女神の存在証明

@calendarv

第1話

 数え切れないほとに多くの星が浮いている夜空の下の建物の中。

 きちんと整理された床の上に、中年の男性と女性がひざまずいていた。二人は祈りをささげるときに着る質素な服を着ていた。見ず知らずの訪問者でも、この二人が聖職者という事実を知ることができるような姿だった。

「ステラさま、どうか、私たちの息子が女神様の教えを、愛を、祝福を知らせてください」

「ステラさま、疑い深いうちの息子を救ってください」

 二人は夫婦だった。

 夫婦はカヨという名前の村で、教会を運営しながら暮らしていた。ステラという名の女神に仕える星団教の教会だった。宗教の自由が保障されて久しいが、星団教はまだこの大陸で最も普遍的な宗教として受け止められていた。

 豪華で巨大な教会ではなかったが、夫婦が運営する教会は星団教にとって重要な場所だった。その教会が、星団教が始まった所だったから。二人のラストネームはスカイド。スカイド家は代々女神を祭ってきたのだ。

 夫婦は教会を運営することだけでなく、一般的な市場活動や労働にも身を捧げながら生きてきた。星団教の教理はそれを許していた。 いや、むしろ宗教だけに専念しないことを勧める方だった。一生懸命生きていくこの二人には、幸せが絶えなかった。 ひょっとしたら、本当に女神の祝福のおかげかもしれない。

 しかし、その夫婦には一つ心配事があった。

 その悩みは彼らの息子だった。

 家門の代々仕えてきた女神を否定する息子。

 その息子が、自分たちをつないで女神を信じながら教会を運営できるように、二人は口をそろえて祈っているのだ。

 その声は、

 もしかすると、

 ひまな女神の耳に届いたかもしれない。


 ###


「うちの店に来て、特製女神記念ワイン一杯飲んでください~!」

「私たちは女神さまについての展示会を開きます!彼女が住んでいた場所や、使ったものを再現したものなど、見どころがたくさんあります。見に来てください!」

「こちらは女神さまの業績を称える演劇をする! 立派な脚本に美女俳優までいる。見なければ後悔するぞ!」

 どうかやめて……。

 いろいろな人々が話しかけてくるのを避けてキャンパスを歩いていた俺は、 眉をひそめてそう思った。

「おい、ケルビ!お祭りの期間なのに、なんでそんな憂鬱な顔をしてるんだ?何かあった? 一緒にお酒でも一杯飲んで行くかい?」

 だれかが私の名を呼んで、後ろを振り向いたら、友達のムラエがそこにいた。

「いや、ありがたいけど、遠慮する…。疲れた……」

「何だ、調子が悪い?じゃあ、あそこで女神のグッズでも見てみようか?きれいな絵が描かれたものが多いぞ」

 グッズって、聖遺物のレプリカのことかな?女神をアイドル扱いするようにそう呼ぶのは何かちょっとあれじゃね?神聖冒涜じゃね?

 いや、俺はそもそも信じないんだけど。

「…実家にあんなの、たくさんあるんだ」

「ああ、そうだったな…」

 そうだ。

 俺は全然と何回言っても足りないくらいに女神の存在を信じないけど、残念なが、俺を育てた両親は、教会を経営する篤い人たちだ。

 幼い頃から、女神の教えと福音を俺に伝えようと努めていたが、それが俺にはあまり通じなかった。

 率直に言うと、お二人がした布教活動の逆効果で、私は無神論者になったと思う。

 あまり強要すると、嫌になるんだよ。

 女神に仕えて、教会を受け継ぐべきだとよく言いますが…。信じもしないことに余生を捧げたくはない。いくら両親が運営する教会が、星団教にとって重要な場所だと言ってもね。

 まあ、それでも両親は多分昨夜も私が女神さまを信じさせてくれと祈ったのだろう。昨日も、おとといも、その前日も、……正直あまり熱心に祈るから怖いぞ?

 別話だが、たまに教会にはわからない祈祷文つぶやく信者の方が来ることもあったが、そんな時には部屋に戻って隠れたりした記憶がある。軽くトラウマになったよ、あれ。

 その真心にもかかわらず、その祈りが受け入れられていないのを見ると、女神がないということを俺が自ら証明しているのではないかな?

「とにかく、今週は女神週間じゃないか。楽しめってよ~」

 ムラエはそう言った。

「だから大変だってば」

 女神週間。

 私の通っているデレーン大学では、春学期の期末テストの期間が終わったあと一週間、祭りが開かれる。 その一週間を呼ぶ名前がまさに『女神週間』だ。

 いろんな学科やサークルは、女神と関連した行事を行ったり、店を開いたりするが、実は女神の名前だけ掲げて、あまり関係のない商売をしているところもひそかにあるのは秘密。(ひそひそ)

「そう言えば、お前、女神なんか信じないタイプだろ?そもそも疑い深い方だから…」

「『疑い深い方』じゃない。人より少し、情報を受け取ることに慎重になるだけだよ」

「……それを社会では疑い深いという。覚えておけ」

 まあ、そのように表現したりもしますね!

 とにかく、無神論者で、女神の話を聞くだけで飽きてしまう、女神を拒否する俺にとって、この一週間は1年で一番きらいな時期だ。

 先みたいに、キャンパスを歩くだけでも、人々が女神のネタで声をかけてくる。精神的に限界まで追い詰められるんだよ…。

 みんながどうしてそんなに、自然に女神の存在を信じているのか全然分かんない…。 みんな頭がおかしくなったんじゃないのか?

「ふう、俺はもう帰って休むつもりだ。お前でも楽しめ……」

 「さよなら」と軽く手を振る友人を後にして、私はキャンパスの外に出て、馬車に乗って一人暮らしをする部屋に向かった。これで安全区域に入った—

「お客様、今週、女神週間ですよね?私は女神さまをとても尊敬して—」

!!!」

 うっかり馬車を運転する御者にかっとなってしまった。

 学校の外なら安全だと思ったのは、撤回。

 俺の部屋に着くまでに、安全な所はないと思おう…。

 女神を信じない人が生きていくには、この世はあまりにも世知辛い。


 本当に飽きるぞ、飽きる!


 ###


「宗教に関わっているやつはお断りです」と書いてある紙のついたドアを開けて、自炊部屋の中に入った。3階建ての建物の1階にある、狭いことも広くもない部屋が俺の家だ。一人暮らしには豊かな空間に、小さいけれどトイレまである。 安い値段でこれくらいの部屋を見つけたのは、幸運だったとしか考えられない。

 いや、 お母さんならステラさまの祝福のおかげだと言うだろう…。

 まあ、実際は、おそらく普通に、前に住んでいた人が自殺したとか、とにかくそんな不吉な裏事情があるとかでしょう。

 ドアに貼っておいた紙の効果は、正直曖昧だ。時々誰かが落書きをしたり、外したりするなど、ひどい目に遭いがちだ。この知らせを壊すやつらははげ頭になっちゃえ。 女神に祈っても二度と育たないように。

 しかし、今日はなぜか無事に残っていた。今日はついてるかな、俺?いや、これは不幸フラグかも。

「ああ、やっぱ俺の部屋がいいんだよな~」

 普段もインドア派な俺だが、女神週間にはもっと外に出たくない。外で息をするだけでも、熱情的な信者のせいで精神力が削られていく。ダメージが少しずつ入ってくるんだぞ。

 聖なることで苦しむなんて、お前はアンデッドか、という人もいるだろうが、俺はそんな体質だ。しょうがないんだよ。

 でも今週はもう外に出なくてもいい!今日は魔術学のテストを受けるために、しかたなく学校に行っただけだ。今からは休日をゆっくり楽しんでみようか!


『休日』という名称にふさわしく、何もしないでくつろいでいた時、ドアの外からノックの音が聞こえた。

「……何だろう?ノックするような人がいないのに」

 昨年の秋から開始した俺の自炊生活も1年近くなっていく。これまで来た人がいないわけではないが、今や親しい友達や両親は、ドアのロック魔法を一時的に解除する暗号を知っている。あまり親しくない人たちは、私の家に訪ねてくることがもともとないし…。いや、決して人間関係が狭いからじゃないんだぞ?

 外にいるのがどんな変な人か分からない。 変質者たったらどうする。俺は大体元気な21歳の男だが、俺の体を保護する護身術など、全然使えない。運動も普段しないし…。俺の体は治安のいい社会が守ってくれていましたね!サンキュー!

「誰もいないふりをしたら、帰るだろう…?」

 でも残念ながら、外にいる人が思ったより粘り強く、俺の望み通りにはならなかった。

「チェッ、いったい誰だ…」

 俺は頭を掻きながら、ベッドから立ち上がって玄関に向かった。

 まあ、何かを売ろうとする人や、布教しようとする人だろう。 ずいぶん努力しているな。いらないけど、それ。

 俺はドアのついた小さなレンズ(外からは中が見えないように魔法がかかっている)を通じて、招かれざる客が誰なのかを確認した。

 私の目に見えたのは、白金髪の美少女だった。

 白玉のように真っ白な肌。

 夜空の星のようなひとみ。

 白い装飾でポイントをつけた、紺色のワンピース。

 外の空は徐々に雲がたち薄暗くなっていくのだが、それとは関係なく自体発光をするような美しさだった。

 …これはヤバイ。

 多分いい匂いがするだろう。

 いや、それがさあ、俺は女性に対して免疫力が低いんだよ。男しかない学校で十代を送ったので、すごくきれいではない女の子をみても、すごくきれいだと思ってしまうんだよ。

 ちょろい男だ、俺は。

「でも、ちょろい男をなめるんじゃねえよ」

 俺みたいな人間には必殺技がある。自らちょろいと分かっている場合、むしろ理性に対するガードが強くなる。要するに覚醒だ!(違う)

 俺は心のガードをしっかりして、深呼吸したあと、ドアすら開けないまま言った。

「…ええっ?!何か売りに来たんじゃないわよ!頼むから、ちょっとだけ私の話を聞いてくれよ!?」

 俺の言ったことが予想外であわてたのか、美少女は目を丸くして、びっくりした。

 ふむふむ…。確かに可愛い……。

 可愛いから、なおさら怪しい。

 こんな人が俺に用事がある確率は極めて少ない。統計的には、ほとんどない!

 しかし、様子を見るとすぐにに多くの星が浮いている夜空の下の建物の中。

 俺はドアをそっと開けて、半面の顔を出した.

 もちろんチェーンはかけたまま。これを『対面』と呼んでもいいか、それはミステリーだが。

「あなた、もしかしてマルチ商法からの人?そんなのやめたほうがいいぞ。見た目はすごくきれいーじゃ、じゃなくて、元気そうだから!」

 ウアア!つい本音が出ちゃったじゃん!だから美少女は危ないって……。

 俺の瞳孔が地震を起こす間、彼女は頬を赤くしながら一歩近づいた。

「もう、そんな褒め言葉はありがたいけど、詐欺なんかじゃないってば…!ちょっと、ほんとに少しだけでもいいから、話を聞いてくれよ、ケルビ!」

 うう、本当に髪の毛からいい香りがする。

 脳内の警戒心がさらに高まった。

「俺の名前をどうして知っているんですか?…まさか星団教の人?…親父からの?」

 まさか、息子を相手に、色仕掛けを使うのか!?

「あの…、それが…、半分くらいは、当たってるかもー」

!!!!!」

 俺はそう叫んで、ドアをバタンと音がするほど強く閉めた。

 マジか?まさか、美少女だったら何の抵抗もなく、簡単に話を聞いてくれると思ったわけではありませんよね?

 それはないんだよね、お父さん、お母さん?

 それにしても、私の部屋も安全地帯ではなかったな……。

 どうするんだ、俺…。


###


窓の外で雨音が聞こえ始めてからも10分が経った。

まだ、ノックの音が少しずつ聞こえてくる。

「ちょっときいてくれない…?」


20分が経った。

ノックの音が少しずつ強くなっていますが…。手は痛くないかな?

「ケルビ?ケルビ?ケルビイィィィ…?」


…そして、30分が経った。

激しいノックの音が聞こえる……。

最初は『トントン』だったのに、いまは『カン!カン!』だ。

「開けて!開けてえええ!!!ケルビイイイイイイ!!!!」

「言ったんだろおお!いやだああ!!!帰れえええ!!!」

「そうはできないってば!私、行くところもないわよ!そして寒いんだもん!!!」

「うるせえお前ら!誰なのか知らないけど、もう適当にいれろ!!そうしないと、ここから追い出すぞ、ケルビ!」

あ、隣の部屋に住んでいる大家さんの声だね。女神とか何とかはどうでもいい。けど、大家さんのお言葉にはさからえないぞ?テナントには、大家さんこそが神だ!

俺はさっさとドアを開けた。

「どうぞお入りください」

「態度の変わり、はやっ!私があんなに頼んでも無視したくせに…。ケルビ、権力に弱いタイプだよね…?」

「現実主義者と呼んでもいい」

「ああ…。はい…」

感情せずにうなずきながら、美少女は俺の部屋に入ってきた。


…このひとを部屋に入れたのが、私の人生を変えることになるとは、この時には想像もできなかったけど。

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