羅刹と修陀(三)

 会わせろと強請せがまれた。断れば、さらに言い募るだろう。五郎太は、そういう質だ。強いて断る理由もない。


 望み通り井筒屋の寮へ於菊を呼び出し、おのれは迎えの駕籠を返し、留まった。

 五郎太の魂胆は知れている。今更付き合う義理はない。かと言って、指図も無用だ。


 有馬は鶴松の素読に付き合い、早くに寝んだ。

 その夜半である。


 血臭に目が覚めた。

 一寸先に蛭子のような睛。漆黒の目計頭巾だ。身動きする間もなく、刃が押し当てられた。


「於菊」

「殿様」


 有馬は薄く笑った。


「行ったのか」

「来なかったね」

「五郎太は、行儀よくしていたか」


 於菊は、鋒を進めた。


「あいつは、殿様の竹馬の友なんだろう。なら行儀のよさは折り紙付きさ」

「何を怒っている」


 影は、そろりと有馬の腹に乗った。


「どうやら寝惚けておいでだね」

「俺が、寝惚けているというのか」

「否と言うなら、とんだ横着者だ」


 おのれの枕元には在った。目を瞑り、笑むように口元が歪んでいた。


「これは何だ」

「手土産さ」


 言って、影は四隅の闇に沈む。

 有馬は頸を撫でながら身を起こし、と相対した。

 闇が嗤った。


「お似合いだよ。その口でさんざ善がったんだろう。まったくじょうのないことさ」


 かつて大久保五郎太であったは、戸越しの月皓を浴び無言で佇んでいた。髻は緩み鬢は崩れ、ざんばら髪が見世物小屋の梟首のようである。

 忽然と布団から生え、笑いかけてくる。


「おいらに一服盛ろうとして、ドジを踏んだのさ。阿芙蓉を知らないとでも思ったのかねえ。とんだ乳臭い悪党気取りさ」

を、どうせいというのだ」

「さあね。おいらは殿様の代わりに討ち果たしたまでさ」

「俺の代わりに、か」


 言い竟らぬうちに有馬は動いた。闇に手を入れ引き摺り出すと、頭巾を毟り取る。


「痛い、痛いよ、殿様。手を離しておくれ」


 伸しかかり、細い首に手を掛ける。指先に脈動が触れ、その手を於菊がさらに掴む。力を入れ、さらに締めよとでも促すようだ。


「褒美だ」

「嗚呼──」


 於菊は咲んだ。

 頸を晒し、息を漏らし、喉を鳴らす。


「殿様だってご存知だろう。今でもぞっこんだったのさ。それが指一本触らせぬと、ぼやいておられたよ。だから、に言ってやったのさ」

「何とだ」


 生首が喋る。


──啞。





(羅刹と修陀・了)




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