第8話:荒らされたあぁぁーっ!?

 出入口が二カ所ある地下室をノームに掘らせた。

 中には栽培用のケースを置けるよう、土で棚も作ってある。

 栽培ケースはあらかじめ村の人が木材で作ってくれているが、水を張れるよう粘土材で薄くコーティング。

 水抜きを楽にするため、一カ所だけ穴を開けて栓を抜き差しするだけでいいようにしてある。


 緑豆を洗浄し、水の張ったケースにぱらぱらと撒き──。


「一週間ほどで収穫できるのか……もやし万能だな」

『特別に明日の朝には収穫できるようにしてあげるわよ』

「いいのか?」


 椎茸娘がにっこり笑って頷く。

 ただし明日の一度きりだ。今撒いた分があれば、村人全員で少量ずつ、三日は食べられるだろう。

 他の野菜もあるし、贅沢にたっぷりな野菜炒めなんかしなければ半月は持つ。

 そこまでいけば、もやしは普通に収穫できるようになっているだろう。

 

『二カ月もすれば、我らが力を貸さずとも自然に任せた成長で十分間に合うようになるだろう』

『だけどここの土地は痩せているから、土壌改良だけは常に怠らないようにね』

『なに。主がほんの少し我らに魔力を吸わせればそれでいいのだ』

「……俺はお前たちの栄養ドリンクか」


 まぁ辺境の開拓には、精霊の力は必須みたいなものだ。

 飲み干されなければそれでいい。魔力なんて少し休めば回復するのだから。

 

「明日が楽しみですね~」

「あぁ、そうだな。昼にはもやしが食べられるといいな」

「はいっ」


 あとは寝て待つだけ。






 ──のはずだった。


「た、大変だケンジ!」

「んぁ、オッズさん?」


 早朝、我が家の家の戸を勢いよく開けて入って来たのは、村のリーダーであるオッズさんだ。

 彼は血相を変えて俺が眠るロフトの梯子を上って来ると、


「畑が荒らされた!!」


 そう叫んだ。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ?


 荒らされた……畑が……はた……。


 俺の頭、今覚醒。


「荒らされたあぁぁーっ!?」

「だからそう言ってんだろっ。今朝には収穫できるだろうって野菜どもが、根こそぎ全部なくなってんだろっ」

「ちょ、全部って……えぇぇぇっ」


 シャツとパンツ姿で出ていくのはマズいと、ズボンだけ穿いて外へと出る。

 既にほかの村人も起きてきており、村の外にある畑へと向かっているようだ。


 畑は村を囲む壁の外側にある。内側は居住スペースで手狭なので、外に作るしかなかった。

 門を出て畑へと向かうと、そこには項垂れた村人の姿がいくつも見えた。

 そして畑に視線を向けると……。


「うわぁ……見事にやられているな」

「はぁぁぁぁ……せっかく野菜が腹いっぱい食えると思ったのに。くそっ」

「種はまだありましたっけ?」

「少しだけな。くそっ。花を咲かせて種を取るために、別で植えてたヤツも全部持っていかれちまった!」


 持っていかれた……。そうだろうな。テニスコート一面分ぐらいの畑だったんだ。

 それを一晩で食べるのは難しいだろうし、食い荒らした痕跡もない。

 根本から綺麗に収穫・・した跡ならしっかりとあった。


「ノーム」


 俺の呼びかけにすぐに反応があった。

 土がもこもこと持ちあがり、そこから一匹のモルモット──いや、土の下位精霊ノームが現れる。


『むきゅ』

「夜中のうちに、畑に誰か来たか?」

『きゅっきゅー』

「そうか……」

「ど、どうなんだ?」


 ノームの話だと、昨夜遅くから太陽が昇るまでの間に、複数の人間がやって来たということだ。

 その人間が野菜を根こそぎ持って行ってしまった。


「も、持って行ってしまったって……そいつらはただ見てただけなのか!?」


 オッズさんの言うそいつらとは、もちろんノームのこと。

 ノームは精霊。番犬ではない。

 与えた命令には従うが、それ以上のことはしないのだ。


 だからこそ、悪いのは俺であり、見張りを一切置かなかった村の責任でもある。


「犯人は見つける。そして野菜は取り返す」

「つったってできるのか? 大量の野菜だ。荷馬車で来ていただろうが、近くに車輪のあとはどこにもねーぞ」

「へぇ。ずいぶんと手慣れた盗人だな」

「そんなのを、どうやって見つけるってんだ?」


 もちろん、魔法で。


 隠密に長けた暗殺者すら見逃さない、『追跡魔法』を使ってだ。

 あまり得意なほうではないが、相手が暗殺ギルドのトップクラスとかでもなければ大丈夫だろう。


「"隠されし痕跡を暴き、かの者の行方を示せ──追跡トラッキング"」


 すると、俺の視界に蛍光塗料を塗ったような線が浮かび上がる。

 それは畑の柵を超え、東──川の方へと向かって伸びていた。


「川のほうだな」

「東か。あっちにも集落があるって話だ。詳しい場所を知ってんのはセレナひとりだが」

「はい、私ですけど。どうしましたか?」


 声がして振り向くと、きょとんとした顔のセレナが立っていた。






「か、川には橋がないんです」


 セレナは今回、しっかりと装備を整えていた。

 隣と呼べるのかどうか分からないが、川向こうにある集落までは近くはない。

 早朝に出発したが、到着するのは陽が暮れてからだと彼女は言った。


「橋がなくてどうやって渡ったんだ?」

「イカダです。川幅は広くはないので、木に縄を括りつけて、それを引っ張って進むんです」


 そのイカダを設置したのは、向こうの集落の人間だ。だから彼らの集落のある川岸にイカダが置いてある。

 そして無断で使えないよう、固定されているようだ。


「私はその縄の上を綱渡りしたので」

「なかなか大変そうだな」


 その川には夕方前に到着。

 確かにイカダと、そして縄があった。

 イカダは対岸にあるが、川岸を見ると使用した形跡がある。


「荷車をこれに載せて、向こうまで渡ったようだな」

「私たちとノームたちが頑張って育てた野菜なのに!」


 さっそく綱渡りしようとするセレナ。

 だがそんな彼女を俺は抱きかかえる。


「ふえぇっ。ケ、ケンジさんっ。こ、こんなところで、恥ずかしいですぅ」

「いや、こんなところもなにも……"浮遊レビテーション"」


 ふわりと浮かんでささっと川を飛び越える。

 このままレビテージョンで飛んでいきたいが、この魔法は空を飛ぶ系統のものではない。

 浮くのが本来の効果だ。

 ただ短い距離なら、地面を蹴って飛ぶことができる。

 

 着地した対岸で彼女を下ろすと、なぜかうつむいていた。


「どうした?」

「……いえ、なんでも……あ、こっちです」


 こうして彼女の案内で件の集落に到着したのは、まさに大量の野菜を積んだ荷車がそこに到着したのとほぼ同時だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る