「ユグドラシル? それって何のことです?」


「え?」


 突然聞こえてきた声にクロクレスが目を開くと、彼は街の大通りの隅で簡素な椅子に座っていた。


 しかし今クロクレスがいるのは先程までいたユグドラシルの街ではなく、別の街だと断言できた。何故ならば今いる大通りには大勢の通行人が行き来しており、その通行人全てが「人間種」……というか人間のみであるからだ。


(ここは一体何処だ? 何でゲームが終わらない? サービス終了が延期になったのか? というより……)


 ユグドラシルのサービス終了時間はとっくに過ぎている。しかしゲームが終わらない事に内心で混乱しながらクロクレスが前を見ると、そこには先程の声の主だと思われるマントを羽織って杖を持った少年がこちらを見ていた。


(見たところ魔法詠唱者マジックキャスターみたいだけど、装備が貧弱だな。初心者か? サービス終了を迎えたユグドラシルで?)


 クロクレスは少年の装備が、ゲームを始めたばかりの初心者装備レベルであることに首を傾げたが、とりあえず何者なのか聞いてみる事にした。


「ええっと……? 君、一体誰?」


「私ですか? 私はニニャと言います。というか貴方こそ誰なんですか? さっきいきなり現れたように見えましたけど?」


「そうですね。私達にもそう見えました」


 ニニャと名乗る少年の言葉に男の声が同意する。クロクレスが声がした方を見ると、そこには革鎧を着て剣や弓矢で武装した三人の男達が、ニニャのすぐ後ろに立っていた。


「先程までこの辺りには何もなかったはずなのに、気づいたら貴方がそこにいた……。一体どういうことなんですか?」


「うむ。私にもそう見えたのである」


 腰にロングソードを差して左腕に盾を装備した男がそう言うと、大柄で髭を生やした男がそれに頷く。しかしクロクレスには彼らの疑問に答えることが出来なかった。


「いや……いきなり現れただの、どういうことだの言われても……。俺はずっとこうして客を待ちながらコレを作っていただけだぞ?」


 そう言ってクロクレスは、さっきまで作っていた作りかけの矢と製作用のナイフをニニャを始めとする四人の見せる。自分にも事情が分からないと態度で語るクロクレスを見て、ニニャ達も困惑していると最後の一人、弓矢とショートソードで武装した男がクロクレスが地面に置いている商品の矢や投げナイフを観察する。


「どうでもいいけど売っているのが矢に投げナイフってなんだよ? こんなのそこらの武器屋でいくらでも買えるから売れないだろ?」


「………!」


 弓矢で武装した男の言葉に、クロクレスは自分が自然と眉をしかめたのが分かった。


 これでもクロクレスはレベル百のプレイヤーであり、その彼が作った攻撃アイテムは見た目こそ単なる手作りの矢や投げナイフだが、破格の性能を誇っている。クロクレスが作った矢に投げナイフには、彼の持つスキルや魔法によって毒や呪いを始めとするどれも強力な様々なバッドステータスを相手に与える効果を持ち、その中で何より凶悪なのが「一割の確率で相手の耐性や無効化能力等の防御を全て完全に無視できる」というものである。


 つまりクロクレスが作った矢や投げナイフを使えばどんな低レベルのプレイヤーでも、本来なら状態異常が通用しない高レベルのボスモンスターや高ランクプレイヤーにも低確率で凶悪なバッドステータスを与えることが出来るということだ。彼はこの自らが作った矢や投げナイフを「忌まわしき狩人シリーズ」と呼んでおり、ユグドラシルの全盛期では多くのプレイヤーが「忌まわしき狩人シリーズ」の攻撃アイテムを求め、気がつけばこれらの凶悪な攻撃アイテムを作るクロクレスは周囲から「黒い矢師」という異名で呼ばれていた。


 だからこそ「黒い矢師」クロクレスは弓矢で武装した男の言葉を無視することが出来なかった。


「……おい。お前、その中でどれでもいいから一つ手に取れ」


「え? ああ……」


 クロクレスの言葉に、弓矢で武装した男はわけが分からないといった顔となるが、それでも彼の言葉に従って地面に置かれている「忌まわしき狩人シリーズ」の中から一本の矢を手に取った。


「これでどうするんだ?」


 弓矢で武装した男が矢を手に取ったのを見たクロクレスは周囲を見回した後、少し離れた場所にある一本の木を指さした。


「そうだな……。あの木に『当てたい』と思いながらその矢を適当に投げろ。何だったら後ろに放り投げてもいい」


「はぁ? 何だよそりゃ? まあ、いいけどよ。…………!?」


『『………!?』』


 意味が分からないクロクレスの指示に、弓矢で武装した男はいよいよわけが分からなくなるが、それでも言われた通りに矢を後ろに放り投げる。すると矢は空中で一瞬停止して、まるで生きているかのように高速で飛び、クロクレスが指差した木に突き刺さった。


 これはクロクレスが矢にかけた魔法の一つの効果であり、それを目の当たりにした弓矢で武装した男は驚きで目を見開く。いや、弓矢で武装した男だけでなくニニャ達三人、そして大通りを行き来していた通行人達も驚き絶句した。


「な、何だ今のは!? もしかしてマジックアイテムなのか? あの矢……って、いうかこれ全部!?」


 弓矢で武装した男は木に突き刺さった矢を見た後でクロクレスが地面に置いてある「忌まわしき狩人シリーズ」に目を向け驚きの声を上げる。そんな彼の様子にクロクレスは満足したように頷く。


「そうだ。それだけでなくこれらには俺特製の毒や呪いなどが仕込まれていて、大抵のモンスターならこれ一つで充分倒せる代物だ。……で? 本当に売れないと思うか?」


「い、いいや……」


 クロクレスの言葉に弓矢で武装した男は顔を青くしながら横に振る。それに気を良くしたクロクレスは彼に次の質問をする。


「そうか。じゃあ次の質問だ。これ、買っていくか? 今だったら安くしておくぞ?」


 クロクレスがそう質問すると、弓矢で武装した男は「忌まわしき狩人シリーズ」の矢を五本買って、仲間であるニニャ達と一緒に立ち去っていった。


 これが黒の矢師の異名を持つクロクレスの「この世界」での初仕事であり、彼の作り出した作品はこの世界に大きな影響を出すことになるのだが、それが分かるのはもう少し先の事である……。

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