ミサキの冥界下り

 階段は延々と下って行きます。とっくに地面レベルは通り過ぎて地下に入っているはずですが、それでも下って行きます。


「これは深いですねぇ」

「そうね、でも行かないと仕事は終らない」


 この階段には途中に部屋と言うものがありません。どうも竪穴を掘って、真ん中にラセン階段があるようです。もうどれぐらい下ったかわからなくなった頃に、


「あら歓迎よ」


 階段の終わるところから何人か登ってくるのが見えます。


「ミサキちゃんは、ここで待ってて。コトリと始末してくる」


 見てるとお二人に襲いかかる男たちが次々と倒れて行きます。しばらくして、


「ミサキちゃん、もういいよ」


 倒れてる男たちをまたぎながら下りると、そこはホールになっており、ドアが一つ。なんとも異様な雰囲気が漂うドアです。


「ユッキー、予想した通りになってもたな」

「そうね、こうなって欲しくなかったんだけど」


 そう言って私の方に振り返り、


「ミサキちゃん、良く聞いてね。見えるものをそのまま信じなさい。感じる力をそのまま使いなさい。怖れる必要はないから」

「そや。言葉は聞く必要はないからな。言葉にはなんの意味もないし、力もあらへん。ミサキちゃんを騙そうとしてるだけ」

「えっ、えっ」

「ここから先はわたしとコトリじゃ無理なのよ」

「この扉の向こうには何があるのですか」

「エレシュキガルの世界よ」

「それって冥界」


 その時です、ユッキー社長は何やら念じるとさっと扉が開き、コトリ副社長はミサキを、


「な、なにをするのですか」


 そしたらユッキー社長までミサキを扉の中に押し込もうとします。


「ちょっと、ちょっと待ってください」

「頑張ってね、ミサキちゃん」

「後で話を聞かせてな。楽しみに待ってるさかい」


 でもって、最後に、


「せ~の」


 問答無用でミサキは扉の向こうに、さらに扉も閉じられます。


「ユッキー、だいじょうぶやんな」

「だいじょうぶよ、ミサキちゃんは三座の女神よ」

「まあ、そうやねんけど」


 扉の向こうは部屋ではありませんでした。社長と副社長に押し込まれる前には部屋に見えましたが、入るとそこは気味悪い洞窟です。でも真っ暗ではありません。どこから光が入っているのか見当もつきませんが、歩くぐらいには支障はありません。

 ここって冥界よね。漂う空気は呼吸こそできますが、なんとも妙なものです。これが冥界の空気なんでしょうか。それでもここはイナンナが下り、エンキドゥが下ったって言う冥界のはず。社長も副社長の言ってたミサキが怖い目に遭うってこういうことなの。うん、たしかにムチャクチャ怖い。

 振り返ると扉はありません。あるのは前に進む道のみ。とにかくミサキは進むことにしました。エンキドゥの時に冥界でしてはならない事とされたのは、


 ・綺麗な服を着てはいけない

 ・履物を履いてはいけない

 ・よい香油を塗ってはいけない

 ・槍を投げてはいけない

 ・杖を持って行ってはいけない

 ・愛する妻に口づけしてはいけない

 ・愛する息子に口づけしてはいけない

 ・嫌いな妻を叩いてはいけない

 ・嫌いな息子を叩いてはいけない

 ・大声を出してはいけない


 こうだったっけ。妻とか息子のところは良くわからないというか関係ないと思うけど、とりあえずミサキが犯してるのは服と履物と香油だね。そっか、これを予想してマルコの指輪やネックレスを置いて行くように言われたのかもしれない。イナンナの冥界下りでは、七つの門があって、そこを通るたびに服を剥がされていき、最後は素っ裸にされたともなってたよな。とりあえず裸になるのはやだなぁ。

 ジメジメした洞窟の道を歩いて行くと、パッと広間が広がります。空気の感じがガラッとかわり、さらに気分の悪いものになっていきます。その大きな広間の向こう側に陰気そうだけど、かなり大きな門が見えます。あれはエレシュキガルが冥界を守るために作ったと言う七つの門の一つかしら。誰か人がいる、あれは門番って感じだけど。


「通りたいのですが」

「お前は誰だ」


 こいつは神だ。あれっ、ミサキにも神が見えるじゃないの。これって、どういうこと。まあ、見えないより見えた方がイイけど。とりあえずなんて答えよう。エレギオンHDの社員って言っても通じないだろうから、


「わたしはエレギオンの三座の女神」


 門番は胡散臭そうな顔をしながら門の中に入ると、なんかビビリそうなほど怖ろしそうな奴が、これまた凶悪そうなのを五人ばかり引き連れて出て来たじゃない。やだなぁ。


「ここは冥界。掟に従わぬ者は通さぬ」


 やっぱり冥界の掟ってあるんだ。


「冥界では履物は許されぬ」


 だからこの連中は裸足なのか、


「その服も掟に反する。脱いでもらう」

「靴を脱いで服を脱いだら通してくれるのか」

「いやまだある。お前の匂いだ。これも掟に反する」

「どうすれば良いのだ」


 頭株みたいなのが、


「お前が立っているところは既に冥界だ。もう三つも掟を破っておる。罰を受けてもらう」


 人相の悪い連中が下卑た笑いを浮かべながら、


「オレ達がお前に罰を下す。罰を受ければお前は冥界に相応しい姿になり、この門を通れる日が来るかもしれん」


 この連中、まさか、


「逆らっても無駄だ。素直に罰を受ければ楽しめるぞ」


 やっぱり。そしたら手下連中が口々に、


「久しぶりの上玉だ」

「しっかり罰を与えてやろう」

「そう臭いも骨の髄まで沁みこむぐらいまでな」

「こってりとな」

「はやく声が聞きたいものだ」


 ここまでくればあからさま。この連中はミサキを裸にひん剥いた上に、飽きるまで弄ぶ気だ。レイプされるの自体が論外だけど、こんなところで、あんな連中になんて絶対にイヤだ。そうなりゃ、戦わないといけないけど、あいつら強いのかな。

 さっきから神は見えてるんだけど、この見え方がどういう強さを現してるのかわかんないのよね。もう一つ問題なのはミサキの神としての強さってのが不明なのよねぇ。そりゃ、無防備平和都市宣言だもの。神に直接攻撃されたのは魔王だけだけど、あの時は手も足も出なかったし、戦い方すら知らないのよねぇ。

 でもここは神として戦わないと絶対ヤバイ。人としての腕力じゃ、これまた話にならないし、相手だってそもそも神だから間違いなくレイプされる。レイプはやだ。エエイ、こうなりゃヤケクソだ。


「この三座の女神への侮辱は許されぬ。お前たちこそ罰を下して進ぜよう」


 こう言い放った瞬間にいきなり襲ってきやがった。ミサキはもう必死、とにかく相手の何かが触れた瞬間に、


「この助平野郎、地獄に落ちやがれ」


 こう念じまくってた。そしたら、襲ってきた連中が、


『シュワシュワシュワ』


 泡となって溶けちゃったのよ。頭株らしい奴も驚いたようで、


「こやつめ逆らうのか。お~い、出て来い、総出で取り押さえろ」


 わぉお、まだいるのかよ。門の中からウジャウジャと。あんなにいるのかよ。もう、とにかく、


「この助平野郎、地獄に落ちやがれ」


 こう念じたら効果がありそうな事だけはわかったから、夢中でやってたら、


『シュワシュワシュワ』


 最後に襲ってきた頭株みたいなのも溶けちゃった。門の中に入るとまだいたけど、そいつらもミサキが即席で編み出した、


「この助平野郎、地獄に落ちやがれ」


 これで全部溶けちゃいました。なんなんだ、この冥界ってところは。なにがどうなってるのか、サッパリわからなかったけど、レイプ危機を脱したことだけはわかった。わかったけど、あれだけの人数に触れられたようなものだから、気色悪いったらありゃしない。服だって汚れちゃったじゃないの。

 最初の門で学んだのは、冥界は変質者というか、レイプ野郎の巣窟らしいってこと。油断も隙もあったもんじゃないじゃない。こんなところを一人で歩くって、地獄みたいなものやんか。つうか、冥界って地獄みたいなもんだけど。こんな門をまだ六つも突破しなきゃならないのかと思うとゲンナリです。

 とはいえ進むしかないから、陰気な道をテクテクと。それにしてもゴツゴツして歩きにくい。今日はルナの家を出る時に、ユッキー社長からウォーキング・シューズにしろって言われたけど、このためだったのかもしんない。ヒールじゃ論外だし、パンプスでももたないよこんな道。


 そしたら二つ目の門がある広場に到着。最初のよりだいぶ小ぶり。ここでも人相の悪いのが出て来たんだけど、


「お前は誰だ」

「エレギオンの三座の女神」

「その格好はなんだ。どうやって大門を通って来たのだ」


 どうせ変質者の群れみたいなものだから、まともに応対するだけ無駄だものね。


「あの門の連中には礼を教えておいた。お前も教えて欲しいか」

「ま、まさかネティーを倒したというのか」


 ネティーって最初の門の頭株やってた野郎かな。


「しっかり礼を教えてやった。お前がもう会うことはない」

「許さぬ、冥界の掟を教え込んでやる。ネティーがしくじったのなら、まだサラッぴんてことだからな。者ども出て来い、極上の上玉だぞ」


 その声に応えるよう、


「うぉぉぉ」


 ここでもワンサカと黒山の人ならぬ神集り。第一の門で覚えた要領で大立ち回り。こんな連中を許してなるものかと貞操の危機に闘志を燃やすミサキに触れるたびに、


『シュワシュワシュワ』


 ホンマに気色悪い連中。ここでわかったんだけど別に、


「この助平野郎、地獄に落ちやがれ」


 こう念じなくてもイイみたい。というか、もともと地獄みたいなものだから、これ以上落ちようがないものね。なんていうか、気合を入れる感じで十分効果があるというか、怒ってるだけでも効果がありそうな感じ。

 それと門を二つ突破してわかったのは、最初の門が大手門みたいな感じだったで良さそう。人数だって百人ぐらいいたもの。そうなるとネティーとか言う野郎が冥界でも屈指の強さってことになるはずだけど、ネティーだってミサキに触れただけで溶けちゃったのが良くわかんない。後はホントに雑魚ばっかり。

 しかし不思議だな。イナンナはどうしてこんな雑魚を相手に言いなりになったんだろう。時代が変わったから門番も変わったとか。でも、神って不死だし、力も変わらないはずなんだけど。それにしてもまだ五つも残ってて、その上にラスボスがいるんだよな。どうなるんだろ。こんな世界だとわかっていたら、鋼鉄のパンティでも履いて来るんだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る