吸血鬼は今日も憂鬱

野久保 好乃

第1話 幼女吸血鬼を拾いました





 吸血鬼、という存在をご存じだろうか。

 一度死んだ人間が蘇った後に成るとされることが多く、胞衣を纏って生まれた者、生前に神や信仰に反した者、葬儀に不備があった者、七番目の男児、惨殺や自殺など何らかの悔いを現世に残した者などが死して後に吸血鬼になる例としてあげられ、唯人であっても死後蘇って血と心臓を多く摂取した者が成るとする説もある。あと、猫が死体を跨いでもなるそうだ。吸血鬼、爆誕しすぎだろう。

 究極的には「何が原因で成るか分からない化け物」であり、その伝承は名や特徴に違いはあれど世界各国にそれぞれ有り、ある意味とても有名な『化け物モンストル』と言える。

 その容貌は「ぶよぶよとした血の塊のような何か」あるいは「死者が生きていた頃と変わらぬ姿」もしくは「他者を魅了する美貌の持ち主」とされている。


 さて、ここで自己紹介をしよう。

 俺の名前はアルノルト。隣の幼女の名前はリリーナ。

 二人とも、吸血鬼である。

 俺もリリーナも死んだことは一度もない。ちなみに猫に跨がれたことは何度もある。

 吸血鬼として生まれた理由なんて、両親が吸血鬼だったからとしか言えない。人間の伝承は色々あるが、吸血鬼もごく普通に生殖によって血を繋いでいる『種族』だ。吸血によって他者が吸血鬼になるということもない。俺達は伝染病か……

 なお、栄養は普通の食事で十分賄える。人よりだいぶ大喰らいなだけだ。吸血鬼特有の特殊な食事方法もあるが、加減を間違えると対象が塵になってしまうので人前ではできない。

 俺は産まれてから二十歳まではとある国の王都で生きてきたが、それ以降は外見年齢が止まってしまっているため、ずっと旅をしている。世界は広大で、様々な国があり、文化がある。吸血鬼はほぼ不老不死なうえに頑丈な体のため、世界を巡るのに適している。一番の敵は『暇』だ。ちなみに両親は俺が成人すると同時に別の大陸に旅立って行った。運が良ければまた再会できるだろう。……千年ばかり会ってないけど。

 リリーナは先だって旅先で拾った子供だ。不運にも魔物専門の傭兵によって両親を亡くしてしまったらしい。まだ七つになったばかりというから、ほんとうに産まれて間もない吸血鬼だ。こんなに幼い子供がいるのに親を狩るとか、人間はあいかわらず鬼畜すぎる。もう少し俺達吸血鬼を見習って牧歌的に生きてくれないものだろうか。


「アル、日記まだ?」


 リリーナが椅子の横から背伸びして俺の手元を覗き込もうとしている。


「駄目ですよ、リリーナ。人の日記は読んではいけません」


 窘めると、ちょっと寂しそうな顔で背伸びをやめる。幼い彼女にもいずれ長い生を書き綴る日記を勧めたいが、今はまだ難しいだろう。それに、親を殺されてしまった傷もまだ癒えていない。拾ってから僅かな間しか経っていないのだ。確か二ヵ月だったかな? 俺達にとっては瞬き一つ分程度の年月だ。

 そう気づくと、寂しげなリリーナを放置しておけない。幼い彼女はこれから沢山のことを知り、沢山のことを覚え、幸せにならなければならない。彼女の両親も、彼女の幸せを望んでいることだろう。




 さぁ、始めよう。幼き子と共に行く旅を。

 吸血鬼の人生は長いのだから。





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