第2話:幼馴染が……全滅、している……だと?

 弥生の突拍子のない発言の一時間前。


 ある休日の昼下がり。


「クソがぁ……何が幼馴染ざまぁよ! 私はこんなに口は悪くないぞ!? どうしてみんな暴言・暴力ばかり吐くんだ!? これは幼馴染とか関係なくただの人格破綻者ではないか!?」


「なんだよ……またあいつ来てんのかよ。暇かよ……」


「こうなったら私が幼馴染の男の子の尊さを、その可愛さを思い知らせてやる……グフフ。あぁ……幼馴染の男の子……最高だ」


 夜更かしをしていたせいで起床が遅くなり、のんびり風呂に入ってこの後予定を考えてながらリビングに向かっていると、ノートパソコンを前にしてぶつぶつ怒ったり気味の悪いだらけた笑みを浮かべる美女の姿が見えた。


 その美女の正体は杜若弥生かきつばたやよい。隣の家に住む所謂俺の幼馴染という奴だ。


 その容姿は可愛いや綺麗というよりもむしろカッコイイ、凛々しい、と言った方が適している。なにせ男のこれから見ても甘い容貌マスクをしているのだ。しかしそれでいて彼女の場合は胸部の宝具は対城級。一切の垂れもなく、しかし弾力性はすさまじく、あまりの揺れに男の視線はくぎ付けになる。最高級のマスクメロン。


 一緒に居るのが当たり前で、周囲からは恋人認定されているが正式な告白はしていないし、されていない。だがいつか俺からこの気持ちを正直に伝えようと思っている。


 だがその普段は美しく学校で見せる凛とした表情はとはまるで別人のようにかけ離れており、どこか恍惚とした笑顔になっている。控えめに言っても怖い。


「なぁにが幼馴染ざまぁだ。見てろよ。私が幼馴染の尊さを教えてやる…………あぁ私も幼馴染とイチャイチャしたいなぁ」


 似たような台詞を繰り返し。高速ブラインドタッチでなにやら鬼気迫る様子で文字を打ち込んでいる美女の言葉を俺は一切聞かなかったことにして、さっと回れ右をしてそろりそろりと忍び足で自分の部屋に戻った。


「一体……何がどうなっているんだ……」


 気付かれることなく無事帰還で来たこと一安心してから、俺は机の上のPCを起動させる。幸いなことにスリープモードで寝る直前まで見ていた画面がすぐに表示された。


 その画面は超大手の小説投稿サイト。作品投稿数は70万作以上、数々の作品が書籍化、アニメ化もされている創作家たちの主戦場。


 昨日、俺がもう十年以上も前に出版されて名作と謂われている小説を読んでいると、友人の一人がスマホ片手にこんなことを言ってきた。



 ―――小説は今無料で読める時代なんだぜ? ここなんて超大手でランキングに入っている作品はどれも面白いか読んでみろよ。


 そのサイトの存在は俺も知っている。


 この友人とは長い付き合いになるが知らないと思うが、興味があって一時期読んでいたこともある。それは書店に並んでいた面白そうな作品がそのサイト発だったということもあり、続きが気になってついついて覗いてしまったことがきっかけだ。


「でも最近は読んでなかったんだよなぁ……」


 その理由は単純で。


 飽きてしまったのだ。Webは手軽だけど俺には合わない。それに紙で読むのが好きということもある。


 オススメはあるのかと尋ねてみた。



 ―――そうだな。恋愛作品なんて面白いぜ? 特に面白いのがあってな。それは―――



 まさかの恋愛小説だった。この一見するといかついゴリラのような男から恋愛小説という単語を聞く日が来るとは思わなかった。


 だが俺も人のことは言えず。正直なところこれまでほとんど縁がなかったジャンルでどうしようかと困ったと思ったのだが、読み進めるとこれが中々どうして面白い。


 特に友人が紹介してくれた作品は高校生の男女の恋愛物。亀のようなゆったりとした足取りで、しかし着実に距離を縮めていくそのじれったさと甘さに俺は夢中になった。


 それが夜更かしの真相。


 ではなぜ俺が慌ててPCを開いて恋愛作品のランキングを確認しようとしているかと言えば、これまた友人の言葉に起因する。



 ―――ただし、現実恋愛の日間の順位は見ないほうがいい。多分、お前の心は死ぬ。いや、間違いなく死ぬ。だから止めておけ。腐れ縁の俺からの忠告だ―――



 この友人とは小学生からの付き合いで腐れ縁なのだが、こいつが本気・・で忠告した時はその言葉に従ったほうがいいことを俺は知っている。だから俺は教えられたタイトルの作品しか読まなかった。


 しかし。リビングで一心不乱でタイピングしているあの人の姿とあの謎の呟きを聞いて、俺はなぜかランキングを見なければいけない気がした。


 そして見て。後悔した。


 腐れ縁の親友の言葉は、正しかったのだ。


「どうして……どうしてどれもこれも『幼馴染ざまぁ』しかないんだよ! どうしてだよぉ! おかしいだろうそんなの!!」


 俺は腰掛けていた椅子を倒す勢いで立ち上がり、両手を机にバンバンと何度も叩きつけながら思わず絶叫した。


 ランキングの上位を占める作品のタイトルに必ずと言っていいほど入っている『幼馴染』という単語と『縁を切る』という不吉な言葉。これが叫ばずにいられるか。


「落ち着け……落ち着くんだ……中身を読もう。それからでもまだ遅くはないはずだ」


 ふぅ、ふぅ、と浅い呼吸を繰り返して心を整える。椅子に座りなおして話を読み進めてみるのだが―――


「ふ、ふ……ふざけんなぁ!! こんな……こんなことって……あんまりだよ……」


 椅子から抗議を上げるほどの勢いで俺は再び立ち上がった。胸にこみあげてくるのは怒りと悲しみ。


 俺は必死に嗚咽を堪えた。どうして、どうしてただ一方的にこんなことが言えるんだ。なんで繋いできた縁を簡単に切ることが出来るんだ。しかもその瞬間からどうしてモテ始めるんだよ……


「間違っている。間違っているぞ。幼馴染はもっと……こう、尊いものなんだよ! 簡単に切れるほど……重ねた年月は軽いものじゃないんだよ…………」


 俺は力なくうなだれた。こんな世界が、たとえ虚構であっても許されていいはずがない。いいはずが、ないんだ。


「そうだ……間違っているのは俺じゃない。世界の方だ!」


 どこぞの悪逆皇帝の名台詞を引用しながら、俺は挫けそうになる心を奮い立たせる。現実世界の俺が挫けるわけにはいかない。


「虚構の世界で幼馴染を虐げるなら……せめて現実で俺は……幼馴染の弥生やよいを甘やかして必ず両想いになってやる……」


「その話……詳しく聞かせてもらおうか!」



 そして時は動き出す回想終わり

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