第4話 ドラゴンこわい

 改めて厩舎の内部は馬用のソレを単純に広くしたような形だった。

 中央に一本通る道があり、左右に竜房が並んでいる。

 そして、気が付いたのが、厩舎内は温度管理されているようだ。仕組はよくわからないけど、外よりも幾分か暖かく感じた。

 手前の竜房をそーっと覗く。

 中ではドラゴンが寝ていた。よくよく考えると、ドラゴンの力なら簡単に壊せそうな作りの竜房である。


「脱走とかすることないの?」

「調教されたドラゴンは、みんな賢いからね。別に竜房に入れなくても逃げたりしないよ」

「じゃあなんでこんな狭いところで飼ってるの?」


 単純な疑問だ。


「ドラゴンは、いちおう縄張り意識が強い生き物だからだよ。それぞれにちゃんと場所を与えてあげることで、他のドラゴンとのいざこざが起きないようにしてるの。あとは、厩舎に入って暖かいって思わなかった?」

「はい、思いました」


 心を見透かされたように感じ、思わず敬語になる。


「天井を見てほしいんだけど、厩舎内には火の魔法陣で一定の温度を保つようにしてるの。ドラゴンはこれくらい暖かい温度の方がストレスが溜まらないんだよ」


 見上げると、確かになにか円形の模様が描かれている。

 というか、今魔法陣と言った気がするが……?


「待って、一気に置いてけぼりになった気がする」

「ん?」

「魔法陣ってなに? この世界には魔法ってあるの?」


 そうなのだ『魔法』という単語が飛び出してきたのだ。

 もちろん、異世界というものから魔法の有無について多少の可能性はあると思っていた。ただ唐突に、しかも平然と常識のごとく登場するとびっくりする。


「魔法は、もちろんあるけど……?」


 なに言ってるの? 頭大丈夫? とでも言わんばかりのテルの顔。


「そっか。うん、大丈夫。俺の世界には魔法ってものはなかったから」

「え!? そうなんだ! 魔法がなくても生きていけるってすごいね!」


 レージの世界に興味津々といった様子だが、その話はまた今度にしようと思う。


「でも魔法っていうものは知ってるんだ?」

「知ってるわけじゃないけど……。なんていうか、そういうのが空想の中で存在するというか、物語とかの中で登場したりするんだよ」

「なんか不思議だね」


 レージもそう思った。

 魔法という概念を知ってるのが不思議に感じる。まるでココが物語、いわゆるフィクションの中の世界であると思ってしまうほど不思議だった。ただ、レージにとっては、紛うことなき現実である。


「魔法のことは、あとで朝食作りながらでも教えてあげるね」

「うん、頼むよ」


 さて、と言ってテルは竜房の外に掛かっている紐を手にとった。

 竜房掃除はまずドラゴンを外に出すことから始める。


「まず、各ドラゴンに首輪がついてるでしょ。この首輪にこのリードを付けるの」


 近くの竜房にテルは入り、ドラゴンの首輪にリードを付けてみせた。馬につける引き手と同じだ。


「ね、簡単でしょ?」


 あっさりとリードを付ける姿は確かに簡単そうに見える。

 それはドラゴンに近づけたらの話だが。


「うん、まずドラゴンに近づくのが怖い」


 あらかじめ、そう伝えてたハズなんだが……。


「ちょっと、来てみて」


 ドラゴンの足元に立つテルが手招きする。

 改めてドラゴンをまじまじと見る。

 鋭い目。どっしりとした後ろ足に器用そうな前足。いずれも鋭い爪を備える。そもそも人間の倍以上ある体高。エメラルドグリーンの鱗に身を包み、ゆっくりと大きく鼻息を鳴らしている。今は二本足で立ち、レージを見下している。

 竜房へ入る一歩が、途方もなく重い。


「ほらほら」


 痺れを切らしたテルが竜房の入り口でまごまごしているレージの手を無理やり引いた。

 体勢を崩しながらドラゴンの足元にその身を置く。

 背中に冷たい汗が流れるのを感じる。


「ほら、大丈夫でしょう?」

「いや、大丈夫だけどさ……」


 ふしゅーふしゅーと鼻息が間近で聞こえてくる。

 テルが手を伸ばすとドラゴンが屈み、首筋をよしよしと撫でるとドラゴンは気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。

 レージは決死の覚悟で、かと言っておどおどとはせず堂々と虚勢を張ってドラゴンの首筋に触れてみる。これが馬だと思うと、おどおどした状態で触れようとすると、かえって馬の方が怖がってしまうことが多い。そういう経験からか、レージは必死に手の震えを止め、優しい手付きでドラゴンを撫でた。

 感触はツルっとした感じで、ひんやり冷たく、テルが撫でたのと同じようにゴロゴロと喉を鳴らしてくれた。


「やばい、感動かも」


 初めて馬を撫でた時の感動と似たような、そういう代えがたい感情だ。


「ドラゴンは本当に賢いから。自分に危害を加える意志がなければ、大体の人には気を許してくれるんだよ」

「なるほど……」


 馬とはやっぱり違うもんだな。

 ドラゴンの方が胆力があるというか、単純に知能が高いから人間に合わせてくれるのだろう。


「ちなみにこの子は私のパートナーでコタロウっていうの」


 ずいぶん和風な名前だな。この世界のネーミングセンスがどういうものなのか知らないけど……。

 しかも漢字で書けば小太郎だろうけど、全然小さくないからね。虎太郎の可能性もあるけどトラじゃなくてリュウだし、いずれにしても矛盾してる気が。

 そんなくだらないことを考えていると、コタロウはレージに顔を近付け、なにやら匂いを嗅いでいる。そして、フンっと鼻を鳴らした。

 なんとなく、馬鹿にされたのか?


「よろしくだって」

「言ってないよね? 完全にバカにした感じだったけど?」


 あははと笑ってごまかすテル。

 だけど、今はしょうがない。こんだけドラゴンに対してビビってたら、馬鹿にされても返す言葉がない。

 なんとか慣れて、徐々に認めさせていくしかない。

 コタロウのリードを引いて、厩舎の外に繋ぐ。

 繋ぐ時のリードの結び方は、馬と同じだった。


「というかこのリード、簡単に千切れそうで怖いね」

「レージって心配性だよね。ドラゴンは別に繋がなくても逃げないよ。繋ぐ理由は、ここで待ってるんだよって指示を明確化するため。躾ける時にこうするから、こうしたら一番従順っていうだけなんだよ」


 なるほど。どうしても自分の常識を先に考えてしまう。

 レージは改めて思う。この世界の常識は、元の世界の常識とは全く違うんだと。

 順応していかなければ、きっと生きていけない。

 ただ、一気に変えていくのは無理そうだけど……。

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