第25話:ほ、滅んで……ください

 動いたのは魔人王が先だった。

 漆黒の少女は台座から浮かび上がると、駆けることなくこちらへと急接近してきた。


 速い!


『滅べ──』


 ニィっと開いた口元。

 俺を滅ぼそうと、その小さな腕を振り下ろされた。


 寸でのところでそれを躱したが、デーモン・ロードの拳がそのまま床へとめり込む。


『──チッ』


 んん?

 今、舌打ちしたか?

 子供が舌打ちしたのか?

 しかも女の子だぞ。


『滅び──「女の子が舌打ちなんか、するんじゃない!!」


 俺への攻撃で勢いあまって床に拳をめり込ませていた少女──デーモン・ロードの頭頂部は、俺にとって非常に殴りやすい位置にあった。

 拳骨で少女の頭を思いっきり殴ると、それはそれは凄い音がした。

 ごいんっという音と、そして少女の『ぎゃぴぃっ』と言う悲鳴。

 

 頭を抱え蹲る少女は、しばらくしてからすっくと立ちあがりこちらに向かって手のひらをかざす。


『滅び──……』


 拳骨に「はぁーっ」と息を吹きかける仕草を見せると、途端に少女は攻撃モーションを止める。


『ほ、滅んで……ください』

「断る」

『へうぅ』

「悪い子にはお仕置きをしなくちゃな」


 そう言ってもう一度拳骨に息を吹きかける。

 すると大袈裟なほど少女は飛び上がり、そして台座の後ろへと逃げて行った。


『わ、妾は何も悪いことなどしておらぬぞ。妾は悪い子ではないぞ』

「その肉体の持ち主はどうした?」

『こ、この娘は──リ、リリカはずっと眠っておるのじゃ』


 眠っている?

 予想外の返事に俺は戸惑った。

 何よりデーモン・ロードが、肉体の持ち主の名前を持ちだしたことが驚きだ。

 

 デーモン・ロードも肉体の持ち主の記憶を引き継ぐものなのか?

 いや、それにしても眠っているという表現はおかしい。


 それに。


「魂の召還が半端なのか、お前」

『えぐっ。は、半端言うなぁ』


 図星のようだ。

 半泣き状態で台座にしがみつく姿は、まさに少女そのもの。

 7、8歳ほどの年頃なため、ああした姿を見せられると、まるで俺が悪者のように思えてしまう。


「ケ、ケンジさん……さっきまでの迫力というか、とっでも恐ろしい何かに見えていたんですけれど。あ、あの子はただの子供ですよねぇ?」

「威圧感が消えてしまったのだ。あれじゃあただの子供だぞ」

「そ、そうよねぇ。クロちゃんもそう思うわよねぇ?」

『クロちゃん!?』

「ひぅっ」


 何故かクロちゃんに反応するデーモン・ロード。

 さすがにクローディアも驚いたようで、俺の後ろに隠れてしまった。


『妾のことはデーモン・ロードちゃんと呼んでもよいのだぞ』

「デ、デーモン・ロードちゃん……」

「ま、魔人王をデーモン・ロードちゃんなんて呼ぶ奴はいないぞ」

『そ、そんな……差別だ』


 いや、差別とか言われても。


 いったいこの魔人王はどうしてしまったんだ?

 クローディアのように威圧感ゼロだし、魔力もほとんど感じられなくなってしまった。


「お前……本当に魔人王か?」


 俺もちょっと自信がなくなった。


『ぶ、無礼ものめぇ。妾は正真正銘、魔人王なるぞ!』

「じゃあそうだとして、お前がこの世界に現れた目的はなんだ?」

『目的?』


 首を傾げて考え込む魔人王。その姿は小学生の女の子そのものだ。

 もうどうしろってんだ。






『リリカは病気だったのじゃ。それも余命幾何とないほど、進行しておっての』

「不治の病って奴か」

『うむ、そうじゃ。それでな、リリカの父親が娘の病治したさに、妾を召喚して憑依させることを思いついたのじゃ』

「いや待て。魔人王なんて憑依させたら、肉体の持ち主の魂は消滅するだけだろう?」


 病を治したところで、娘は戻ってこない。中身が別人になるのだから。

 それでもよかったってことか?


『妾の魂がリリカへの憑依を始めてすぐに、魔界の扉を閉ざされてしまったのじゃ。そのせいで妾の魂はほんの少ししか受肉できず、リリカの魂を消滅させる力もなく……」

「それであの、魔人王様、リリカちゃんはどうして眠ってしまったのですか?」

『妾のことはデーモン・ロードちゃんと呼んで欲しいのじゃ』

「じ、じゃあ、デーモン・ロードちゃん。リリカちゃんは──」


 デーモン・ロードちゃんと呼んでくれというのは、もしかしてリリカという少女の魂と交じり合っているからなのだろうか。

 ということは、幼女化している……。


『魔界の扉から出てきた下位、中位のデーモンどもが、妾のちっちゃな魂の入ったリリカの前に跪いておったのじゃ』

「まぁ魔人王には逆らえないからな。ん? 上位のグレーター・デーモンは?」

『妾の魂が小っちゃかったせいで、奴は逆らったのじゃ』


 悪魔の世界にも下克上が起きたのか。

 だが力の弱いデーモンたちは半端であっても魔人王に忠誠を誓って跪いた。

 その光景を8歳になったばかりのリリカ少女には衝撃的過ぎて──


『リリカの魂が抜けそうになったのじゃ』

「はぁ」

『しかしその時には妾とリリカの魂はピッタリくっついておったから、妾まで肉体から離れそうになって。それで慌てて引き留めたのじゃが……』

「気絶した状態、と?」


 こくりと頷く魔人王。

 そうこうするうちに上位悪魔が下克上を完成させてしまい、魔界の扉から出てきたデーモンたちを統率。

 

『リリカの父親はこの地を統べる領主での。デーモンどもを退治すると言ってここを出て行ったのじゃが……どうなったんじゃろ?』

「この地を統べる?」

「デーモン・ロードちゃん、ここには領主がいないことになっているの。私は西のほうから、開拓民としてここに移り住んできたのよ」

「いや、ずっと大昔には南の、今はない国が治めていた時期もある。ボクが生まれるよりずっと前の話だ」

『……つまり滅んでしまったのじゃな。愚かな男なのじゃ』


 領主が出て行ったあと、Uターンしてリリカ&魔人王を食らおうとする悪魔から身を守るために、あの面倒くさい結界を張ったようだ。

 その時にほとんどの魔力を使い切った魔人王は、台座の上で長き眠りについた──と。


「はい先生」

『なんじゃハーフエルフ娘』

「クロちゃんの話だと、ずっと大昔のことのようなのですが……でもデーモン・ロードちゃんはどう見ても子供のままなのはどうしてですか?」

『ふふ。よい質問じゃハーフエルフ娘よ。妾の魂が受肉した時点で、リリカの肉体は永遠に朽ちることのない、いわば不老の体を手に入れたのじゃ!』

「ず、ずっとピチピチなんですか!? す、すごぉーい!」


 不老であって不死ではないが、ずっと若いままという所にセレナは興奮しているようだ。

 魔人王もふんぞり返ってドヤ顔を決めているし。


 いったいなんなんだろうな、この雰囲気は。

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