒れていたわたしを発見したということだった。


 もし、かつさんが連絡をれてくれてなかったら、ここまで早く回復することはなかったし、後遺症が残っていたかもしれない。最悪の場合、今ここにわたしがこうして居ることすらできなかっただろう。

 お母さんから経緯を教えてもらった後でわたしはかつさんに何度もメッセージを送ったり、電話をかけたりした。

 しかし、かつさんから返信が来ることも、電話に出てくれることもなかった。


「嫌われちゃったのかな……?」


 かつさんはわたしと遊ぶ前にすごく体調のことを心配してくれていた。

 しかし、わたしは自分の体調を甘く見て、なんでもない、と言い張ってしまった。

 自分の病気を知られることが、かつさんから距離を置かれてしまうのが怖くて隠してしまったのだ。

 かつさんが心配しれくれた気持ちを裏切ってしまったのは自分で、嫌われてしまってもしょうがないと思う。

 ただ、牛脂さん、ラードさん、KCさんにかつさんのことを聞いたら、わたしが倒れてからかつさんが全くゲームにログインしなくなったと聞いて驚いた。

 もしかして、何かかつさんにあったのではないのだろうか。

 そう思ったら、わたしは心配でたまらなくなった。

 コール音だけがむなしく響く中、ぷつっと音がした。


『もしもし、かぎっこちゃん?』


 電話に出たのは低くてのんびりとした大人の男の人の声。

 わたしが電話をかけたのは牛脂さんだった。

 以前、牛脂さんとかつさんと遊んでた時に牛脂さんとかつさんはご近所さんで、実際に牛脂さんの家にかつさんがお邪魔して、奥さんも交えて3人で遊んだことがあると話していた。

 だから、牛脂さんだったらかつさんのことを何か知っているんじゃないかと思ったのだ。


「ごめんなさい、牛脂さん、かつさんのことがお礼を言いたいのに心配で」


 出てくれたことにほっとしつつ、思いをぶつけるように話してしまう。


『どうどう、かぎっこちゃん。深呼吸。あんまり興奮するのは身体に良くないから。大丈夫、切ったりしないで待つから、ほら吸って吐いて』


 牛脂さんに言われるがままに深呼吸する。倒れてから、牛脂さんにはわたしの病気のことを打ち明けていた。

 深呼吸を繰り返したところで、ほんの少し落ち着いてきた。


『だいじょうぶかい?』

「はい、少し落ち着きました」

『良かった。かつの姐御のことなんだが、やっぱりログインしてない。俺からも連絡いれてみたんだが、全くでなかった』

「そう、ですか……」


 牛脂さんならあるいは、と思ったのだがかつさんと連絡がとれなかったようだ。


『ただ、うちのカミさんが姐御のおふくろさんと仲良くてな。もうおふくろさんには少し話しといたから、姐御の家電からかぎっこちゃんのお母さんに頼んで電話してもらってくれ』

「ありがとうございます。お母さんにも相談してるんですけど、良かったらお礼を伝えたいのに連絡とれないのは困ったね、って話してたので」


 お母さん同士じゃないと連絡とれないっていうのは悲しいけど何も伝えられないよりもいい。


「本当はわたしがかつさんにお礼を伝えたいんですけど。……わたしじゃ、きっと嫌われちゃったと思いますし」


 言えないのも、嫌われたと思うのも本当に本当につらいけれど。

 悲しく思っていると、電話の向こうで、すーっと、何か吐息のような音が聞こえた。


『……本当は、かつの姐御から言ってもらうべきだと思うんだが、かつの姐御はかぎっこちゃんのことを嫌いになったわけじゃないと思う』

「え?」

『おそらくだが、姐御は昔に受けた出来事を引きずっているだけだ』


 牛脂さんの言葉にわたしが驚いて目を丸くする。


「それって?」

『昔、聞いた話なんだが、姐御には高校に入学して数か月仲の良い友達がいたんだ。ただ、その友達は持病持ちで身体が弱くて、ある日高校で気を失って倒れてしまったんだ。その時、傍にいた姐御が保健室まで連れて行って、救急車で運ばれる時も付き添ったそうだ』

「かつさん、以前にも誰かを助けたことがあったんですね……」

『処置が早かったおかげか、その友達は病室に運ばれるなりすぐに目を覚ました。そして、起きるなりこう言ったそうだ』


『アンタのせいで台無しになった、って』


 話のつながらない牛脂さんの言葉にわたしは混乱する。


「え? え? なんで?」

『俺から言えるのはここまでだ。たぶん、その友達の気持ちを理解できるのはかぎっこちゃんだし、で、かつの姐御が抱えているトラウマを克服してやれるのもかぎっこちゃんだと思う』


 訳が分からないわたしに対して、牛脂さんが淡々と話していく。


『確か、今度関東の病院に転院になるって話してたよな』

「はい。そこに以前お世話になっていた先生がいるのと、今回の病気でまた心臓の状態が悪くなってないか検査するため、だそうです」

『その病院、ちょうどうちの近所なんだよ』

「あ……」


 そこで、わたしは牛脂さんが何をしてほしいのかに気づいた。


『直に会ういい機会になるとも思うから、お互い腹を割って話してみてくれ』

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