第9話:幼馴染は手を握りたい

 俺は制服に着替えるために一度家に戻る。朝起こしに来るときはたいていジャージだ。それに鞄も置いてきている。のんびり過ごしていたので時間もあまりないのだが俺は準備にそこまで時間はかからない。さっさと着替えて軽く髪を整えるだけ。これだけ済ませて俺は玄関を出る。


「悪い。待たせたか?」


「いいや。ほとんど待っていないよ。相変わらず準備は早いんだな」


デート・・・に行くとかじゃあるまいし。ただ学校に行くだけに気合入れる必要はないだろう?」


 休日に弥生と出かけるなら別人と思われるくらいに全力で気合を入れてオシャレをするのだが。そうでなければ俺は学校に行くのも遊びに行くのも格好は変わらない。好きな人の前以外で格好つけても意味はない。


「全く……純平は素材がいいんだから普段から格好に気を付けたらあっという間にもモテると思うぞ?」


「いいんだよ、別に。そりゃ誰かに好意を持たれるのは悪い気はしないが、見てくれだけで寄ってくるような子には興味ないし気持ちも寄せられない」


 誰かに好かれることは確かに嬉しい。だが外見の変化だけで好意を抱かれてすり寄られてきても何とも思わない。それよりもありのままの自分でも受け入れようとしてくれる人にこそ俺は好意を抱く。


「そ、そうか。お前は時々高校生離れしたことを言うよな。モテたいと思うのは一般男子高校生なら普通のことじゃないのか?」


「いいんだよ、別に。それに俺は今、幼馴染の弥生の恋人(仮)カッコカリなんだろう? なら尚のこと、他の女子に好かれるのはまずいんじゃないか?」


 弥生は鳩が豆鉄砲を食ったような反応を見せる。まさか自分で言い出したことをもう忘れたのか?


「おいおい。お前が言い出したことだろう? 幼馴染を救うとかなんとか言って俺と恋人っぽいことをするんだろう? それで小説を書くとかなんとか言ってなかったか?」


「あぁ……いや、それは……その。そうだったな! 私とお前は恋人(仮)だったな! だ、だからだな、純平。て、手を繋がないか?」


 イケメンな弥生に似合わず。頬を朱に染めてもじもじしながら上目遣いで俺を見つめてくる。正直言って反則だ。反則級に可愛い。普段は凛々しく王子様然としている弥生のこういう姿は俺にとって最大の弱点ウィークポイントだ。


「な、なんでそっぽを向く!? そんなに嫌なのか!? 私と……手を繋ぐのが……」


 犬だったら耳と尻尾をだらんと下げるように、しゅんとして落ち込む弥生。なんだろう、この可愛い生き物は。俺より背が高いけど思いきりわちゃわちゃと撫でてて抱きしめて甘やかしたくなる衝動に駆られるが、俺はそれを必死に堪えてそっぽを向きながら―――恥ずかしかったんだよ―――すっと右手を出した。


「ほら……手、繋ぐんだろう? そろそろ急がないと遅刻するぞ?」


「……うん! そうだな! 急がないと遅刻するな! なら行くぞ、純平! 絶対に……離すなよ!」


「わかってるよ。って、そんないきなり引っ張るな! もげる! 腕がもげるから引っ張るな怪力女ぁ!!」


 尻尾をブンブンと振りながら。まるで本当の恋人同士がするように。弥生は俺の右手に指を重ねてしっかりと握り、勢いよく駆け出した。


 風を斬り裂きながら通学路を駆け抜ける。身体に冷気が突き刺さる分、この手から伝わる温もりが優しくて心地よかった。離したくないと、心から思った。


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