賭け金の支払い

 部屋には当たり前のようにマリーがいるのにも笑いそうでしたが、とにかく勝ったのでシャンペンを取り寄せて、


「カンパ~イ」


 三時間ほどしてから船長が部屋に現れました。


「調査の結果ですが、ルーレットにも卓にも何の不正も御座いませんでした。またベッドの方法にもなんの問題もありません。あなたが不正を行った証拠はどこにも見つかりませんでした」

「それは良かったわ」

「ただですが、一つ問題がございます」

「なにか悪いことでもしたの」

「いえ、お客様にはなんの問題もございません。カジノの支配人から勝負をもちかけ、それを受けられただけですから」

「じゃあ、なにが問題」


 船長は苦しそうな口ぶりで、


「当方の規定では賭け金の上限は五千ドルとさせて頂いてます」

「でも、青天井を持ちだしたのはそちらの方」

「もう一つ、配当を二倍にするルールも無かったことに」

「それもそちらが持ちだした条件よ」

「それは重々承知しておりますが、五千ドル以上の分は無効にさせて頂きたいのです」

「言い分はわからないでもないけど、負けてたらオケラだったのよ」

「はい、それも承知しております」


 船長の提案は最後の二つの勝負の賭け金を五千ドルとし、通常倍率の配当金十八万ドルにし、それまでの勝ち額である十六万五千ドルと合せたうえで、迷惑料を足して六十万ドルで手を打ってくれないかです。まあ、まともに払ったら八億ドル越えちゃいますからね。でもマリーは怒ってた。


「これはギャンブルよ。負けたら問答無用で巻き上げるのに、勝ったら値切るっていうの。それがプリンセス・オブ・セブン・シーズのやり方なの、シルバースター海運のやり方なの」


 船長の顔が苦渋に満ちています。極めて苦しそうに、


「カジノにもルールがございまして、そのルールは船長である私の許可が必要です。賭け金の上限アップも配当倍率のアップも私の許可がない以上は、無効であるが見解です」


 ここでコトリ副社長はニッコリ微笑まれて、


「それで了解しました」


 マリーはカンカンになっていましたが、コトリ副社長はさらに、


「もうこんな騒ぎはコリゴリなので、宜しくお願いします」

「もちろんです」


 船長はホッとした表情で部屋から出て行きました。マリーは憤懣やる方ないようで、


「どうしてあんな金額で妥協しちゃったのですか。八億六千万ドルは正当に受け取る権利があるはずです。訴訟に持ち込めば勝てます」

「いいのよあれで」

「どういうことですか」


 ギャンブルでなにが難しいかって、大勝ちした時にそれを手にすることだそうです。だからあのカジノの支配人がやらかしたインチキ呼ばわり騒ぎぐらいは普通に起るそうです。


「それって帰り道を襲うとか」

「多いよ、それも」

「まさか最初に負けたのも」

「そうよ、ちゃんと十一連敗してるでしょ」


 やはりそうだったんだ。最初にわざわざ一万ドルも負けたのは、イチャモンを防ぐ伏線でもあったんだ。初っ端から一ドル・スタートで十一連勝なんてやれば、誰だって怪しむものね。最後の最後にツキの流れを呼び込んだように見せるための演出ってところだわ。


「それとね、証人も多い方がイイの。あれだけの客の目の前で起ったことを否定しきれないじゃない」


 なるほど、


「でもコトリ、船長も気前がイイじゃない」

「コトリもそう思う。コトリの予想では、最後の二つの勝負はカジノの支配人が勝手にやったものだから、無効にするか、あの支配人から取り立てろぐらいにすると思ってた」

「そんなぁ」

「マリー、ギャンブルで勝つのは難しいのよ」


 それからベスとトムを呼び出して、


「ここに十五万ドルあるわ。トムもベスを大切にしてあげてね。それとカジノはもうやめときなさい。トムじゃ絶対勝てないよ」


 ベスもトムも涙を流して喜んで帰りました。


「さて、ミサキちゃん。これで旅費も浮いたわよ」


 まだ四十五万ドル残ってますから、酒代にしろ、買い物代にしろ、観光費用も余裕でペイできます。それはイイのですが、今回の件はちょっと派手に動きすぎてる気がします。


「それね。コトリもユッキーもビックリしたんやけど、カジノの支配人やけど、ありゃミニチュア神やった」

「えっ、本当に」

「だからカジノには近づかへんかってん。だってミニチュアでも神相手に博打やったら、神の能力使わんとアカンし、使ったら絶対勝つやんか。そんなギャンブルつまらんやん」


 そっか、神相手だから容赦なく女神の力を使って、あそこまで派手に勝ったんだ。

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