第6話 魔法

 かまどの中には木がくべられていた。

 ライターで火をつけるでもなく、マッチでもなく、火打石でもない。レージが知る限りの文明の利器が使われることはなかった。

 テルは、えいっと人差し指を振りかざしただけ。

 乾燥した木々にはメラメラと元気良く火がつく。


「これが火の魔法だよ」


 火が出たことに、うおっと驚きながら、当然何が行われたのか全く理解できないレージ。

 これが魔法か。なんかイメージしてたのとちょっと違うな。

 もっと、なんとかかんとかほげほげほげーとか呪文を言って放つものかと思っていた。

 早速テルの真似をして人差し指を振りかざしても、単純に空を切るだけだった。そりゃそうか。


「レージ、まずは意識を指先に集中してみて。それから火がつくイメージするの」


 火のイメージか。

 マッチみたいにシュパっと火がつく感じかな。

 指先に意識を集中し、火が燃えるイメージをする。


「ふんっ!」


 振りかざした指先から、小さな煙が出た。


「おお!?」

「あー、おしい!」


 どうやら火がつきそうだった感じだ。指先がじんわり熱い。これ、火傷しないんだろうか……。

 なにはともあれ、自分でも魔法が使えるのかとレージは思う。


「魔法って、どういう原理なの?」

「簡単に言えば、体内の魔力をイメージによって具現化するって感じかな」

「魔力……?」

「そう、人によってその魔力量は違うし、得意な魔法の属性も違うんだよ」

「属性……?」

「私は火の魔法が得意なんだけど、他には水、風、地、光、闇、癒しっていうのがあるの」

「そんなにたくさんあるのか。ちなみに癒しってどんな魔法?」


 全くイメージのできない属性について質問する。


「癒しは、簡単に言えば回復魔法。人の傷を癒したり、病気を癒す魔法なの」

「それってめちゃめちゃすごいんじゃ……?」

「うん、すっごいよ! でも、癒し魔法が使える人は限られてて、適正がない人は一切使うことができないんだよ。他の属性は適正がなくても全く使えないってことはないんだけどね」


 ふむふむと頷いて、この世界でいういわゆる医者というものは、この癒し魔法を使う人しかなれないんじゃないかと推測する。科学がどれほど発展してるか知らないけど。

 レージ自身にもその適正とやらがあるのか気になる。


「属性の適正ってどうやってわかるの?」

「一番簡単な方法は、全部の魔法を使ったときに、一番使いやすい魔法が適正の属性になるんだよ」


 めっちゃアバウトな感じだな!


「もう少し詳細に知りたければ、魔導士協会に行って適性検査を受けることで各属性の適正レベルがわかるよ。ちなみに私は火属性がB級だよ」

「おお、なんかかっこいいね」


 最高がS、次にA、Bと続いて、最低がFで7段階の階級制となっているらしい。各属性ごとに計ることが可能だという。

 こういう、資格的なものはやっぱり憧れるものだ。

 レージは馬術のB級ライセンスを持っていた。B級は実技試験のある資格で、B級を持っていれば国内の試合はほぼ全部出場できる。いちおうA級まであったはずだ。

 魔法に関してはS級まであり、なにかものすごい特別感を感じる。

 練習して、いつか適性検査を受けてみたいと秘かにレージは思うのだった。


「さて、火もついたからご飯作るよ」


 テルは手際よく、あらかじめ切っておいたジャガイモ、ニンジン、タマネギを鍋に放り込んでぐつぐつと煮始めた。そこにシメジに似たキノコを入れ、さらに煮る。最後に何の肉かわからない肉を入れて、塩コショウと香草っぽい草を入れて味を整えた。

 香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

 もうすぐ料理が完成するさなか、唐突に家の扉が開いた。


「ただいまー!」


 元気良く幼い女の子が入ってくる。

 オレンジ色の髪はテルと同じで、ツインテールの白いリボンが特徴的な10歳前後の女の子だ。


「おかえりナッツ。ずいぶん早かったじゃない?」

「うん、朝一で帰ってきたんだー」


 そう言って、レージに視線を移す。

 幼い瞳は、訝し気にレージを見つめる。


「泥棒ってわけじゃなさそうだけど……」

「ハハハ……」


 乾いた笑いしか出てこない。


「えっと、俺はレージ・ミナカミ。倒れてたところ、というか混乱してたところをテルとオーイツさんに助けてもらったんだ」

「ふーん? お姉ちゃんとお父さんの優しさにつけ込んで、甘い蜜をすすろうってワケね?」

「いやいやいやいや……」


 初対面に対して警戒心マックスである。

 この思考回路は本当にテルの妹なのだろうか。


「ただ、記憶も曖昧で、行くアテもないからお世話になってるんだ」

「あやしい! ねえお姉ちゃん! この人あやしいよ!!」

「もうナッツったら……」


 テルはナッツの両肩に手を置き、目線をナッツに合わせる。


「たしかに一見あやしいかもしれないけど、お姉ちゃんとお父さんが大丈夫って判断したんだから、ナッツも信じてよ」


 あやしいって思ってたの!?

 驚愕の事実にレージからはもはや声も出ない。


「そりゃ、レージを見つけた時、素っ裸で完全な変質者だと思ったけど」

「ヘンタイだ! レージはヘンタイさんなんだ!」


 あれあれ、擁護してもらってるんだよね?

 心がえぐられていく感覚で、涙が出そうだよ?


「でも、今朝だってレージは朝早く起きて、文句も言わずに竜房掃除とか率先して手伝ってくれたのよ、良い人でしょ?」

「うーん」


 ナッツが考え込む。


「ナッツはいつも竜房掃除する時ブツブツ文句言いながらするじゃない」

「……そうだけどー」


 なるほど、ナッツよりもがんばってるということで、良い人とアピールしてくれているようだ。


「じゃあ……良いヘンタイさんなのかな」

「そうね、良いヘンタイさんだよ」

「いや、ヘンタイ違う!」


 思わずツッコんでしまう。

 裸でいたのも不可抗力。寝ワラで大事なところは隠してたし、決してそれを楽しんでいたわけじゃない! 断固違う!

 そもそもヘンタイというものに良いとか悪いとかあるというのか?


「まあまあ、ナッツも納得してくれてるんだしー」


 ちょっとイタズラしちゃいましたというような顔でテルが憤慨しているレージをなだめる。

 腑に落ちるか落ちないかで言えば、全然落ちてない。

 ただ、ここは大人な対応をすることで、身の潔白を証明していくしかないだろう。

 レージは肩をすくめて小さな反抗をしつつ、小さく二回ほど頷いた。

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